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胸の傷と心の傷  作者: 乙女一世
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第100話:旅立ち

感動の結婚式を終えて、病院での新婚生活が始まりました。


隆志は、一日中病室に居るようになり、時には泊まっていきました。


仕事をしている普通のカップルよりも、長く一緒に居られるので、ちょっぴり得をしたような嬉しい時間です。


しかし、そんな時間もいつまで続くのか、結婚式から2週間が経つ頃から、身体の具合は、急激に悪くなってきました。


日記を書くためのパソコンのキーを押す動作さえも、次第に辛くなり、日々書く時間が少なくなりました。


そしてついに、車椅子にさえ、乗ることが出来ない日がやってきました。


楽しみにしている散歩も、外の風に当たることも出来なくなりました。


ベッドの上で起きていることさえも苦痛になり、いよいよ自分の終わりも近いことを悟りました。



数日後、お腹の痛みも激しくなり、先生も察したのか、母と兄に最後に会わせたい人を、呼ぶように言っているのが、私には分かりました。


身体に力が全く入らずに、目を開けていることも出来なくなって、ただ痛みに堪えて、呼吸も酸素マスクをしてやっとしている時、聞きなれた声が耳に入ってきました。


『遥、俺、悔しいよ。海では助けることが出来たのに、今度は、何をどう頑張っても助けてあげられない。』


その声は、紛れも無く、翔太でした。


「きっと、自殺なんてしようとした、バチが当たったんだよ。


あの時死んだと思えば、悲しくなんて、ぜーん、ぜーんないよ。


翔太に助けてもらって、長く生きられたんだから、感謝してるよ。


翔太のこと、好きになる事だって出来たし、幸せな将来を夢見る事だって、


出来たんだから。 ありがとう。」


翔太に聞こえたかどうか分かりませんが、精一杯答えました。


もう声を出すことも出来なくなりそうです。


すると、私の手を握り締める手が在りました、この感触は、隆志です。


私は、頑張って握り返しました。


彼は無言でした。でも、彼との間には、言葉は要りませんでした。


母と兄の手の温もりも感じました。


「おかあさん、ごめんね。でも、産んでくれてありがとう。」


声になったかどうか分かりませんが、母が、うなずいてくれていたように見えました。


涼子や智子の声も聞こえました。


でも、もう苦しくて、返事をすることも出来ません。


意識が段々遠のいて、いつかの海で溺れた時と同じ、波の音と心臓の鼓動の音が聞こえてきました。


そして、翔太や母や兄の声が、徐々に聞こえなくなりました。


「あっ! 隆志の声がしない。隆志! どこ!? 隆志!」


すると、姿が見えなくなった隆志の声が不思議なことに、はっきりと聞こえてきました。


『遥一人だけに、寂しい思いはさせないよ。』と。


まさか!

私の脳裏に不安が広がりました。


でも、もうどうすることもできません。

「お願い、翔太、隆志を止めて!」

ただ私は、心に念じるだけでした。


すると、真っ白な世界が広がり、小さい頃からの思い出が次々と浮かび上がりました。



暫くすると、明かりは消え、すべては、暗い闇の中へ吸い込まれました。


とうとう、27年の生涯を閉じる時がやって来たようです。


辛いこと、苦しいことが、ある度に、どうして生まれてきたんだろう。


なぜ、私ばっかり、神様はいじめるんだろう。


もう、死んでしまいたいと、何度も思いました。


でも今は、違います。


私よりも、大変な思いをしている人も、幸せな思いをしている人も、沢山います。


周りを見ていては、自分を見失います。


大切なのは、自分なりに精一杯生きるということ。


今の私は、隆志に愛されて、結婚式を挙げることもでき、私の周りには、一緒に笑ったり、悩んだり、私のために、泣いてくれる人だっている。


少し早く命の火が消えるだけ。


精一杯生きた充実した一生だったと思うことが出来ます。


「隆志・・・。」


皆の見守る中で、遥は静かに息をひきとりました。


ただ、そこには、隆志の姿は在りませんでした。


翔太が、気が付きました。


「隆志は? 隆志は何処に行った? まさか!」


翔太の脳裏に、結婚式を挙げた屋上から飛び降りる隆志の姿が浮かびました。


翔太は、屋上に急ぎました。


隆志は、遥の後を追って死ぬ為に、上半身しか動かない身体で、病院の屋上ガーデン


のフェンスをよじ登っていました。


「何やってんだよ! そんなことして、遥が喜ぶと思うのか? 


遥の分も俺たちは生きるんじゃないのかよ!」


「放してくれ! 遥が居ないのに生きていても仕方ないんだ! 


辛いリハビリにも耐えて、頑張ってここまで回復して来れたのは、


遥が居てくれたからなんだ!


遥の居ないこれからなんて、考えられない。」


「じゃー、お前が死のうとしてるのは、死んだ遥のせいなのかよ!」


「違う! そうじゃない!」

 

「そうだ。遥は、お前が、後を追ってくることなんか望んでないよ。


もし、お前が死んだら、きっと自分が死んだからだと悲しむに決まってる。


分かるだろ? お前だって本当は分かってるに決まってる。


だって、遥のことはお前が一番知ってるんだから。


遥が選んだのは、お前なんだから。


もう止めようぜこんなこと、もっと生きようと頑張った遥が怒ってるぞ。」


隆志の腕から力が抜けました。


「そうだな、遥と結婚したんだものな、遥の姿は見えなくても、


俺の人生は遥と一緒なんだよな。死ぬことなんて考えずに、


バイクでかっ飛ばしていた遥のように、前だけ見て突き進まないとな。」


「そうだ。そうだよ! ほらあそこ、遥が見てる。」


翔太が指さした空には、バイクで疾走している遥の姿に似た形の雲が流れていました。



(おわり) 最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。


(登場する人物・団体・場所の名前、名称は架空のものです。)



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