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桜人 ―― 源氏異聞  作者: 塔真 光
第8章 かぐや姫
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8-8

 桜子たち三人が神泉苑を出て地下鉄駅へむかっていたころ、そこから北東へおよそ四キロメートル離れた吉田山では、高田が、スマートフォンの画面にときおり目をやりながら、山中の遊歩道を急ぎ足で下っていた。吉田神社の一の鳥居まえでタクシーをひろい、神泉苑方面へかけつけるつもりだ。高田は、いま悠斗がどのような状況にあるのか、自分の目で一刻もはやく確認しようと、あせっていた。

 というのも、ついさきほどまで高田は悠斗の所在をまったくつかめなかったのだが、ようやくスマートフォンの地図画面上に、悠斗の現在地が再表示されたのだった。

 場所は神泉苑だ。高田にとっては初めて名前を聞く寺だった。だが、その北隣にある二条城なら知っていた。タクシーに乗れば十数分で着く。


 山道が終わり吉田神社の本殿前広場にたどり着いたとき、高田は、スマートフォンの画面をあらためて見た。悠斗の現在地を表す絵文字が、かなりのスピードで西から東へ移動していた。地下鉄に乗ったにちがいない、と高田は考えた。だとすれば、車を使うと行きちがえになってしまう。高田は、悠斗たちの降車駅を確認したあとでタクシーをひろうことにした。


 高田は、どこで待機していようかと考え、本殿前広場をグルッと見わたした。

 この場所だった。およそ四時間まえのこと、高田はここで、悠斗たちが虚空にかき消えるのを目のあたりにしたのである。

 高田は、一の鳥居へつづく石階段の最上部に腰掛けた。そして、悠斗たちが電車を降りるまでの時間を、ここでやりすごすことにした。吉田神社で目撃したことを、頭のなかで整理しておきたくもあった。

 ――ちょうど、正午だったよな……。


 おれは、京都大学のカフェでランチをかきこんだあと、スマートフォンで悠斗くんの位置を確認して吉田神社へむかった。ところが、大学の正門を出たところで、白いタカがおれに襲いかかってきた。神社のなかへ逃げこもうとして足がもつれたとき、背中をドーンと押すような突風が吹き、つんのめって地面に倒れてしまった。同時に前方で爆発音がした。せん光も走ったようだった。顔をあげると、鳥居の真下で紙が燃えていた。焼け残った紙片は風にあおられ、正門前の一条通りを、フワフワと西へ飛ばされていった。また襲われないかと、おそるおそるタカの姿を探ったが、どこにもいなかった。

 ――あいつは、いったいなんだったんだ!? ここんところ、鳥が疫病神だよな……。晴明神社で、厄払いをしてもらおうか……。


 とんだジャマが入ったけれど、悠斗くんのあとを追い、おれも吉田神社の参道を上った。そして、石段脇の大木に隠れて本殿前の広場に目をやると、予想していたとおり、一宮という少年がいた。そのうえ、同じような平安貴族姿の青年が、悠斗くんたち三人のなかにまじっていた。そいつは、四日まえに悠斗くんたちと鴨川沿いのカフェにいた子どもに、顔つきが似ていた。そしてその青年は、一宮少年とふたりで、なにやらおれが知らない踊りを、本殿まえでやりだした。ぜったいに現代人じゃないと、おれはそのとき思った。なにせ、さまになっていたから。まちがいなく平安時代の貴族だ。

 ――あの青年は一宮少年とおなじように、源氏物語の新帖を探しだす助っ人として、石山寺の観音によって現代へ送られてきたにちがいないぞ。


 そのあと、悠斗くんたち四人は、池の近くで、かなり深刻そうなようすで話しこみはじめた。すると、とつぜん四人が金色の光につつまれた。だが悠斗くんたちは、その光に気づいていないようだった。あいかわらず沈んだ表情で、額を集めて相談に没頭していた。そして光が輝きを増し、四人の体は、その光に溶けていくかのように薄くなっていった。池へかけよろうか、それとも、まだ身を隠しておこうか迷っているうちに、光が消え、悠斗くんたちの姿形も完全になくなった。スマートフォンの地図画面を確認すると、〈武藤悠斗〉の赤い絵文字も消えていた。十二時三五分のことだった。それで、おれはすぐに思いだしたんだ。悠斗くんの現在地が確認できなくなることが、これまでも三度あったことを……。

 最初は、仁和寺での空白の十五分。二度目は、六道珍皇寺で所在不明となり、松原橋の河川敷に現れるまでの二時間二十分。そして、雲林院で行方しらずとなり、二時間四十分後に檪谷七野(いちいだにななの)神社に現れた。

 過去三回、悠斗くんは異次元空間に移動していたのではないだろうか。今回もそうにちがいない。だとすれば、悠斗くんの部屋に置かれていたあの奇妙な三つの品だって、異次元空間から悠斗くんたちが見つけてきたものではないだろうか……。

 檪谷七野神社から悠斗くんたちが鞍馬にもどった日の夜に、悠斗くんの部屋を盗視装置で探ったとき、作り物らしい榊が、以前からあった銅鏡と笛のよこに、あらたに置かれていた。その三つの品がユルトラオムガイアのフィギュアとならべられていたので、そのときは、そのフィギュアの方が気になって、なにかのコレクションなのだろうと見すごした。

 おれとしては、悠斗くんと話しが合いそうだと思ったぐらいだ。

 でも、よく考えると、ユルトラの世界のような異次元空間で見つけた物だから、悠斗くんはガイアのよこにならべたにちがいない。おれだってユルトラオムが好きだから、そうしたい心情は、よくわかる。

 ――ウン、よくわかるぞ悠斗くん!


 三田先輩が言うには、会長が銅鏡と笛を写真に撮って専門家に見せたところ、ふたつとも平安時代の作である可能性が高いらしい。今日、四度目の異次元空間に行った悠斗くんは、同じ時代のなにかを、また持ち帰ってくるのかもしれない。

 それに、これまでの三度の前例からして、長くても三時間程度で、悠斗くんは異次元空間からもどってくるはずだ。しかも、消えた地点からそう遠くない場所に現れるにちがいない。そう考えたおれは、三田先輩に電話連絡を入れた。

 先輩も、驚いていたよな……。でも、おれの推理に賛成しくれた。おまけに、悠斗くんたちが現れるのを吉田山で待つ、というおれのプランにもゴーサインを出してくれた。任せるぞ、って先輩から言われたおれは、おもわずガッツポーズをしてしまった。

 そのときからおれは、さほど広くも高くもない吉田山を、すみずみまで歩いた。そして、疲れてきたので、山頂近くのカフェでひと休みした。肝腎なときに力が出せるように心がけろ、というのが三田先輩の教えのひとつだ。

 糖分とカフェインたっぷりのキャラメルカプチーノを飲みながらスマートフォンの画面を見ていると、とつぜん〈武藤悠斗〉の絵文字が点灯した。

 再点灯までの時間は、だいたいおれの予想通りだった。だが、二条城の近くに現れるなんて、想定外だった。吉田山から、かなり遠い。

 悠斗くんの現在地がわかりました、と三田先輩に緊急連絡すると、先輩も、もちろんおれと同時にそのことをつかんでいた。――


 この四時間のできごとを頭のなかでふり返った高田は、石段に座ったまま、スマートフォンをあらためて見た。

 はたして、悠斗たちは東山駅で地下鉄を降り、駅近くのバス停にいるようだった。そこから吉田神社方面へ、ひんぱんにバスが運行している。

 高田は、悠斗が異次元でなにかを発見して持ち帰ったのだと確信した。悠斗たちは、その礼を述べるために、吉田神社に来ようとしているのにちがいない。

 そう考えた高田は、立ちあがり、石段を下りはじめた。京都大学の正門脇に身を隠し、前を通るだろう悠斗たちのようすを探ろうと考えたのだ。

 だが高田は、石段の途中でひきかえした。長いあいだ吉田神社にいたのだからお詣りをしておこう、と思いついたのだ。


 高田は、本殿へ行くまえに、みくじを買いもとめようかどうか迷った。由岐神社と地主神社で引いたものと同じ文面の恋愛運がでたら、現実のものになりそうで、なんとなく薄気味悪い。だが一方で、〈身近なところに恋が芽ばえる〉と書かれていなかったら、きっと、がっかりだ……。

 吉田神社のみくじは珍しいスタイルだ。大きなダルマの頭に手を突っこみ、なかから小ダルマを引く。その小ダルマの底に、みくじが入っている。

 高田は、迷ったあげくに、小ダルマをひとつ手に取った。だが、みくじを取りださず、ダルマごとスーツのポケットにしまった。


 そして高田は、本殿まえで手を合わせた。

 身近なところでなくてもいいから恋が芽ばえて欲しい。三田先輩のように、仕事ができる男になりたい。できれば、給料も上がって欲しい。最後にもうひとつ。

 ――わが社と会長のために、源氏物語の新帖が早く見つかりますように。

 パン、パン

 高田は手をうち鳴らしたあと、目をつむって頭をさげた。

 ――会長が新帖を手に入れれば、きっとボーナスが増えますので……。


 祈願を終え、一の鳥居へむかおうとした高田は、あたりの風景が変化していることに気づいた。みくじを買った社務所がない。拝殿もなくなっていた。ふり返ると、本殿を囲んでいた回廊が消えており、その本殿のようすも、さきほどとは屋根の形がちがうように思えた。

 ――ひょ、ひょっとして、お、おれも異次元空間に入っちゃったのか!?

 呆然と立ちつくしていると、背後で、砂利を踏む音がひびいた。

 おそるおそるふり返ると、大きな白鹿が、なみ足でこちらにむかってきていた。その目は、あきらかに敵意を宿している。

 ――ウアァァァ!

 高田は、出そうになる悲鳴をのみこみ、ゆっくりとあとずさりした。

 すると白鹿は、威嚇(いかく)するように角を振りかざし、足を速めた。

「ウアァァァ!」

 高田は、もう叫び声を抑えることができなかった。白鹿にクルッと背中をむけ、一目散に石階段へ走った。

 おそろしくてふり返ることができなかったが、石段をたたきつける甲高いヒヅメの音が、背中のすぐうしろに迫ってくるのがわかった。


 石段を下りきったところで、とうとう高田は、角で尻から体全体を持ちあげられ、鹿の頭上にヒョイと載せられた。そして、そのままの格好で前方へ運ばれ、一の鳥居の手前で勢いよく放り投げられた。

「ウアァァァ!」

 空中で両手両足をばたつかせながら、高田の体は一の鳥居をくぐった。

 ドスン、ガシャ

 顔面から落ちたさきは、ハクタカに襲われて転倒したと同じ場所だった。


 ――イテェェ!

 高田はヨロヨロと立ちあがり、一の鳥居をふり返った。メガネが壊れたのでハッキリとは見えなかったが、おそろしい鹿は姿を消したようだった。

 まわりをグルッと見わたすと、今日の昼まえと変わりなく、一条通り沿いに京都大学の学舎がつづいていた。

 ――おれ、どうして異次元空間なんかに入っちゃったんだ!? 

「ワアァァ、どうしよう!」

 スラックスのポケットから取りだしたスマートフォンが、グシャグシャに壊れていた。

 上着のボタンもひとつちぎれたが、ポケットに入れておいた小ダルマは無事だった。


 茫然自失の高田は、みくじをダルマから無意識に引きだし、文面をボンヤリと目で追った。

 半吉だった。

〈油断大敵。仕事が順調なときこそ、コワレモノとケガに要注意〉

 ――ウゥゥ、いまさら遅いよ……。エッ!

 つぎに書かれていた文面に、高田は目をおおきく見ひらいた。

〈身近なところに恋が芽ばえる。だいじに育てれば大輪の花が咲く〉

 気味が悪いやらうれしいやら、高田は自分の感情をもてあました。


 高田は、みくじを折りたたみ小ダルマのなかへ納めなおした。そして、三田に状況報告を入れるために、京都大学正門脇の公衆電話へ、トボトボとむかった。

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