『5(全6話)』
「あれ?」
突然誰かに抱きかかえられた。
誰かなんて言っても、サンタさんに決まっているんだけど。
「わ、わ、わ、わ」
「こらこら暴れない暴れない。危ないでしょ、落ちたらどうするのよ」
「え? ちょっと、落ちたらって……」
サンタさんは後ろからぼくを抱きかかえた体勢のまま、ぼくの質問に答えずに窓枠に足をかけて……。
飛び降りた。
「うわあああーー!」
ぼくは思わず目をつぶって叫んだ。落ちているはずなのに浮き上がるような、変な感覚が一瞬起こった後からは、もう何が起こっているのかわからなかった。
「うわぁ、うわぁ、うわぁ、うわあああ」
ぐわんぐわん体が振り回されている。いま目を開けたら絶対目を回す気がする。
「うわ、うわ、うわうわうわうわうわあああああ……」
「はい、着いたよ」
着いた?
「ほらほら、ちょっと目を開けてごらん。大丈夫だよ、もうゆっくり飛んでるから」
恐る恐る目を開けてみる。
そこには――。
「うわぁ」
ぼくは思わず声をあげていた。
そこには、今まで雲に隠れて見えなかった満天の星空が、視界いっぱいに広がっていた。
ぼくの見とれていた三日月も、星たちにまじって輝いていた。
すごい。
すごく、きれいだった。夜なのに、暗いはずなのに、目がチカチカしちゃうくらいきれいで、そんななかに自分がいるんだってことが、とても心地よかった。
ちょっと目を下げると、さっきまでぼくから星たちを隠していた灰色の雲が、まるで海のように広がっている。
ぼくは今自分があんなに嫌がっていた空の上にいることなんか忘れて、しばらくこの景色に見とれていた。
「どう? きれいでしょ」
「うん、うん」
「よかった」
顔を見たわけじゃないけれど、サンタさんがにっこりと笑った、ような気がする。
サンタさんは、両手で僕を抱え込んだまま、フワフワと漂うように雲の上を飛んでくれている。たぶん、さっきまで飛ぶのを嫌がっていたぼくに、気をつかってくれてるんだと思う。
それだけでも十分気持ちいいんだけど。
「ねえ、サンタさん」
ぼくはたまらなくなってサンタさんに声をかけた。
「どうしたの? もう帰りたくなった?」
「ううん。ぼくも、自分で飛んでみたくなっちゃった」
サンタさんがまた笑った、ような気がする。さっきまで嫌だ嫌だ言ってたくせに、自分でも現金なやつと思うし、同時にちょっと恥ずかしい。
ちょっと慣れてきたのか、だんだんといつもの「落ちたらどうしよう」がこみ上げてくる。
けど、だからってこんな気持ちいいことを味わわないのは、もったいないと思った。
結局、そんなもんなんだ、みんな。
「いい? じゃ、手を放すよ」
「う、うん。合図はしてね」
やっぱり怖い。でも、我慢我慢。
「いくよ。さん、にー、いち……ゼロッ!」
サンタさんがぱっ、と手を離した。同時にあの、沈むような浮き上がるような変な感覚。ぼくはこの感覚が大嫌いだ。だけど、次の瞬間にはサンタさんが作ってくれた新しいシャボンの中にぼくはいて、サンタさんと一緒に夜空に浮いていた。
「どうやって飛べばいいの?」
「頭の中で飛んでる自分をイメージするだけでいいよ。そしたら、その通りに進んでいくから」
「わ。ホントだ」
シャボンは、ぼくの思った通りに動いてくれる。
楽しい。
とっても楽しい。
どうしてこんなに楽しいことなのに、どうしてぼくは一言「やりたい」って言えなかったんだろう、って不思議に思うくらい。
もっともっと。
気がつけばぼくは自分でもびっくりするくらいびゅんびゅん夜空を飛びまわっていた。サンタさんもぼくを見て呆れているかもしれない。ちょっと恥ずかしい。でも、楽しい。
雲の海ぎりぎりまで近付いて、猛スピードで滑るように飛んでいく。次は急上昇からバック転。途中でちらりと星が見えた。お月さまも見えた。
今度はあっちに行ってみよう。
お月さまを目指してぐんぐん進む。満月じゃないけど、欠けてるけど、でもとってもきれいなお月さま。家の窓から見上げていた時より、ずっとずっと近くに見える。
もっともっと近付きたい。
あとどれくらいあるんだろう。
どれだけ進めばいいんだろう。
このシャボンがあれば、宇宙まで行っても大丈夫かな。
雲の海が遠ざかる。星たちがぼくを迎えてくれる。お月さまはぼくを待ってくれている。
このままもっと。
もっとまっすぐ。
まっすぐ進めば。
いつかかならず。
かならず、たどり着けるはずだから――。