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双葉胡弓、高校一年の夏。昼休みの教室にて。窓際の日だまりで、唐変木になりたい、と彼ふと思う。勿論、そんなことは人に言えない。そういう類のことは、言っても伝わらないから。でも…

《煩瑣な時の森の狭間に、ポツリと立った唐変木。その香りに思いを馳せよう。知性にとっては常に不完全でありながら、それ自身では完結してしまった、非の打ち所のない至福の感覚。それが嗅覚の唐変木である。視覚の唐変木はというと…(視覚的イメージ。広葉樹の切り株から引用したような、見事な年輪模様で頭打つ。ドゴッ。)》

自由というのは、痛いものである。それにしても、唐変木は少し難し過ぎたであろうか。そこで、彼は唐変木をやめて、ハートマークについて思いを馳せることにした。

《幼い頃、家族で行ったピクニックを思い出す。目的地は“透明牧場”。長らく歩いた末、ようやく辿り着いた僕がそこで見たもの:辺り一面緑の芝、白い柵、乳牛の歩み…そして幾つかの巨きな風車。中に一つ、特別なやつを発見する。そう、あの日僕は、その風車のてっぺんに、回転するハートの姿を見たのだ。飽きもせず、じっとそればかりを見つめる僕。見兼ねた両親に促され、牧場のおじさんに尋ねに行かされるのであった。

「あれはなんですか?」

「ハートですよ。」

「何であんなところにあるんですか?」

「それは分からん。でも、あれを取るとどうやら“命”が増えるらしいですよ。あそこにたどり着くまでの途中には、高い“段差”があってね。今のあなたにはまだ無理でしょうが、いつか大人になって“ジャンプ力”がついたら、取りに行っておやり。」

…とまあ、このように、ハートマークは命の源である心臓を象徴する。しかし、女たちがそんなもので着飾るのは一体、何故だろう?(それが本題。)ハートの生命力に肖る、といった信仰が背景にあるのだろうか。あるいは、心臓のようにグロテスクなモノにこそ、“可愛い”の本質が秘められているとか。いやいや、そんな考察はナンセンス。おそらく、彼女らは深く考えることもなく、ただ“可愛い”といってハートを持て囃すだけに過ぎないのだ。それこそナンセンスな結論だけど、僕が女に生まれてこなかった以上、この程度で満足しておくのが関の山。ハートは使用してこそ、だ。けれど、僕にはとてもじゃないがハートを使う“勇気”がない。だからハートについて考えても無駄なのだ…

実はハートは心臓などではなく、女の子の尻や乳房なのではなかろうか。ハートは、僕の心をくすぐって、恥ずかしい気持ちにさせる記号。女の子のノートに描かれたハート、ハートのチョコ、街角のハート、ハートのイアリング、そしてオヤジギャグにおけるピリオド。ハートと遭遇するときは決まって、気まずかった。ハートが心に齎すのはいつも不協和音だ。でも、どこか意味深で、お洒落に響く、神秘的な和音…》

**

女の国はパラダイス By かずや

黒板に黄色いチョークで書かれた落書き。かずやという生徒をからかう友人たちによって、無断で書かれたのであろうことが、クラスの誰から見ても明らかな具合。胡弓は彼らが苦手であった。男同士で群れ、下ネタを交わし会いながら、結局は女を遠ざけている彼らのノリに、胡弓は馴染むことができなかったのである。胡弓は彼らの笑い声を聞く度に、高校生は何のために生きているのか、考えずにはいられなかった。生きることは全く、徒労に思われた。

《贅沢な悩みね。自分を高級な人間だとでも思っているのかしら?》

 と水を差すのは、女。きっと女の国では、感傷的な気分に浸ることすら許されないだろう、と胡弓は思った。なんて生きづらい世の中なのかしら。

 **

ハート発見!please touch me!

噂をすればハートマーク。胡弓の目の前でほんのり光を放ち、浮遊している。窓から射す光と混じって、まるで虹の錯覚のよう。黒板を背景にすると、“僕に触れて”と言うハートマークが、はっきり確認される。どうやら、彼はそれに触れるしかないらしい。(そうしないと先に進まないよ?)シュウィウィーン!触れると、煌びやかな花火となって散った。昼間から大層なびっくり箱を広げてしまったみたいで、恥ずかしい。周りを見渡し、誰も気づいていないことを確認すると、彼は一安心。しかし、机の上には大量に積もった花火の燃え滓が…直ぐには片付ける決心がつかず、彼はそれをしばらく呆然と見つめていた。すると、灰の中で何かが蠢めいた。胡弓は束の間、その中に何かの眼差しを感じとり、思わず目を逸らせた。おそるおそる顧みると、灰の動きは静まっており、さっきは無かった金属の文鎮が添えられている。

突如として、机の上の灰が、磁石に引き寄せられたみたいに集合する。紙面を形成!続いて、文鎮の下から紫のゲルがむにゅむにゅと漏れ出し、紙面の上に整列!脱力するかのように液体と化し、浸透した!最終的に、灰の濃くなった部分が見事、以下の文字となって定着したのである。

From:利尻香奈恵

To:双葉胡弓

これはあなたと私の子供、りぃのレプリカです。次の手順に従い、責任とって、かなえの下に届けてくださいね♡

1.水道の水で洗う。

2.ハンカチで拭く。

3.りぃの導きにより、りゅりゃみゃりょうを攻略する。

最深部にて待つ!

胡弓は灰に手を突っ込み、何か石のように冷たい物を取り出すと、それを持って水道へ急いだ。洗ってみると、意外にもただの竜の形をした置物に過ぎない。ただの、とは言え、ちょっと他には例を見ない、奇妙なフォルム。確かに、これならばレプリカという言葉が通用しそうである。しかし、そうするとオリジナルは何なのか。香奈枝との子、という文を見て、彼は昨夜体験したある出来事を連想せずにはいられなかった。昨夜、彼の夢に彼女が現れた。えも言えぬ官能的な触れ合いの後、彼は夢精した。起きて直ぐ、マスターべーションも…しかし、それは言うまでもなく非理性的なこじつけであった。夢の中でなら、そんな荒唐無稽な事もあり得るかもしれないが、現実世界で交わっていない彼と彼女の間に子供など、できるはずがない。

利尻香奈恵とは何者か。彼女はお尻から赤い竜のしっぽの生えた女の子。彼女は、校外にもファンクラブができる程の人気者である。

彼は彼女から預かったその竜の置物を制服で拭き、ポケットの中に仕舞った。

びくっ。

一度の痙攣で、彼が席にひとっ飛びすると、先ほど机の上で展開された混沌と秩序は、跡形もなく消えていた。奢侈な夢もあったものだ…と感じ入っていると、すっ、と爽やかな衣擦れの音が傍で聞こえ、横に利尻香奈枝が立っていた。

***

「君の夢を見た。」

「おめでとう!」

「奇遇だね。」

「ポケットの中を見てごらん。」

「これは…」

 From:利尻香奈恵

To:双葉胡弓

あなたの夢は白黒?カラー?それとも?…

「それとも、って?」

「文字だけの夢。」

「そんなの、見たことないな。」

「これが、文字だけの夢だとしたら?」

「何を言ってるの?これは現実だよ。ほっぺをつねってごらん。」

彼女は鉛筆を取り出すと、僕の机にこう書いた。

痛っ。

「誤魔化すな。ちゃんとつねれ。」

「すると彼女はほっぺをつねった。痛っ、と彼女が言う。可愛いな、と彼は思った。」

《これは彼女のエスプリなのだろうか。まあ、彼女が喋るだけでお洒落ということになっているわけだけど。》

「と彼は思った。」

「だからこれは現実なんだってば。」

「それなら証拠を見せてよ。」

「めんどくさいなあ。だって、これは現実だよ?」

「つまらない男。その調子じゃ、君の夢は“現実”の二文字がベッタリ張り付いておしまいだわ。」

《用意してきたのかもしれないけど、やっぱり、面白いこと言うなあ、香奈恵さんは。》

 と胡弓は思った。

「ああ、かったりー小説。だから、男ってのは…まあいいわ。いつの時代も男の子は女の子から大切なことを学ぶんだよね。君にこの小説をあげよう。」

 すると、香奈恵は胡弓に分厚いコピーを差し出した。びっしりと文字が印刷されている。

「これ、貰っていいの?」

「どうぞ。読み終わったら感想聞かせて。」

「タイトルは?…」

「蜥蜴少年、りぃの冒険の物語だよ。」



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