第79話:見えない道
母達は、私がまた逃げ出すんじゃないかと、心配しているのが分かりました。
面会時間が終りに近づいても、帰る様子がありませんでした。
「大丈夫だよ。もう、あんなことしないから。自分でも、分かったから。
溺れて意識が消えかけた時に、赤ちゃんがまだ来ちゃダメだよって、言ってくれたの。
それに、苦しくなって、まだもがいて生きようとする自分を見つけたから、
私は、死にたくないんだと解ったよ。
もう、自分で自分の寿命を決めるようなことはしないよ。
だから、もう家に帰っても大丈夫だよ。」
母達は、まだ心配そうでしたが、私を信じてくれました。
そして、5日後に退院しました。
退院すると私は、すぐに、隆志のところに行きました。
兄貴の車を借りて、栃木までやく2時間半の旅。
隆志の顔を見なくなってから、とても長い時間が経ったようで、
とても待ちどおしい道のりでした。
もしかしたらという、勝手な期待も膨らんできました。
病院に着くと、彼の病室にまっしぐら、でも、隆志の意識は回復していませんでした。
そんな隆志でも、顔を見ることが出来て、気持ちが落ち着きました。
「隆志、ごめんね。 私たちの赤ちゃん、私の不注意で、死なせちゃった。
私、悲しみに負けて、隆志が、こうやって頑張っているのに、
赤ちゃんの所に行こうと、ばかなことしちゃった。
ねぇ、私のこと、叱って!
その目を開けて、私を叱ってよ。
これからどうしたらいいのか、教えてよ!」
しばらくすると、隆志のお母様が、面会に来ました。、
私は、今までの出来事をお話しました。
お母様は私を責める様な事は言わずに、家に泊めて下さいました。
私は、迷惑と思いながらも、2日、3日とそのまま泊めて頂き、
とうとう、1週間が過ぎてしまいました。
さすがにこれ以上は・・・と思い、横浜に戻りました。
仕事も始めましたが、気持ちが乗らずに、
毎日がただ漫然と過ぎてゆき、
この先どうしていいのかも分からなくなっていました。
そして、休みの度に、兄に車を借りて、隆志に会いに行きました。
こんなことを1ヶ月以上繰り返してるうちに、
隆志のそばで暮らした方が良いと思うようになり、
ある日、病院の近くの不動産店を見て回って、アパートを探している時でした。
急に、後ろから肩を叩かれて、振り向いてみると、
そこには、隆志のお父様が、立っておられました。
『そこまで、隆志のことを考えていてくれているんだね。』
「そんなしっかりした考えじゃなくて、ただどうしていいのか解らないから、
毎日、隆志さんに会っていれば、答えが見つかるんじゃないかって・・・
ただそれだけなんです。」
『アパートなんか、探さずに、気の済むまでうちに居なさい。
前に来てくれた時に、うちのやつも、毎日病院に行くのに、車で送ってもらって
助かってるって言ってたし、娘が出来た様だって喜んでいるんだよ。』
「ありがとうございます。」
お父様のお言葉に甘えることにしました。
そして1週間後、新しい生活をはじめた日に、その日はやって来ました。
(つづく)(登場する人物・団体・場所の名前、名称は架空のものです。)