お二人の出逢いはシンジュクのお好み焼き店でした
あれはまだ俺が中学生だった頃の出来事だった。
その日、俺は両親と叔父の結婚式に招かれた。
叔父は兄にあたる親父と俺に似てさしてさえない面構えだったが、お嫁さんは滅茶苦茶美人で、その美しさに当時の俺はまともに眼をあわすことすら出来なかった。
二人は挙式で末永くともに歩むことを誓っていた。
まだ幼さを残していた俺は、その幸せな光景に大層胸を打たれていた。当時は夢多い年頃でもあり「将来は俺も素敵な女の子と結婚するんだ」などと思っていた。
実際、叔父とその女性は二年も経たない内に永遠の愛為る物を破棄──いわゆる離婚した。
めでたく離婚を果たした叔父は俺と会うたび「結婚なんざ碌なもんじゃねぇ」と懇切丁寧に結婚の弊害をご教授してくれるのだ。
俺も俺で友人と馬鹿はやれど女子との付き合いは浅く、成人を迎えたその日まで彼女いない歴=人生を貫いていた。
勿論常日頃エロいことは心からしたかったわけだが、ご縁がなかったのは仕方ないことと言える。
しかしまぁ、出逢いってのは家の外に出ていればその内訪れるものなのかもしれない。
楽観的に、危機感を覚えず友人達と他愛のない学生生活を送っていた。
そんな俺──忠野仁志はある日巡り会ってしまったのだ。おそらく運命の相手とか言う女性に。
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その日俺は良くつるむ友人達とお好み焼き屋に訪れていた。
友人の一人がそこにいる犬耳のバイトの子がタイプらしく。呑みに行くとなると大概此処となっていた。
今では──俺が物心ついたころには既に日常となっているのだが、一〇〇年くらい前まではそう言った人種──獣耳や翼を生やした人間はおらず、ある日この大地に突如魔族や亜人が異世界から大量に雪崩込んできたという。
歴史的に言えば【七大魔王異世界転移事変】とか言われている。今でこそ日常となっているが、当時は世界の常識を一変させる出来事だったらしい。
それから紆余曲折あったらしいのだが、今では人とは魔族や亜人も含めた人種の総称であり、表面的には共存を果たしている。特にこの日本国は。
ただ残念なことにどちらの種族にも自らの種を一番と考え異を唱えたがる組織が存在する。
ついでに言えば魔族側には魔王という存在がトップに立っている。
とは言え魔王も現在地球に合計七人もいて、各大陸で「I'm No.1! foooooo!!」とか言っちゃってる頭イッちゃってる人達という印象しかない。
二十歳になり国民として政治を理解すべきと言われようとも俺達みたいな庶民には縁遠い話だった。
日本列島にも魔王、そして魔王城が存在する。【魔族特区】と呼ばれる外国でいうところの大使館的な区域に【色慾城】と呼ばれる魔王城がある。日本では歴史上初めて特区が作られた場所でもあり、昔は千葉県浦安市と呼ばれ魔王城転移前は大人気大型リゾート施設もあった場所らしい。
現代っ子である俺達には既に魔族・亜人と共存した生活を送っている。一つ前の世代になるとまだ異世界側に忌避感を抱いている者もいるらしいけれど、幼稚園のころから隣にケモ耳学友がいれば差別視もできない。
ついでに言えば俺の叔父と結婚と離婚を繰り広げた女性は異世界からきた長耳族だったりした。
異世界転移時に訪れた方だったらしく、年齢は俺の曾じいちゃんが存命だった場合どっこいどっこいだったとか。
兎に角街には様々な種族が歩み交錯しているし、俺にも他種族の友人がいる。
「就職も決まったし、やっぱり彼女欲しいわ~」
友人達とお好み焼きを焼いている鉄板を囲み、ビールのアルコールにほろ酔いになり出した頃そんなことを声にした。
本日友人達を集まったのは俺の就職先内定が決まり、俺がつるんでいる専門学校友人グループは皆内定が決まった事へのおめでとう会となっていた。
俺としては友人間で最後の内定になったため一安心で酒が進む進む。
内定さえ決まってしまえば残りの学生生活は目一杯遊びまくるしかない。
ついでに蠱惑的な彼女でも作って昼夜問わずエロいことに精を出したい。そんなことで頭がいっぱいだ。
「といっても、俺達男衆で遊びすぎだろ。出逢いがねぇよ出逢いが」
「確かに」
「あ、お前のそろそろひっくり返せよ」
「お姉さんオーダーおねが~い」
気の置ける仲間達が故に居心地が良く何をするにもこいつ等と連んでしまっている。それ故に折角入学した専門学校の一年と半年近くこいつ等との思い出しかない。イヤではないが華がない。
「俺達が出逢い作るってどうやるで?」
「仁志ファミレスでバイトしてんなら普通に女子と出会いあんだろ?」
「紹介しろよ」
「たしかにバイト先女子多いけど、個人的に同じ働き先の女子と付き合いたくない」
「ハァ?なんだそれ?」
「選り好み出来る面かお前?」
「選り好み出来る身分かテメェ?」
「つうかお前のことは知らん。俺に紹介しろと言っている」
「お前等には絶対紹介しないわ」
本当に身のない話で談笑する。馬鹿笑いすれば飯も酒も進む。
一時間もしないうちに顔を真っ赤になっていきさらに話題も下世話になっていく。
「さこつなめたい」
「出た!仁志の鎖骨フェチ!」
「酒が回ると絶対語り出すよな」
「お前等だって似たようなもんだろ。そろそろお開きにするか?」
「さこつの~きれいな~じょせいは~おっぱいも~きれいなのれす~」
「はいはい、知ってる知ってる」
「見たことねぇだろコイツ」
「店員さん呼んでお冷や頼むべ?」
就活の重圧から解放されてハイペースにお酒を飲んだ俺は、一番に酔ってしまい記憶も判断も曖昧になってしまう。
そんな中、俺は出逢った。出逢ってしまった。
「……エロい」
俺の朧気な眼前に滅茶苦茶エロっぽい、否色っぽい女性が映り込んだ。
「…テラエロい…」
此処は大衆向け、居酒屋性の強いお好み焼き屋である。
しかし、目の前の女性はこの場に不釣り合いな美貌と容姿をしていた。
煌めく深紅の髪に黒いドレス姿で一人テーブル席に座り、伏せ気味の表情に宝石のような朱い瞳は鉄板を見つめている。人族とは思えない浮き世離れた美しさ。幻想的な見た目は魔族だと一目でわかった。
いや、魔族の中でも非凡な美しさ。絶世と称しても過言ではない。
マジで美しい。美しい──鎖骨。
肩の開いたドレスから美しい鎖骨が露出しており、見れば見るほど滅茶苦茶興奮する。
今まで見た女性鎖骨の中でトップ3に入る!
やっべー、どうする近くで見たい。ゼロ距離で見たい。眼球と鎖骨をくっつけたい!
ならばどうする!?行くしかないだろ?
「いってきまふ!」
「あん?何処へ?」
「トイレだろ?」
「いっといれ」
「「さむぅ」」
などという友のエールを背に俺は勇み足で彼女のテーブル席に向かい。彼女の対面に堂々と座った。
「――っ!?」
「どうもこんばんは鎖骨の君、僕忠野仁志といいます」
いきなりの登場に女性は驚きを見せたが俺は堂々かつ紳士的な挨拶をする。
「あなたの寂しそうなさこつに呼ばれて馳せ参じました~」
掴みはパーフェクト完璧である。
「さこ?…貴方は何者?…勇者か?」
「そんな大層な存在じゃありません。強いて言うなら貴方の鎖骨を護る騎士とでもお呼びください」
「??…何処の団体の騎士?」
鎖骨の君は滅茶苦茶怪訝な顔をしているがそんな顔も芸術性がある。というかやっぱり鎖骨滅茶苦茶綺麗だな。深紅の髪が揺れ見え隠れする奥ゆかしさがヤバい。
こんな美しい鎖骨のライン初めて見たかも知れない。
認めるしかない。鎖骨の君、お前がナンバーワンだ。
「ふぅ、まぁ良い。貴方が私の初めての相手になってくれるのか?」
「ええっ!?はははは処女ですか!?ぼ、ぼぼぼぼ僕も童貞です!!」
マジでか!こんな美鎖骨美女が処女なんてあり得るのか!?
ていうか、一分も経たない内に性交渉確約とか、内定効果ヤバいな。
鎖骨の神の思し召しか?神様もすごい悪戯すんな。鎖骨神マジ信仰するわ!
「ん~。なにか噛み合っていない気もするが、面白いな貴方。まぁ良い。事を始める前に食事を採ろうと思ったのだけれど、ここはなにをどうやって食べるのかしら?この黒い板を食べるの?」
「あはは鉄板は食べれないよ~お好み焼き食べたことない?」
「えぇ、初めてだと思うわ。私が汚れる前に最後の晩餐でもと思って、適当にこの店に入ったんだけれど勝手がわからなくて困ってたの」
「ほぅ?ほぅ…」
彼女の含みのある台詞を独自に解釈すると、自分が女になる前に最後の晩餐をとりたかったわけだ。既にやる気満々。なにが彼女を駆り立てるのかわからないが、すごい幸運に巡り会ったもんだ。
もしかして援交の類いなのだろうか?苺までなら出せる。それ以上はコンビニATMかフレンドATMにご厄介になろう。
この際援交でも構わない。(鎖骨に対して)愛のあるセックスをするだけである。
乗るしかない、このドスケベウェーブに!
「そういうことなら任せてください!僕お好み焼きに作るのプロいんで」
サムズアップして白い歯を強調する。伊達に友人間の飲み会を殆どここでやってる訳じゃない。
「そうなんだ?それではお言葉に甘えてお願いしようかな?」
「任せて。すいませ~ん」
俺は店員を呼んで適当にお好み焼きと酒を注文する。
俺は二十歳を迎えているが、彼女はどうなのだろう?な~んてことは考えない。
聞かなければ俺は知らないのだ。滅茶苦茶酔わせて鎖骨責めを許容してもらうんだい!
「しかし、変な話だね。これからやり合う相手に食事を作って貰うなんて」
「え、別に変じゃないでしょ?二人で食事して雰囲気を作ってからしたりするんじゃないかな?」
「そういうものかな?ふむ、そこまで奥深いものだとは思っていなかったな」
「まぁ僕も初めてだから偏見だけどね」
「フフっそういえばそう言ってたね」
鎖骨の君が笑顔をこぼす。なんだそれ滅茶苦茶反則的に可愛いぞ。やばぁい、鎖骨まで可愛く見えてきたぞ~。これが世間的に言うエロ可愛い(鎖骨)って奴か?
店内は盛況で注文したお好み焼きの具が来るのに時間が掛かったが先に出されたお酒で乾杯し楽しくお話をした。
途中友人から何故か電話で「大丈夫か?」と心配されたが、邪魔されたくないので「大丈夫、先に帰ってて!」と告げて電源を切った。
後に知った余談だが、俺が彼女と対面している席は、先程俺が友人達と座っていた席からだと死角になっていて、俺の存在がわからず友人達は俺がトイレに籠もっていると勘違いしていたらしい。本当わりかしどうでも良い。
「なかなかの見世物だね」
届いたお好み焼きの具を慣れた手つきで鉄板に流し焼いていく。
お好み焼き初心者の頃、店員さん(女性)に教えて貰いこの日まで数を熟してきたのだ。
ついでに言えばもんじゃ焼きも頼めるのだが、それも店員さん(女性)に作り方を教えて貰い、友人が「ヘラでの食べ方がわかりません」という頭の悪い発言の元、店員さん(女性)に『あ~ん』をして貰い、見事舌を火傷した馬鹿丸出しの思い出とかもある。
「旨い旨い」
俺が作ったお好み焼き(初めと言うことでスタンダード)を平凡な感想を口にしながら、鎖骨の君が食す。
素直な感想なんだろうけど、個人的にはもうちょっとオーバーなリアクションを採ってくれるかと思っていた。まぁ、一品数百円のお好み焼きだし妥当な反応なのかも知れない。
切り分けたお好み焼きを口に入れ、モクモクと咀嚼する鎖骨の君。
化粧っ気のない唇にソースとマヨネーズが油を敷いてグロスのようにテカる。
その自然ながら色気のある唇と鎖骨がなんとも蠱惑的で理性がヤバい。
酒がヤバいくらい進む。
美しい鎖骨を見ながら酒を呷る。超エロ風流。WABISABI!
鎖骨見酒マジ最っ高!
しかし、あまりに酒が進みすぎ、俺は自身のアルコールキャパをあっというまに超過してしまった。
なんとか記憶に残っているのは二人でこの店から出た時までである。
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そして、軽い二日酔いからなる頭痛で目覚めた俺は、知らない場所で知らない魔族達に囲まれていました。
「…ふえ?」
大きさも見た目もばらばらながら何故か黒スーツに統一されている彼らに滅茶苦茶睨まれてるんですが、何?どういうこと?一瞬で目が覚めたんですが?
「あぁ、起きたかダーリン」
少し離れた場所に声の主、鎖骨の君が立派な椅子に座っている。
「昨夜は本当に楽しかった」
本当に立派な立派な椅子だ。
「君は私の世界観を、そして、この日本の運命を変えた」
あえて言うなら、皇室?いやもうちょっと自分の権力をひけらかしてる人物が使ってる椅子。なんだろ?中世時代の王様とかが座してそうな立派な、それでいて若干禍々しさを放つ椅子。
「私は君に興味を持ったよ」
あぁ、そうだ。偏見ながら――
「ダーリンよ。私、」
――滅茶苦茶魔王とか座ってそうな玉座だわ。
「サラ・ラスト・リリステレスの夫となれ!」
「……はい?」
疑問に漏れた声で俺は会って半日も経っていない魔族の女性と婚約したこととなる。
彼女の立場上、俺達の生活は物語となり、それにちなんだ特別な口上が必要なのだろう。
きっとまぁこんな感じだ。
奥さまの名前はサラ。
旦那の名前は仁志。(因みに俺)
ごく普通(と思い込んでた)二人は、ごく普通(と思えば普通)の恋をし、(世間的かつ体面上)ごく普通の結婚をしました。
でもただ一つ違っていたのは、奥さまは魔王だったのです!
これは魔族という存在が突然現代に訪れて、早一〇〇年ほど経ったいびつな世界で紡がれる一組の夫婦の物語です。
…なんてね。




