新郎は新婦の親御さんに挨拶をしました
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「訳がわからん」
私の上司はそう言うと顔に手を当てて思い悩む。
ここにいる殆どの者が同じような心境だろう。
私も正直訳がわからない。
「もう一度聞くが、男の身元がわかったのだな?」
「はい、新ラスト・リリステレスであるサラ氏が婚姻を交わしたという男は忠野仁志満二〇歳、血液型AB RH+。現在東京の専門学校に通い、先日都内の株式会社に内定が決まったようです」
「…本当に一般人なのか?」
「はい、間違いありません。小中学校で義務化されている内包魔力検査をしっかり受けその結果はE。魔力の素養も無く。特殊部隊の訓練どころか特定の魔力投与の記録もありません」
その報告を聞き重ねるうちに私たちは混乱していく。本日未明私たちは魔王サラ・ラスト・リリステレスが日本人を婚約者とすると報告を受けた。
色慾城側からその人物の運転免許証のコピーを渡され身元情報を色慾城側に通知して欲しいと言われた。
その人物、忠野仁志の身元はこうしてあっさり見つかった。この組織が所持しているデータベースなら入っていて当然ではあるのだが、その人物の個人情報に唖然し困惑した。
その人物は魔王と関わったことのないただの学生だというのだ。あまりに凡人。世界を揺るがす魔王と呼ばれる存在の伴侶となるには力不足がすぎるスペックだ。
「どういうことなのだ?本当にただの一般人?どうして魔王はそんな男と結婚するなどと!」
「理由まではわかりかねますが、連絡をくださいました色慾城従者カルジン様の報告によりますと、忠野氏とは昨夜はじめてお会いしたそうで」
「なんだそれは!?出逢って半日もせずに結婚を決めたとでもいうのか!?」
上司は怒鳴って机を叩く。この人は直ぐに熱くなりやすい。正直この人の元で働いていたら私まで酷い目に巻き込まれそうだ。早めに外務省に報告して異動して貰おう。
「ありえるかもしれませんよ。異世界人と日本人では貞操観念を初めとした多くの常識がズレています。それに彼女は《色慾》を司る魔王です。もしかしたらそう言った部位が理由なのかも知れません」
私は怒りがおさまらない様子の上司にフォローを入れる。今は不測の事態に怒りを覚えている場合じゃない。
私たちは既にラスト・リリステレス代替わりでの引き継ぎでてんやわんやしているのだ。こんな不毛な会議を延々とやって二の足を踏む時間など無い。
「そんな理由で男を選ぶというのか?」
「かもしれません」
実際そう言った部位は間違いなく異世界人の方が大きい種族がいると思われるのであり得ないと思うが、この緊急会議を早急に終わらせるために黙っておく。
気づいている同僚もいると思うが、彼らも私と同じ気持ちだろう。
「それとカルジン様側から一つ。忠野氏を夫に迎えるためにこちら側から一名、忠野氏の専属使用人を派遣するよう依頼がありました?」
「使用人?あの城なら家隷など腐るほどいるのではないのか?」
上司が怪訝な顔で聞き返す。この組織の責任者ならもう少し考えて発言して欲しい。先程から報告している補佐官まで怪訝な顔をする。
私は思わずフォローに入った。
「カルジン様は恐らく忠野氏への配慮を込めてのご依頼されたのだと思われます。異世界から彼らが訪れて一〇〇年以上経ちある程度互いの文化交流で馴染みだしてはいますが、話を聞く限り忠野氏は一般人。突然魔王の夫になって王室生活しろと言われても困惑するでしょう。突然の生活の変化は心身に多大な影響を与えると言います。せめて我々日本人がフォローできる位置に立てば少しは気持ちの面でケア出来るはずです」
「む、なるほどそういうことか…」
実際カルジン氏は厭なくらい切れ者で正直彼の本心などわかりはしないがこの上司を納得させるくらいなら十分だろう。
もしかしたらと思い私は更に上司に提案をした。
「この依頼に対しては絶対にこの組織内部の者を送り出した方が良いと思います」
「なに、どういうことだ?」
やはりそこに考えが至っていなかったようだ。何処ぞの家政婦でも派遣しようと考えているのではなかろうか?少しは考えて欲しい。
「色慾城内に日本人が一人、制限はあるかも知れませんが我々が謁見する際よりは間違いなく自由に入ることを許されるのです。今後この国が色慾城側とどういった関係を進展させるにしても我々が色慾城内部にいた方が有利になるはずです。家事に関して言えば、話に出たとおり多くいる家隷の方にお手伝いして貰えばいいでしょう。第三者を介しても碌なことにはなりません」
「おお、おおそうか。たしかにその通りだ」
言われれば上司も理解してくれる。あとはめぼしい人材を派遣すればいいだけだろう。それくらいならこの飛騨牛でもできる。
「ならその専属使用人にはお前がいけ、巻子!」
「……えっ?」
突然上司は私、巻子真二郎を名前を呼んだ。
------- Hitoshi Side ---------------------
「さっきは助けていただきありがとうございました」
「いえ、お構いなく」
俺が童貞卒業の目標を定めてから間もなく部屋のドアがノックされ、サラさんが答えると、スーツ姿のイケメン魔族が入ってきた。
俺の首ちょんぱを阻止してくれた魔族で名前はカルジンさんと言うらしい。サラさんの執事みたいな人らしい。
俺は挨拶をしてすぐ先程の御礼をする。実際あの後死にかけてるから意味があったか謎だけど。
「仁志様、貴方様はサラ様の旦那様となられる御方です。色慾城の当主はサラ様でありますが貴方様はサラ様の次に位の高い方になります。ですので私などに頭をお下げにならないでください」
「え?は…はぁ…」
カルジンさんは澄ました態度で俺に提言される。
そうなのか、魔王の夫になるって偉くなることなのか?
なんかすごい違和感を覚える。
大して珍しくもない一般家庭で生活する俺は、当然のことながら執事や家政婦など無縁だった。
バイトこそしていたけれど社会人にもなっていないので、まだ人に使う使われると言った意識も薄い。
まだ正式な夫婦というわけでもないのに、既に微妙な息苦しさを覚えるんですが?
「それから仁志様、これを」
カルジンさんは手に持っていたちょっと洒落た小箱を差し出し俺の目の前で開ける。
「おおっ…」
小箱の中には大きな水晶が入っていた。水晶自体が青白く発光している。この世の物とは思えない美しさ。こういう物は大概異世界産の代物だ。
「魔石って…奴ですか?」
「はい、抗魔石というものです。現在城内では一番大きな物になります」
そう言ってカルジンさんは抗魔石を取り上げる。石の先にはチェーンが付けられていて淡い光が振り子のように揺れる。
「抗魔石…」
魔石とは単純に言えば魔素で出来た鉱物。魔素は基本気体であることが多く魔石になるためには結構な魔力凝縮が必要とかなんとか。
「抗魔石は周囲の魔力を吸収し蓄える効力がございます。これを身につけていれば多少の魔力なら仁志様に降りかかる前に軽減してくれるでしょう」
「え?あ、おぉ~そうなんですか…!」
カルジンさんに抗魔石を差し出されたので、ありがたく受け取る。
曰く発光に魔力を吸収する作用があるそうだが、生憎魔力の無い俺にはただ光っているようにしか見えない。
「ただ、サラ様の魔力は桁外れですのでそれを持ってしても命の保証はできかねますのでご注意ください。先程ほど酷い目には遭わないとは思いますが」
「あ、はい…あんまりその話振らないでください」
「承知いたしました。それでは仁志様、早速なのですが貴方様には魔王様の夫としていろいろなお話をしなければなりません」
実はまだ、夫ってのに抵抗というか現実感が追いついてないのですが。
「は、はぁ…」
「その前に一つご安心頂きたいのは、蚊蜻蛉ほどの存在である貴方様を魔王の夫として大衆の面前にさらすことは致しません」
蚊蜻蛉とは酷い言われようにも聞こえたが、まぁ事実として俺をキルしちゃうのはそれほど容易いって意味なんだろう。
まぁ事実だよね。
「力のない人物が魔王の伴侶となると色々と面倒になりますので、基本的には隠しておきます」
「はぁ…あの、結婚って何すりゃいいんすかね?」
俺は頭を搔きカルジンさんに尋ねる。まだ学生の上に彼女すら今までいなかった身である。
金銭的な蓄えどころか結婚の心構えすらできていない。ついでに言えば魔族側にだけ特別な手続きがあるかもしれない。
「正直のところ結婚式までは仁志様がされることは多くありません。大概の手続きや準備は我々サラ様の従者が執り行いますので」
「そうなんですか?それはなんというか、ありがたいですね」
なんか大がかりな作業でもするのかと思ったけれど俺はやらないらしい。
しかし、具体的に結婚する際することってなんだろうか?
結婚自体は役所に婚姻届出せば成立の筈だ。魔族特区にいる魔族も日本の法律では例外じゃない。たぶん、魔王のサラさんだって。
「ひとまず仁志様が現状やらなければいけないことはお一つ。サラ様と共に成し遂げなければなりません」
「サラさんと?」
カルジンさんの言葉に首を傾げながらサラさんの方を見ると当のサラさんは若干顔色が悪い。
「それは、サラ様の母君であられる先代ラスト・リリステレス タァバサ・リリステレス様にご挨拶をし、お二人のご結婚を認めて貰うことです」
「へ?」「はい、どお~ん!!」
俺がカルジンさんの指示に驚くと同時に、部屋の壁が一ヵ所誰かの大声と共に思い切り爆発した。
爆発からなる煙が薄れてるとサラさんの部屋に大きな風穴が出来上がっていた。
「あっ…」
その穴の中央に一人の女性が仁王立ちしている。風穴から吹き込む風が紅い長髪を靡かせる。粉塵から現れた人影は俺も知る女性だった。
魔王だ。正確には先代魔王ラスト・リリステレス。サラさんの話を聞く限り名前はタァバサ・リリステレス。
魔王は大体世界的に有名な人物だが、彼女に関しては日本のテレビにも出演しているためその知名度は世界一かもしれない。
ぱっと見でもサラさんによく似ている。親子となれば当然かも知れないけれど。
親だけありやはりタァバサさんの方がどことなく大人っぽい印象を受ける。サラさんもセクシーなのだが、タァバサさんはなんというか、oh!ダイナマイトバディー!って感じだ。タァバサさんの方がサラさんより所々一回りボリューミーだ。テラエロい。
テレビで幾度となく見ているからタァバサさんは豪放磊落な性格という印象が強い。
テレビと私生活では雰囲気が変わる芸能人もいると聞くが、今壁破壊して登場した様を見るにそのままの性格…いや、テレビに出てる方がいくらか抑えている印象さえ受ける。
テレビで他の芸能人とトークしている様を見ていると、魔王でも親しみと好印象を抱いていた筈なのだが、今目の前に君臨する深紅の長髪を風に靡かせる先代魔王の堂々たる姿は、そんな印象を容易く覆す程恐ろしくそして美しさまで見せつける。
「たぁーだいま~愛娘にカルカル~」
「お帰り、あと私の部屋の壁を壊さないでママ」
「お帰りなさいませタァバサ様。何度もお願いしているのですが、空中移動での帰宅は結構なのですが、減速しないまま壁に突撃して帰宅しないでください」
「いや~癖になっちゃってねぇ~それに今日はいち早くサラちゃんに会いたかったのよん」
タァバサさんの豪快な登場にもかかわらず身内側は思いの外冷静に対応している。
どうにも普段通りらしい。
「それでそれで~?どうサラちゃん?正式に魔王になって世界中に自分の存在を知らしめた感想は?やっぱり日本滅ぼしちゃう?」
タァバサさんはサラさんに抱きつくと事もなさげに物騒な問いかけをしている。
日本滅ぼすって…なにを言ってるんだ?
「日本を滅ぼすのは止めたわ」
「…え?」
ご機嫌だったタァバサさんがサラさんの一言で硬直する。
「それと其処にいるダーリンと結婚することにしたから」
そういってサラさんは俺を指し示す。どうもこんにちは、ダーリンこと忠野仁志です。とでも挨拶すれば良いのかね?
「……」
「あーどうも?」
サラさんに抱きついたままのタァバサさんと目が合いとりあえず低姿勢で挨拶する。
「…日本人?」
「え?はい―――っ」
「ママッ!?」
突然だった。悪寒と共に視界が赤色を深める。咄嗟に俺とタァバサさんとの間にカルジンさんが立ちはだかった。
二人の間で発生した衝撃が部屋を大きく揺らす。
「…へぇ~カルカル~。いつの間にか器用なことできるようなったわねぇ~」
「恐縮です…」
「うぐぅ…」
悪寒で気分が悪くなる俺に対して、タァバサさんは笑みを深めカルジンさんは平静を努める。
「私の魔力放出を自分の異なった属性の魔力放出でその子を包んで緩和させるなんて咄嗟にできることじゃないわ~」
「タァバサ様ならこうされると懸念しておりましたので」
「ふふっよくわかってるわ~。でも貴方の魔力で、おまけに抗魔石越しにもかかわらずグロッキーって弱すぎじゃない?」
どうやらタァバサさんが魔力を放出したらしい。それをカルジンさんが緩和したような話だが俺には理解しきれない。
先程のように出血大サービス(物理)な自体にはなっていないが、激しいめまいで立つことも侭ならず膝をつく。
「大丈夫ダーリン?」
「うぇ?はぁ、なんとか…」
俺の元へ寄り添うサラさん。普通なら嬉しさを感じる所だが、視界が揺れたままの状態では生返事するのがやっとだ。この抗魔石っての使ってもこんな辛いのかよ。
「どういうこと、愛娘?」
「それはこっちの台詞なんだけど?」
母娘が睨み合う。いつの間にかサラさんの傍らについたカルジンさんが、「ムキになって魔力出しちゃダメですよ」と囁いている。「仁志様ミンチになっちゃいます」とも言っている。聞きたくなかったなぁ。
「昨日まで『まずは手始めに新宿の人間を肉塊に変える』なんて言ってた貴方が、如何したらそんなもやし日本人と結婚するなんてことになるの?ママ理解できないんだけどぉ~」
「え…?」
聞き間違いではなかろうか?肉塊て…。この子そんな物騒なこと考えてたの?いやでも俺と普通にお好み焼き食べてたし。
「ダーリンのお陰で気持ちが変わったわ。ダーリンといると楽しいから結婚する。他の連中はとりあえず保留で」
ん~もしかして、(泥酔していた)俺が新宿にいる人たち救っちゃったかな?
「ふーん。その男に愛娘を改心させるほどの器があるの?」
サラさんの言葉にタァバサさんが近づきながら俺を凝視している。
美女に見られるなんて正直ドキドキ物だが今感じている胸の鼓動は恐怖からなる脈動で間違いない。うん、殺される。生きた心地しない。
俺にそんな器あるわけないべや。
「…おっもしろ~い!」
「「へ?」」
途端鬼気迫る表情から嬉々とした態度に変貌したタァバサさんに俺とサラさんは首を傾げる。
「それじゃひとまず、二者面談しましょうか?ダーリン君♪」
「へ?」
満面の笑みをしたタァバサさんのか細い手が俺の肩に乗る。
「っ!いけない!」
サラさんが何かに気づいたようだったが、どうにも手遅れのようだった。
「……ん!?」
気づけば知らない場所にいた。刹那という言葉が適切。本当になんの前触れもなく場所が変わった。部屋の印象を例えるなら(行ったことはないけど)ラブホテルの一室っぽい。いや行ったことないけど。
目の前には肩をつかんだまま笑みを浮かべるタァバサさん。周りにいたはずのサラさんとカルジンさんは見当たらない。
「うぷっ」
途端つよい吐き気がこみ上げる。
「あら転移は初めてダーリン君?転移酔い防止のコツはさっきいた場所と違う場所に飛んだって自覚することだよ?」
俺の肩から手を離したタァバサさんは部屋を歩きながら語り出す。
転移?別の場所に飛ばされたってのか?そんなとんでもないこともできんのか?
「ここはね私のプライベートルームなの。特別な結界仕込んでるから組の物はおろか愛娘も許可が無いと入ることは難しいかな?」
タァバサさんは落ち着いた様子で話している。そういえばめまいも治まっている。タァバサさんが魔力放出を抑えたようだ。
俺は深呼吸をして吐き気を押さえ込む。
「おっ、戻さなかったね。偉い偉い」
そんな俺を見てタァバサさんが微笑みながら褒めてくる。
「え~とダーリン君?」
「あ、えっと忠野仁志…です」
「仁志君ね…正直、君みたいな子が現れるなんて思わなかったからさ。ママ興味津々なんだよん。あ、楽にして?とりあえず危害加える気は無いから?何か呑む?まだ朝だけどお酒行っちゃう?」
捲し立てるように話しかけてくるタァバサさん。こうして接すると気の良いお姉さんって感じだ。見た目が美しすぎて一児の母には見えない。
「酒は、いいです。」
「そう?じゃ麦茶でいいかな?」
俺が首肯するとタァバサさんは身に纏っていたコートを脱ぎ捨てベッドに投げ捨てる。
「とりあえず落ち着いてお話しましょ?未来の義息子君?」
冷蔵庫から麦茶の容器をとりだしたタァバサさんが笑みを浮かべる。
しかし、母娘揃ってすばらしい鎖骨だな~。




