第77話:迷い
段々と、息が苦しくなって、泳ぎが止まりそうになり、
上を見ると、4メートルくらいに海面の光が見えました。
いよいよ本当に苦しくなって、泳ぎが止まりました。
海の中なのに、涙を流している自分が分かりました。
「私、何をやってるんだろう。。。
今の私は、追われているから、むきになって逃げてるだけじゃないの?
こんなはずじゃなかった。
もっと落ち着いて、隆志との思い出を胸に、
崖から、1歩だけ踏み出したら、死ねるはずだった。
何でこんなにもがいてるの?
私って、ほんとは死にたくないの?
今まで、頑張って生きてきたことが、無駄になっちゃうから?
隆志が、悲しむから? まだ、生きることに未練があるの?
だめだよ、こんな事考えているようじゃ・・・。
死ねない。」
まだ死にたくないと思っている自分を見つけてしまいました。
手が無意識に、海面に向って、ひと掻きしました。
でも、ひと掻きで、海面には届きません。
もうひと掻きしたところで、我慢出来ずに、とうとう水を飲み込んでしまいました。
「うっ。。。私、死ぬの? 」
途端に、もの凄く苦しくなって、激しく手足をバタつかせ、
一気に水を飲み込んでしまいました。
目の前が真っ白になり、記憶は途切れました。
(いったい、どれくらいの時間が、過ぎたのでしょうか?)
何度も、私に呼び掛ける声が、聞こえてきました。
はっきりしない意識の中で、目の前にぼんやりと池田君が見えてきました。
胸を押して、鼻をつまんで、唇を重ねて、人工呼吸をする池田君が
はっきりと見えた瞬間、思いっきり咳き込み、口から水を吐き出しました。
『遥が気が付いた! 良かったー。』
池田君が、泣いているように見えました。
でも、息が苦しくて、まともに呼吸が出来ません。
ぜーぜーと、やっと息をしていました。
「私、生きてるんだ。」
そして、やって来た救急車に乗せられて、酸素吸入を受けながら病院に運ばれました。
病院に着くと、すぐに処置室に運ばれ、注射をされて、口に器具を入れられました。
肺に水が入っていたようでした。
注射のせいか、ぼんやりしてきて、何をされてるのか、よく分からなくなりました。
しばらくすると、多少楽になり、処置室を出て、ICUで1泊することになりました。
兄と池田君がベットにやって来ましたが、
私は、目をつぶって、寝たふりをしていました。
2人は、私の気持ちを察したのか、何も言わずに、しばらくすると居なくなりました。
朝がやって来て、呼吸もだいぶ楽になりました。
先生が来て、『もう大丈夫だから、入院していた前の病院に戻るよ。』と告げられました。
看護師さんにベットを押されICUを出て、ある個室に入りました。
そこには、母と兄が、居ました。
もう、寝たふりは、通用しません。
兄が、声を掛けてきました。
『よっ、気分はどう?』
「うん、まぁーまぁー」
私は、小さな声で返しました。
兄が、前の病院に帰るから、着替えるようにと言って、部屋を出て行きました。
母が、『大丈夫かい?』とだけ言って、着替えを手伝ってくれました。
私は、「お母さん、ごめんね。」とだけしか、言えませんでした。
(つづく)(登場する人物・団体・場所の名前、名称は架空のものです。)