第74話:私、死にます
朝起きると、おなかの痛みは、ほとんどありませんでした。
足の腫れも多少引き、痛みも薄れていたので、少し歩いてみました。
すると歩けることが分かったので、考えていたことを実行することにしました。
昨日、池田君が来てくれ、一時的に気持ちを楽にしてくれましたが、
苦しみから開放された訳ではありません。
決めました。
今日、私、死にます。
朝食を摂ると、手帳を取り出して、遺書を書くことにしました。
いざ書こうとすると、どんな風に書いていいのか分からなくて、考えてしまいました。
それでも、書き始めると、色々な思い出が次々と頭に甦りました。
「楽しかった20歳前に戻りたい!
ごく普通に暮らせれば、ただ、それだけで良かったのに・・・。
乳がんの手術のあとも、やっとの思いで一歩を踏み出して、歩き出したのに・・・。
結局、辛い事ばかり、もう生きていきたくない。
どうして、辛い事ばかり起きるの?
神様、私が何か悪い事でもしたの?」
こんな思いで、遺書を書き終えると、お昼ご飯の時間になってしまいました。
お魚の煮付けと、マカロニサラダが配膳されてきました。
「これが、私の最期の晩餐かー。」
隆志が最初に作ってくれた、酢豚とチャーハンが頭に浮かびました。
「もう一度、食べたかったなー。」
食事を終えると、服を着替えて、こっそりと病院を出ました。
タクシーに乗り込み、アパートに向いました。
この時間は、隆志のお母様が、病院に出かける時間です。
私は、お母様が居ないのを雰囲気で察して、部屋に入りました。
シャワーを浴びて、大嫌いな病院の匂いと汗を流しました。
そして、お気に入りの服を着て、
ドレッサーの前に座り、念入りにメイクをしました。
鏡に映る自分を見て、
「何で、そんなに暗い顔してるの、遥!
赤ちゃんのところに行くんだから、もっと明るい顔しなきゃ!
赤ちゃんが、泣いちゃうぞ!」
と、気持ちを無理やり切り替えて、部屋を出ました。
隆志にひと目会いたかったけれど諦めて、
隆志のビックスクーター、真っ白なフュージョンの鍵を持つと、
外に出てまたがりました。
行き先は決まっていました。
そこは、小さい頃に、家族で時々遊びに行った海岸で、
近くに高い絶壁が有り、そこが目的地です。
胸の手術の後に落ち込んでいた時にも、兄に連れられて気分転換に行った場所でした。
その時に、つい、「あそこから、飛び降りたら、楽になるんだろうな〜」と、
つぶやいてしまい、兄にひどく叱られた場所です。
バイクを運転していると、不思議に色々な思いを忘れることが出来ました。
目的地の近くに来ると、目の前に有料道の料金所が出てきました。
ここを通らないと、目的地には行けません。
ここを入った人は、ここを出なくてはならないので、往復チケットしか有りません。
私には必要ありませんが、それを買って走り抜けました。
(つづく)(登場する人物・団体・場所の名前、名称は架空のものです。)