掌編――蝉
蝉が鳴いている。網戸にしがみついて。
すぐ近くにクスノキがあるんだから、そっちに行けばいいのに。
網戸をはじいてみた。
蝉は短く鳴いて飛び去った。
やれやれ、これでおちついて昼寝ができる。
そう思っていたのに、うとうととし始めた頃、また至近距離で聞こえた。
枕から顔を上げると、二匹に増えている。
もう一度はじいてみた。
二匹の蝉はやはり短く鳴いて飛び去った。
なんでわざわざうちのマンションの俺の部屋の網戸を選ぶんだよ。
庭の木で十分だろ?
網戸になんか樹液はないんだからさ。
仕方がないから窓を閉めてエアコンをつけることにする。つけっぱなしで寝たら寒くなりすぎるからあんまり好きじゃないんだけど仕方がない。タイマーかけて、扇風機も回して、ようやく横になる。
夢の中でも蝉が鳴いている。夏だから仕方がない。と思ったら目が覚めた。やっぱりすぐ近くでみんみんと鳴いている。窓は閉めたから聞こえてくるはずがないし、どこにいるんだ。あまりに近すぎて、どこから声が聞こえるのか分からない。でも、部屋の中にいるのは間違いない。
念のために殺虫剤を手にすると、その瞬間だけ蝉の声が途切れた。
じじ、とこすり合わせるような声が聞こえた方角を見上げ、俺は言葉を失った。
天井が、透ける羽で覆われていた。