『4(全6話)』
「嫌だ」
ぼくはきっぱりと断った。
窓を開けたから、急に冷たい風が入ってきてぼくは首をすくめた。さっきまで窓を閉めていたから、風は余計に寒く感じる。
夜空には一人で見上げていた時よりもたくさんの雲が出ていて、さっきまで見とれていた三日月も見えなくなっていた。
開いた窓に片足をかけた格好で、サンタさんが不思議な顔をして訊いてくる。
「どうして? 気持ちいいよ。空を飛べるんだよ。夢みたいなことが実際にできるんだから、今しておかないと損だぞ」
けど、いくら言われたってぼくはやる気が起きなかった。
「そんなの、本当に飛べるかなんてわからないし」
「だから、私は飛んできたんだって言ってるでしょ。魔法だってさっき見せてあげたんだし。いまさらそんなこと言うの?」
「でも……」
「じゃあ、試しに私が飛ぶところを見せてあげよっか」
ぼくが何か言う前に、サンタさんはひょいっと二階の窓からあっさりと飛び降りた。
びっくりしてぼくが窓に駆け寄ると、シャボン玉みたいなものに入ったサンタさんがふわふわふわって浮かび上がってきた。
うわぁ……。
本当に、空を飛んでる。飛ぶっていうよりは、浮かんでるって感じだったけど。
「ね? どう、本当に飛んでるでしょ」
「うん……。サンタさん、そのシャボン玉みたいなのは何なの? それで、空に浮かんでるの?」
「うん? ああこれね。そう、そのとおりよ。この中に入って空を飛ぶの。他にも、この中にいると冷たい風が入ってこないから、寒いところでも大丈夫だったりするのよ」
「へぇ……」
そんな事をしゃべっている間も、サンタさんはぼくの目の前にぷかぷか浮かんでいる。
「ほら、これで大丈夫だってわかったでしょ。さ、次はキミの番だよ」
「……嫌だ」
それでもぼくは、あまり乗り気じゃない。
「どうして? ほらほら、そこの窓からぴょいって飛ぶだけじゃない。そしたら、すぐ私がキミにもシャボンを作ってあげるから」
それって、もしもサンタさんが失敗しちゃったら、ぼくはそのまま地面に落ちちゃうってことじゃないか。
「せめて、部屋の中でシャボンをつけてよ。飛び降りてからなんて怖いよ」
「部屋の中でシャボンを作っちゃうと、窓に引っ掛かって外に出られないのよ」
そんなぁ。
それを聞いて、ぼくはますますやる気が起きなくなってきた。
ぼくは、高いところがあまり得意じゃない。どうしても、もしも落ちちゃったらって考えてしまうから。
だから、ぼくはサンタさんの提案した「夜空のフライト」にあまり気乗りができないでいた。
「嫌だったら嫌だから。ぼくはやりたくない」
「ほら、そんなこと言わないで。そりゃあ初めてのことだから不安なのもわかるけど、やってみると楽しいよ」
「だから、やらないって」
ぼくが答えたのと同時に、また強い風が入ってきた。うう、寒い。あのシャボンの中だったら風が入ってこないから寒くないらしいんだけど、でも、やっぱりちょっぴり怖い。
サンタさんは両手を合わせて僕に頼んでくる。
「本当にお願い。キミに寝てもらわないと、私はほかの子供たちにプレゼントを配ることができないの」
「……」
今度は、ぼくは強く断れなかった。
サンタさんは、今の言葉を言ったきり、じっとぼくを見つめてくる。僕は何となく居心地が悪くなって、窓の外に浮かんでいるサンタさんに背を向けて座り込んだ。
二人とも、そのまま無言になってしまった。
丸くなったぼくの背中に、容赦なく冷たい風が吹き付けてくる。びゅうう、びゅううっていう風の音が、まるでぼくのことを責めているように聞こえた。
わかってる。
ぼくのせいでほかの子供たちのプレゼントがなくなってしまうことは、やっぱり悪いことだと思う。今こうやって寒い思いをしているのだって、あのシャボンの中なら平気みたいだし、なにより、空を飛ぶってことも正直ちょっとやってみたいな、とも思ってる。
こんなに頼まれているんだし、本当は、やらなきゃいけないんだって自分でも思ってるんだ。
けど、言えない。言いたくない。
さっきまでずっと「やらない」って言い続けたから、いまさら意見を変えるのが何となく気まずいっていうか、なんていうか。
風の音だけが響いている。