第42話:1人にして!
傷ついた私の心は、もう誰も求めてはいませんでした。
ただ、一人になりたいだけでした。
それを求めて、うちに帰ってきたのに・・・。
タクシーは、アパートに着き、抜け殻のようになった私は、ふらふらと階段を昇りました。
ドアの前に立つと、カバンから鍵を取り出して、ドアを開けようとしました。
しかし、鍵が掛かっていないことに気付きました。
私は、兄が来ていると思い、ドアを開けて中へ入りました。
『お帰り!』 兄の声がしました。
靴を脱ごうと、下を見ると、兄の靴以外にもう一つ靴がありました。
『お邪魔してます。』
聞きなれた声・・・中根君だ。
「2人が何で居るのよ!」
1人になりたかった私は、不機嫌そうに言いました。
『中根君はお前が今付き合ってるバンドの人達が、お前のことで変な賭けを
しているのが分かって、心配して来てくれたんだよ。』と、兄が答えました。
「そー、それで、何だって言うの?」
『だから、そんな奴らと付き合うのは止めた方がいいんじゃないか?』と、兄。
「それなら、今、別れて来たわよ。 安心した? 安心したならもう帰ってよ!」
『何か、あったんだな?』と、兄。
「どうでもいいでしょ。もう、2人とも、帰ってよ!」
我慢も限界になり、私は、その場に泣き崩れてしまいました。
『彼とホテルに行ったんだな?』と、兄。
「行ったわよ! 悪い?
子供じゃないんだから、付き合うってことは、そういうことでしょ?」
『そうじゃなくて、お前が傷つく前に、
止めることが出来ていたら良かったと、思っただけだよ。』と、兄。
「傷ついてなんかいないわよ。彼としなかったし、
ただ、化け物とか、欠陥品だとか、当たり前のこと言われただけ。
たった、それだけのことだもの。」
『丸山の奴、そんなひどいこと言ったのか!』 中根君が立ち上がった。
『俺、今から奴の所に行って来ます。』
中根君が、兄にそう言うと、私は立ち上がって、さえぎりました。
「やめて! そんなことしないで!
彼のこと怒ったって、もうどうにもならないもの。
もういいから、1人にして、お願い!」
中根君が、泣いている私の顔を見て言いました。
『青山は、化け物なんかじゃない!
ましてや、欠陥品なんかじゃ、決して無い!
胸の傷がなんだよ! 人間は外見なんかじゃない!
辛いことを一生懸命に越えようとして、明るく毎日頑張っている、
そんな青山さんが、前から好きだったんだ!』
「ば・っか、じゃないの? こんな時に好きだ、なんて!
もういいから、2人とも、帰ってよ!」
兄も立ち上がり、中根君の肩をたたいて、一緒に出ようと促がしました。
私は、2人が通れるように、玄関の所からどきました。
2人は私の横を通り、玄関で靴を履き始めました。
「中根君、ちょっと待って。」
私は、さっきの言葉が気になって、彼を引き止めました。
中根君は、「 えっ? 」っと、云う顔をして立ち止まり、
兄は、「じゃーまたな。」と言って、出て行きました。
(つづく)(登場する人物・団体・場所の名前、名称は架空のものです。)