新郎は自身の立場を(やっと)理解しました
千葉にある魔王城から山梨にある我が実家に帰ってきたと思ったら、今度は車の中にいるのが私忠野仁志二〇歳童貞でござい。
その乗っている車というのがまた黒塗りのセダンで、窓も外からは見えない仕様となっている。まさか一般家庭で育った俺がこの年でこんなリッチぃ車に乗るなんて思ってもなかった。
実家でカルジンさんが連れてきた、二十代半ばぐらいと思われるスーツをきっちり着こなしオールバックを決め込んだ人物。絆機関とか言うところの巻子真二郎さん。俺は今その人と共に後部座席に座っている。運転手は別の日本人でサングラスにスキンヘッドとエージェント感半端ない。MIBって言われても信じちゃうレベル。
現在サラさんとカルジンさんは車に乗り合わせておらず、本日初めて婚約者と別行動をとることとなった。
一難去ってまた一難、重圧去ってまた重圧。おトイレくらいしか一人の時間を作れないのつらい。
「車内で申し訳ありませんが、改めまして私は絆機関の巻子真二郎と申します。色慾城側からの要望により、魔王リリステレス様の夫となる仁志様の補佐を担当させて頂きます」
「は、はぁ…あのさっきも補佐官とか仰ってましたけど、具体的にどう言ったことを?」
この巻子さんという人は挨拶で語ったとおり、俺の補佐役として絆機関という組織から派遣されたらしい。俺がサラさんと関わったのは昨夜、結婚云々の話が出たのは今朝方だったので昨日の今日どころのスピード対応ではない。
「私の役目は仁志様がリリステレス様と夫婦生活をするにあったって、仁志様のご要望を可能な限り叶えることにあります。現在この日本では異世界人との結婚も可能となっていますが、やはり文化の違いで問題が生じることが多々あります。一般家庭でならそういったことは“家庭の問題”となりますが、仁志様とリリステレス様に関しては残念ながらそれでは済みません。外交──国際問題となります」
「え?こ、国際!?」
予想もしていなかった単語に俺は血相をかく。それを見た巻子さんが目を細めて、言葉を続ける。
「…例えば…ですが、仁志様がリリステレス様とのご結婚を『一発ヤれば死んでも悔いは無い』などと思っていらっしゃるのでしたら恐ろしい話です。仁志様、努々御自覚して頂きたい。貴方は現在色慾城外交において言えば内閣総理大臣より影響力のある日本人となってしまいました。貴方の嚔一つで日本国が消える可能性だって否定できません」
「…………」
真剣な面持ちで俺に語り掛けてくる巻子さん。対する俺はヤリ死にを指された挙げ句、事の重大さを理解して脂汗が滝のように吹き出てくる。恐らく今滅茶苦茶気持ち悪い作り笑いしとる。平静を装おうと笑顔を作ろうとして一〇〇%失敗してる。
日本と色慾城との外交不和に繋がるなんてミリも考えていなかった。
「勿論一般家庭で育たれた仁志様に、いきなりシビアな夫婦生活を完璧にこなせというのは、きわめて酷な話だと理解しています。お相手は魔王の一人、普通の夫婦とはまた違ったハードルが存在するでしょう。そう言ったことを回避するために私が仁志様を補佐、フォローさせていただきます」
「おおおおお願いしますっ巻子様っ!!」
抱きつかんがばかりの勢いで巻子さんに頭を下げる。車内+シートベルト着なので滅茶苦茶不格好だ。
「はい、お任せください」
一瞬面をくらった巻子さんだったが、直ぐに微笑を見せてはっきりと答えてくれた。なんて男前!頼れるエリート社蓄万歳!!
「仁志様には突然想像を絶する環境に放り出された形となっておりますが、正直な所日本にとってはピンチでもありチャンスでもあります」
「チャンス?」
俺の粗相はわかるが何がチャンスなのだろうか?
「仁志様は日本と色慾城のご関係をご理解できていますか?」
巻子さんに尋ねられて少し考える。生まれも育ちも既に色慾城のある日本育ちだ。それ故に当然理解できていると自負していたが、恐らく語ったら違うパターンだろう。
「えーっと。色慾城自体一つの国として扱われてるけれど、領地は千葉県の一部を日本国と共同領地…特区でしたっけ? として保有してて、色慾城の異世界人は準日本人として扱われてますよね?俺の友人にも正式な国籍は色慾城の奴がいます」
「そうです。一般的な認識はそれで十分だと思います。出会い頭にも発言しましたがそのため色慾城の異世界人は一般の日本人と同じように国境から自由に出歩け、学校や会社にも通えます。違法や犯罪も日本の法律で正しく裁かれることになります。これは一世紀前の異世界人転移当初、当時の日本国民と色慾城側の和平交渉の際生まれた条約と制度です。世界的に見ても地球人と異世界人との関係でここまで血を流さず友好的な関係に落ち着いたのは日本と色慾城だけです」
それは歴史の授業とかでも何度か聞いたことがあるし、ニュースでもよくやっている。現在この地球には色慾城の主リリステレスの他に六人の魔王が存在し、他所で自らの業に従い国を作っている。
近代歴史で習った限りでは、当時転移してきた場所を領地としていた国の殆どは武力で異世界人を排除しようとした。突如異世界人といえど他国が領地に城を建てたのだ。結果はさておき対応としては間違いとは指摘しづらい。
実際の所魔王達の行いは侵略そのもので、当時は存在したが現在記録でしか存在しない国も少なくない。
欧州の方では一世紀経った今でも、地球人と異世界人の対立が泥沼状態となっているほどだ。
そんな中この国日本では色慾城転移の際、奇跡的に人的犠牲を出すことなく和平交渉へと漕ぎ着けることになった。その逸話は多くの書籍となっており、俺もあらすじはしっているが、ざっくり言うと「日本人が平和ボケしすぎたせいで助かった」との事らしい。
唯一犠牲になったのは現在色慾城領となっている所にあったはずの大型遊園施設だけらしい。
国の平和的自衛以外でしか武力を用いられない我が国ならではだが、他国からは賛否両論だ。
日本と色慾城をモデルに和平交渉を行った国もあれば、異世界人は侵略者以外の何物でも無いと断言し今も交戦している国もある。
日本人の立場からだと冗談に聞こえてしまうが、何かが傾けば世界大戦は容易に起こると専門家がニュースで熱く語っている。そこまで言って良いのやら?
「この関係は当時の政府が執れる苦肉の策でした。こうでもしなければ他の国同様色慾城が蹂躙を始め日本国側も自衛権を行使して多くの血を流し、互いの関係に深い溝をつくっていた事でしょう。仁志様の近くに異世界の友人は立っていなかったかも知れません」
「そうなんですか。でもそれって苦肉…って言うほどですか?」
当事者でもないので話を聞く限りではあるが、俺には和平が悪手だったとは思えない。少なくともこちらから先手をとれない日本ではベストにも感じられる。
「公にはしていませんが、この関係は魔王リリステレスの一言で簡単に破棄できます」
「……え?」
巻子さんの言葉に得も言われぬ恐怖を感じた。背筋がゾッとするって奴だ。
「これは条文にも書いていません。ただの事実です。そもそも魔王にとって制度や条例なんて”口約束”に等しい。次の瞬間魔王の心変わりで私たちに攻撃をしても我々は彼女を止めることができません。ルールを破られても裁く術がない。その力がありません」
「……」
脂汗は出ない。ただ、その事実を理解して息をする事を忘れていた。ふと外を見るといつの間にか高速道路を走っている。
「強慾城、ご存じですよね?」
「…ふぅ…はい」
巻子さんの問いに深呼吸をして答える。知らないわけもない。日本列島の隣、アジア大陸のほとんどを占めている異世界人当主の大国家だ。
「これは現在国内で情報規制されていることなのでご内密にしてください。強慾城は地球に転移して僅か一ヶ月で現在とほぼ同じ領地を手にしました」
「……え?」
俺は言葉を詰まらせる。本日何度目の思考停止か。強慾の魔王が占める領地【グリードリア】は現在地球上で最も大きい領地となっている。強慾城が出現して即周辺国へと侵略を始めて領土を拡大。抵抗虚しく半年の内にアジア圏の殆どが【グリードリア】に侵略された。
「日本国では情報操作・統制でなんとか半年という期間に引き延ばし、その恐怖を和らげました。実際強慾の魔王は各国が二の足を踏む前に政府と軍事力を滅ぼしました。他の魔王も、勿論リリステレスも同じ事が可能です。特に現在の日本では異世界人が社会に馴染んでいるため、やろうと思えば一夜のうちに国の代表がリリステレスに変わり、日本という国を事実的に消す事もできるでしょう。魔王とはそれほど規格外の存在です。しっかりと定められたルールも、それを破った者を抑え込み裁けなければそれらは無意味で無価値です」
「そんな…」
俺は巻子さんの言葉に恐怖を通り越して絶望まで感じてしまう。それ以前にあの美鎖骨の主がやはり魔王なのだと強く感じてしまった。
「心情はお察しします。私も絆機関に所属して直ぐその事実を実感した時同じ心境になりました。我々絆機関の活動は国同士の仲介などと言われていますが、実際色慾城側の機嫌取りをしてきたまでです。しかし、我々に大きな転機が訪れました」
「?」
「それが昨夜、仁志様と新代リリステレス様の邂逅です」
「……え、俺?」
「はい!我々がつかんだ情報が正しければ今頃日本列島では日本国と色慾城の中核である【色組】との戦争が行われていたはずです」
「なっ!?どうして!?」
「先代リリステレスタァバサ様がサラ様に譲位して、サラ様が即位したからです。サラ様は昨日、貴方に出逢うまで厭世思考の強い方で、あの夜手始めに新宿に住む人々を殺戮する予定でした」
「────」
流石に冗談だろうと言いたかったが今朝方サラさんとタァバサさんのやり取りでそんな内容話をしていた覚えがあった。
「どう…して?」
どうしてそんなことを考えていたのか?どうして彼女は考えを改めたのか?俺はサラさんじゃないから当然わからない。
「それはむしろ私たちが聞きたいです。どんな交渉術を用いてサラさんを改心させた上、婚約にまで持ち込んだのか今後のために是非教えて貰いたいです。私達が把握していないだけで仁志様は特殊なネゴシエイションスキルをお持ちなのですか?」
「……」
んーおかしい。鎖骨とお好み焼きの記憶しか無い。
期待に満ちた目をした巻子さんには悪いが正直に話す。当然特別な交渉技術も無い。むしろ苦手な方だ。
それを聞いた巻子さんは明らかに落ち込んで見えた。日本の状況を聞かされれば俺だって彼の心境は察するに難くない。
しかし、だからといって嘘やごまかしも出来なかった。運転手エージェントも溜息をついている。大変申し訳ない。
「そうですか…正直機関の中では貴方を英雄視する人もいたんですが」
「過大評価過ぎですね」
「昨晩起きていたはずのやり取り、思い出せたら教えて貰えますか?」
「えぇそれは喜んで」
愛国心なんて常々感じるような人間ではないが、それでも危機と言われれば助力は惜しまない。なけなしの愛国心ってところだ。
「ところで、言われるが侭車に乗ったんですが、これ何処に向かってるんです?」
本当に今更だが未だ高速道路を走るセダンの居場所を尋ねる。都心へ向かっているようだが、あまり高速道路に乗った記憶も無いので今どこにいるかまではわからなかった。
「別段秘密の場所ではありまえん。ご自宅訪問時にも言いましたが、貴方の人生の選択肢を一つ明示しようかと」
そう言えばそんなことを言っていた。サラさん達と別れたのも今後の方針を決めるため異世界人側のいない状況で話したいという事からだった。
サラさんは特に執着もなく了承して今に至る。最終的にはまた色慾城に出向く事となっている。
何処に連れて行かれるやら。これから俺はどんな生活を送ることとなるのか疑念は尽きなかった。
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「着きました。此処です」
車に乗って一時間くらい経ったくらいに目的地に到着した。
三鷹料金所を降りて少し走り住宅地に入る。走るセダンの窓からチラチラ標識を確認した限りでは杉並区にいるようだ。住宅地にしては人影は少ない、どころか見当たらないが、閑静というには静まりかえってる印象を受けた。
それにしては通り過ぎる家々が一戸建てでとてつもなく立派だ。
そんな住宅地に並ぶ住宅の中セダンはある家の車庫に迷わず入り、巻子さんが到着の報をくれる。
巻子さんがシートベルトを外して車から降りる。目配せをくれたので俺もそれに倣ってセダンから出る。
一時間以上乗っていたのに其処まで窮屈に感じなかったのは流石高級車と言ったところなのだろう。良い思い出になりました。
「ここは、なんなんです?」
車庫から出て住宅を眺めながら横に立つ巻子さんに尋ねる。
「ここは政府が保有している住宅の一つです」
「へー」
ニュースやらワイドショーで議員宿舎が無駄遣いだのどーだの聞いたことがあるが、どうもそれを目の当たりしている気分だ。
「現在は誰も住んでいません。これを仁志様にお貸しすることが可能です」
「へー、ってえええ!?」
住んでいる世界が違うなーなどと思っていたら、その世界の一部を貸すなどと言われればそりゃ驚く。
「いや貸すって言われてもこんな立地の良いリッチな住居の家賃払う金なんて持っていませんよ?」
「勿論存じてます。実際此処を正当な家賃は一般家庭には少々お高いです」
その少々とは本当如何ほどか?
「お金に関してはお気になさらず、どうせ数ある政府の保有物件ですので」
あんまり聞きたくなかった政府の暗部である。しかし、唐突にこんな高級住宅を貸すなどと?
「此処をお貸しするには一つ条件があります」
ですよねー。
「仁志様、リリステレス様とご結婚した際、此処にお住みになりませんか?」
巻子さんは真面目な面持ちで一言付け加えた。その言葉には様々な意味が込められていた。
「日本人として」




