第94話:すい臓癌
『そっか。そうだな。遥に隠しても、ばれちゃうよな。
それに、いつまでも、隠しておけないしな。』
兄は、頭を抱えて、少し考えているようだった。
そして、顔を上げると、私を見つめて、言いました。
『すい臓癌だよ。この前の手術で、取れるところは全て取った。
でも、すい臓を全部取るわけにはいかないから、残ってもいる。
だから、抗がん剤と放射線治療が主体になるだろうけど、諦めずに頑張ろう。
きっと良くなるよ。』
予想していた通りの兄の言葉でしたが、実際に聞いてみると、一瞬、心に穴があいたよ
うに、ポカーンと、時間が止まってしまいました。
そして、兄の言った言葉が、呑み込めたとき、急に悲しくなってきました。
「やっぱり、そうだったんだ。私、死ぬんだ。もう、死ぬんだー。」
私は、両手で顔を覆い、声を押し殺すように泣き崩れました。
『違う! 遥は死んだりしない! きっと、良くなる。』
兄は、両手で私の両肩を掴んで励まそうとしました。
でも、兄の言葉に、私を説得させるだけの力は、ありませんでした。
「良くなる訳ないじゃん。癌、残ってるんでしょ。
きっと、他にも転移してるんでしょ?
ねぇー、私、あとどのくらい生きられるの? いつ死ぬのよ!」
『何言ってるんだ! お前は死ぬもんか。』
泣き崩れる私を、兄は、頭を包むように抱えて、背中をさすってくれました。
そして、何とか落ち着き顔を上げると、兄の反対隣には、翔太が座っていました。
『よっ! 俺も付いてるから、一緒に頑張ろう。』
「翔太も知ってたの?」
『ごめん、お兄さんから、聞いて。正直、信じられなかったよ。
でも、きっと遥は、負けずに頑張って良くなるに決ってるって、
そう思うことが出来たんだ。だから、一緒に頑張ろう。』
「どうして、良くなるに決ってるって、言えるのよ!
そんな簡単に、言わないでよ!
どれだけ、私が苦しんでるのか、解ってるの?
翔太に死んでゆく姿なんて見られたくない!
顔だって、変になってくるし、きっと、歩けなくなるし、どんどん弱って
自分で何も出来なくなるに決まってる。そんな姿、見られたくない。
翔太の心の中には、生意気で明るい、いつも笑顔の私でいたいの。
だから、もう来ないで!
健康な彼女を見つけて、結婚して幸せになって。」
『何言ってんだよ。俺は、遥以外・・・』
私は、話をしている翔太を無視して、立ち上がり、病室に歩き出しました。
私の後ろで兄が、私に付いて来ようとする翔太を、なだめていました。
私は、その日からしばらくの間、翔太を見ることはなくなりました。
(つづく)(登場する人物・団体・場所の名前、名称は架空のものです。)