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夏休みの思い出

作者: はげまんと

「今日も暑い」

蓮は太陽が照りつける強い日差しの中、大粒の汗をかきながらだらだらと歩き、木陰にある公園のベンチに独りぽつんと座った。

ぼーっと見つめる視線の先には、数人の子供たちが滑り台やブランコで元気に遊んでいる。

「子供はいいよな、何も考えず遊んでいられて」

彼は無職だ。中学生のとき親と鑑賞したオーケストラに感動した蓮は、

自分も人々を感動させられる曲を作りたいと思い、作曲家になることを決意した。

それから高校、大学と音楽を勉強し続けてきたが成績は良くなく、卒業後、音楽関係の仕事で生活していけるだけのお金を稼ぐことはできなかった。

これまではなんとかバイトで稼いできたが、ついに先日就職することを決めたのだった。

今日も就職活動を終えて帰宅途中である。

「はぁー、今回もだめか」

ため息をつきながら帰り際にコンビニで買ってきた弁当をもくもくと食べ始めた。

「こんなに暑いのに、元気な子供たちだ。俺にもあんな頃があったっけな」

そんなことを考えてると、ある思い出が頭の中によみがえったきた。




授業の終了を告げるチャイムが鳴った途端、蓮は全速力で走りだし家まで帰ってきて背負っていたランドセルを放り投げた。そして勉強机で一枚の紙になにやら一生懸命書き始めた。

「よし、三日間の予定はこれで完璧だ。あとは荷物を整理して、あいつに電話だ」

彼は独り言を呟きながら書き終えたB5ほどの大きさの紙を丁寧に折りたたんでリュックサックにしまい誰かに電話を掛けはじめた。

「もしもし、翼か?」

「うん、俺だよ」

電話の相手は蓮の同級生の翼だ。

「ついに完成したぞ!集合場所と時間は明日の朝九時に赤坂駅だ」

「ほんとにやるの?」

翼は不安そうに聞いた。

「心配するな、俺の考えた予定は完璧だしクラスで一番頭のいいお前がいれば怖いものなんてないさ」

蓮は三日間山小屋で他人の力を借りず二人だけで過ごすという計画を練っていた。

国語のテストで読んだとある物語に影響され、この計画を思いついたのだ。蓮は思いついたらすぐに行動するタイプの人間だった。

「でも三日間も二人だけで過ごすなんてできるのかな、俺たちまだ小学生だぜ。やっぱり一日だけにしないか?」

今までも蓮とは二人でいろいろやってきたが、ここまで大規模な計画は今回が初めてで、翼はとても心配だった。

「俺たちだって大人になれば一人で生きていくんだ、その練習だと思えばいいよ」

翼とは真逆に蓮はとても楽しそうに話している。早く行きたくてたまらないという様子だ。

「でも確かにそう言われればそうだよな、三日間くらいならなんとかなるか」

不安ではあるが翼の中にも行きたいという気持ちがないわけではなかった。

「ああ、じゃあ最後に確認しておくけど俺たちは明日から青鶴で親戚の兄さんとキャンプをするってことにしておくんだぞ」

蓮はあらかじめ五つ年上の親戚に自分たちと青鶴でキャンプをすることにしておいてくれと頼んでいた。

「大丈夫、もう母さんと父さんにはそう言ってある」

「それじゃ、明日赤坂駅で」

「うん、また明日」

その日蓮と翼はなかなか寝付けなかった。

次の日、空を見上げると雲一つない晴天だった。

「おはよう蓮」

「おはよう、時間ぴったりだな。行くぞ」

二人は切符を買い六駅先の川原に電車で向かった。期待と不安を抱きながら。

「ここが浅間山の入口だ。山小屋まで三十分くらい歩けばつくはずだけど荷物が多いからもう少しかかるかもな」

蓮の父親の大輔は登山が趣味でよく蓮と共に浅間山に訪れていた。登山慣れしている蓮は軽快な足取りでぐんぐん進んでいく。

翼は運動が苦手というわけではないが、重い荷物を背負いながらの初めての登山であったためかなり大変そうだ。

滴る汗を首にかけたタオルで拭きながら無言で歩く二人の前にようやく山小屋があらわれた。

「疲れたー。もう歩けないよ」

翼は背負っていた荷物をおろし、倒れるように山小屋の中のベンチに座り込んだ。

古い山小屋だが誰でも使えるように定期的に掃除されてるため室内は割ときれいだった。

「だらしないな、このくらいでそんなに疲れてちゃ三日間も体力持たないぞ。」

そう言いながら蓮はリュックサックから予定表を取り出し机に広げた。お世辞にもうまいとは言えない字で書かれている予定表は今回の計画の全てである。

「これから三日間この予定表通りに行動する。もう少し休んで十時になったら十二時までカブト虫を取りに行って、昼飯を食べて三時まで昼寝したら五時まで釣りだ」

意気揚々と山小屋を出ていく蓮と背中を丸くしてとぼとぼ歩く翼。

そんな対照的な二人だったが、蝉や鳥の声が鳴り響く森の中、涼しくなるような心地よい川のせせらぎによって次第に同じ感情になっていった。

「楽しかったな。やっぱり来てよかっただろ?」

山小屋への帰り道、蓮が言った。

「うん。今度来るときは三日間じゃなくて一週間にしようよ」

翼の中の不安はいつのまにかどこかへ行ってしまったようだ。

「一週間はさすがに長いだろ、まあ五日間くらいなら・・・・」

蓮がそう答えていると突然後ろから大人の男の低い声が聞こえた。

「おい、なんでお前らがこんなところにいるんだ?」

二人は恐る恐る振り返ると、そこには大輔が立っていた。

「と、父さん!父さんこそなんでここに?仕事じゃなかったの?」

蓮は震えた声で聞いた。

「今日は仕事が早く終わったんだ。それよりこんなところで何してるんだ?」

二人は予定表を見せ全てを正直に話した。

「よく考えたじゃないか。いつも嘘をつくのがお前の悪い癖だがその行動力は大したもんだ」

大輔がそう言うと、てっきり怒鳴られると思っていた蓮は逆に褒められ目を丸くした。

「怒られると思ったか?確かに普通の親だったら怒るんだろうけどな。」

真剣な顔で大輔は続けて言った。

「いいか二人とも、人生は一度きりだ。だから悔いが残らないようにやりたいことをやって生きろ。俺が言いたいのはそれだけだ」

その言葉は蓮の心にしっかりと響いた。




「そうだ、俺はこんなところで何をしてるんだ」

ベンチから立ち上がり、蓮は全速力で走りだし家まで帰ってきて持っていた鞄を放り投げた。そして始めた。作曲を。

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