第59話:隆志の転勤
『もしもし、中根ですが・・・。』
『はい・・・・・はい・・・・・えっ? でも・・・・・。』
『どうしてもですか? それは、ちょっと・・・。』
『仕方ないですね。 分かりました。 はい。 お疲れ様です。』
「どうしたの? 顔色悪いよ。 誰から?」
『う〜ん。 うちの管理の中村さん。 転勤してくれって・・・。』
「え〜、どうして〜?」
『なんでも、転勤先の山産株式会社で、
フォークとクレーンと玉掛けの資格を持ってる人が、欲しいんだってさ。』
「そうなんだー。でも、隆志じゃなくたって・・・。」
『今いるところは、人数減らすんだって。だから、資格ある俺が行って欲しいんだって。』
「せっかく、一緒に働けていたのに・・・。
でも、コックになるんだったら、辞めちゃって、そっちの仕事を探せば?」
『でも、急な話しだし、きちんと調べて、ちゃんとしたところに、就職したいからなー。
慌てて決めて、また失敗するのは、絶対に嫌だからね。
お金も貯めなきゃいけないから、辞めて探すより、働きながら、探した方がいいと思うし。』
「そっかー。急な話って、一体、いつからなの?」
『あさって。今の場所は、明日が最後で、
あさって、次のところに面接に行ってくれだって。』
「え〜っ! そんな〜・・・・・ひどーい! 急過ぎるよー!」
『ん〜、僕も、そう思うけど、仕方ないんじゃない。
派遣ってこんなもんらしいよ。
行ってみて、嫌なところだったら、辞めて就職活動してもいいし、
とりあえず、言われる様にしてみるよ。』
「そっかー、そうだね。隆志がそうしたいなら、それがいいのかもね。」
私たちに子供が出来たことで、楽しく盛り上がっていた食卓が、
急に重苦しい雰囲気へと変わってしまいました。
次の日、最後の仕事も終わり、隆志は、みんなに挨拶に回りました。
そして、その次の朝、隆志と私は、別々な職場へと行くことになりました。
いつもバックミラーに映っていた、隆志のバイク。
何度見ても、居る筈がありません。
いつも、時間差出勤工作のために、隆志がタバコを吸って、休んだ場所。
隆志のバイクが置けるように、隙間を空けて止めたバイク置き場。
そう、きのうまで、私の視界のなかで仕事をしていた隆志が、居ない!
好きになる前から、ずっと目に映っていた隆志。
私が困っていると、偶然をよそおい助けに来てくれた隆志。
恵まれていた環境って、壊れてから気が付くんだよね。
私は、隆志と話がしたくて、仕事が終わると急いで帰りました。
隆志は、面接をして、工場見学をして、実際に働くところに行って、
説明を聞くだけだったので、先に帰っていました。
私は、ドアを開けて隆志の顔を見ると、飛び付いて泣いてしまいました。
『どうした?』
「ん〜ん。何でもない。」
隆志の顔を見ると、気持ちが落ち着いてきました。
「ねぇ? どんなところだった? 仕事は、きつそうなの?」
『ん〜、仕事は、結構でかくて重そうな鉄の材料を、ファークやクレーンで、
移動させるだけだけで、大した事ないけど、ちょっと遠くなるなー。』
「そっかー、でも、仕事が大変じゃなければ、良かったじゃん。」
もしかしたら、この時の仕事の感想が、気の緩みに繋がっていたのかもしれません。
(つづく)(登場する人物・団体・場所の名前、名称は架空のものです。)