第76話:お願い、死なせて!
パトカーを見ると、何か胸騒ぎがして、バイクを駐車場に止めるのをやめました。
これで、目的の絶壁に行けなくなってしまいました。
道路脇にバイクを止めて、考えることにしました。
ここしかないと、思っていたので、ほかに考えが浮かびません。
かといって、今更、やめて帰るなんて選択肢が、あるはずもありません。
やっぱり、意志を固めている今、決行あるのみです。
そして、絶壁からのダイブを諦めて、昔、遊びに行っていたこの近くの海岸から、
力の限り水平線に向って泳ぎ続けることに決めました。
バイクのエンジンをかけて、海岸に向いました。
すると、先ほど駐車場にいたパトカーが、後ろから近づいてきました。
もしやと思い、スピードを上げると、マイクで停止を求めてきました。
やっぱりと思い、止めることなく走り続けて、海岸近くの狭い脇道に入り込みました。
そのまま少し走ると、海岸が見えて来たので、バイクを止めました。
警察官が来るまで時間が無いと思い、急いで携帯電話を取り出して、
隆志と笑顔で写ってる写真を、目に焼き付けようと見ました。
「さようなら、隆志。」
写真を見ていると、涙が出てきて止まりません。
もたもたしていると、警察官が来ちゃう。
思いを振り切って携帯電話を置き、海に向いました。
その頃、すでに兄と池田君もパトカーのいた駐車場まで来ていました。
そして、私を発見したとの連絡を受けて、こちらに向っていました。
私は、岩場を、足場を確かめながら、右へ左へ歩きました。
気持ちも動揺していたせいか、ふらついてとても歩きづらく、
先端の方まで行くまでに、少し時間がかかってしまいました。
気になって後ろを振り向くと、2人の警察官が見えました。
私は、岩の端までくると海を見つめ、覚悟を決めました。
息を呑んで、左足から一歩を踏み出して、くるぶしまで水に入りました。
思いのほか、冷たくて全身に力が入ってしまいました。
また、後ろを見ると、警察官が何か叫びながら走っていました。
びっくりしたことに、その後ろを、兄と池田君が走っているではありませんか。
「うそー! 何で?」
私は、慌てました。
こんな状況なんて、考えもしなかった。
一人ひっそりと、別れを告げるつもりだったのに!
「お願い、死なせて!」
思わず叫んでしまいました。
水の中を急いで、歩こうとしても、うまく歩けなくて、彼らがどんどん近づいて来ました。
それでも何とか腰くらいまで、水に浸かったので、泳ぎ始めることにしました。
後ろを振り向くと、池田君が警官に追いつき、岩場の中程まで来ていました。
私は、大して泳ぎは得意でもないし、波に押し戻されて、なかなか先に進みませんでした。
「このままでは、スポーツマンの池田君に、追いつかれる。
捕まったらどうしよう。何て言おう。」と、余計なことまで頭をよぎりました。
どうにかしなきゃと思い、泳ぎながら考えました。
大した考えも浮かびません。
そして、力の限り潜って、そのまま溺れることにしました。
自分でも、もうどうしていいのか分からなくなって、
死ぬことに、意地を張っているような感じにも思えてきてしまいました。
なぜか、吸わなくてもよい息を大きく吸い込んでから、潜り始めて、
苦しくなっても、上がらないと決めて、斜め下に向けて、思いっきり潜り出しました。
(つづく)(登場する人物・団体・場所の名前、名称は架空のものです。)