09.SSR騎士の性能テスト、そして風呂工事
廃棄都市へ行って、廃棄された呪い騎士、キリカを仲間にした。
その翌朝。
「おはよー」
「「おはようございます、リオン様」」
領主の館。朝日が差し込むリビングに降りると、そこには既に戦闘態勢に入っている二人の美女がいた。
銀髪美女、アナスタシア。
赤髪美少女、キリカ。
現状、わたしの家臣はこの二人だけだ。
「さぁ、リオン様」
「朝食の準備ができてるらしいよ!」
「ちょっと、それはわたくしの、従者のセリフですわ!」
「む? ボクも従者だけども」
「あなたは護衛! 護衛は護衛らしくしなさい!」
アナはわたしの手を引いて、強引に椅子に座らせる。
「はい、あーん」
アナがスプーンに山盛りのシチュー(昨日の残り)を乗せ、聖母のような慈愛に満ちた笑顔で迫ってくる。
湯気と共に、濃厚なクリームの香りが鼻をくすぐる。
しかし、そのスプーンがわたしの口に届く直前、横から伸びてきたフォークがカチンと硬質な金属音を立ててそれを阻止した。
「何をやってるのですか、キリカ。あーんはわたくしの仕事です」
「別に誰があーんしてもいいだろうがッ」
キリカがアナを睨みながら言い放つ。
彼女の手には、同じくシチューをすくったスプーンが、剣のように構えられていた。
「ボクが口まで運ぶのが最も効率的だ」
「詭弁ですわ! ただリオン様のお口にご飯を入れたいだけでしょう!?」
「悪いか! あの無防備に開かれた口、小動物のように動く喉仏……想像するだけでご飯三杯はいける!」
「むっつりスケベ!」
「まーまー、二人とも仲良くね~」
「「きゅん♡ 可愛い……♡」」
結局、二人のスプーンを交互に受けることになり、倍のスピードで朝食を終えることになった。
◇
「じゃあ、食後の運動がてら……アナ。昨日聞いた情報をまとめてくれる?」
「聞いた情報……? どういうことだ?」
キリカが首を傾げる。
「この『廃棄都市デッドエンド』のことだよ。わたし、ここのこと何も知らないからさ」
昨日はゴミ拾いに夢中だったが、本来の目的は情報収集だった。
その過程でキリカを見つけたわけだが、街の事情も把握しておきたい。
アナは少し表情を曇らせ、窓の外に広がる灰色の街並みを見つめた。
「……ここは、『世界のごみ箱』です」
彼女は静かに語り始めた。
かつて、王家は異世界召喚を頻繁に行っていたらしい。
召喚した者の中には、わたしのような「ハズレスキル」持ちだからという理由で、捨てられる者が大勢いた。
そんな「ハズレ勇者」の不法投棄から始まったこの場所は、いつしか「何を捨ててもいい場所」として世界中から黙認されるようになったという。
「壊れた魔道具、使われなくなった武具……そして……国を追われた難民や、社会から弾き出された犯罪者たち。ここには『拒絶』がありません。どんな汚いものでも、どんな罪人でも、この街は無言ですべてを受け入れます」
「なるほど。来るものを拒まず、去るものを追わず、か」
わたしは納得した。
法律も倫理もない。あるのは「捨てられたもの同士」という奇妙な連帯感と、弱肉強食のルールだけ。
ゴロツキの溜まり場になるのも当然だ。
そして、ここの領主を誰もやりたがらない理由も、納得。アウトロー連中をまとめられないからだろう。
「そこで、ボクの出番というわけだね!」
キリカがドン、と胸を叩いて身を乗り出した。
「無法地帯ということは、主を狙う輩も多いということだ。ボクは君のための盾となり、剣となり、君を守ろう。死が二人を分かつまで……いや、死んでも霊体となって守護り抜く!」
「お、重い重い……」
わたしが苦笑いすると、横からアナがジトッとした視線を送った。
頬を膨らませ、不満げにキリカを睨んでいる。
「威勢だけはいいですけれど……あなた、そもそも本当に強いんですか?」
「なんだと?」
「貴方が戦っているところを見たことがありませんもの。口だけなら誰でも言えますわ」
アナの挑発に、キリカの眉がピクリと跳ねた。
騎士としてのプライドを刺激されたらしい。彼女は鋭い眼光でアナを睨み返した。
「ふん、まあいいだろう。疑うなら証明するまでだ。ボクの強さを見せてあげるよ。食後の、軽い運動としてな」
◇
わたし達は屋敷の裏手に広がる『白骨樹海』へと足を踏み入れた。
ここは、骨のように白く硬化した樹木が密生する、天然の要塞だ。
足元を踏みしめるたびに、パキパキと乾いた音が響く。
「街で聞き込んだ情報によると、ここには独自進化した凶暴な魔物がいるらしいけど……」
ゴギャァァァァァッ!!
噂をすれば影。
木々の間から、巨大な白い影が飛び出した。
体長3メートルはある巨狼――『白狼』だ。
全身の毛が針金のように硬質化し、その牙は鉄さえも噛み砕くというAランクの魔物である。
「ひぃっ!?」
アナが悲鳴を上げてすくみ上がる。
白狼は獲物を見つけると、凄まじい速度で突進してきた。
バキバキバキッ!
通り道にある巨木が、まるで爪楊枝のようにへし折られていく。
「主よ、下がっていろ」
暴風のような殺気を前に、キリカが一歩前に出た。
その背中は、微塵も震えていない。
彼女は腰の剣に手をかけ、低く身を沈めた。
「ブボォォォォォッ!」
白狼が目の前まで迫る。
その巨大な顎が、キリカの頭を噛み砕こうと開かれた瞬間。
――フッ。
キリカの姿がブレた。
キンッ。
涼やかな、鈴を鳴らすような納刀の音が響く。
「……え?」
アナが声を漏らす。
次の瞬間。
ズンッ……!
白狼の巨体が、鼻先から尻尾まで、綺麗に真っ二つにズレて地面に崩れ落ちた。
断面は鏡のように滑らかで、血が出る暇さえなかったようだ。
「ま、ざっとこんなものだ」
キリカは息一つ乱さず、冷ややかな目で骸を見下ろした。
速すぎて見えなかった。
これがあの錆びついていた鉄屑の中身……『剣聖』の実力か。
「す、すごい……」
アナが腰を抜かして呟く。
わたしは目を輝かせて、二つになった狼の死体に駆け寄った。
「大漁だー! まいどありッ!」
ペタリと触れて【買取】を発動。
白狼の素材は、武具の材料として需要が高い。
『買取完了:白狼の死骸×1 獲得:3500RP』
「高いッ!」
昨日のゴミ拾いが馬鹿らしくなる高値だ。
これならいける。わたしはキリカに指示を飛ばした。
「キリカ、あっちの狼もお願い! アナは索敵!」
「承知した!」
「は、はいっ!」
そこからは一方的な狩りの時間だった。
キリカが神速の剣技で白狼を瞬殺し、わたしが即座に駆け寄って換金する。
見事な連携プレーにより、襲いかかってきた群れは全滅していた。
『買取完了:白狼の死骸×5 獲得:17500RP』
「おぉ……! 結構な稼ぎになったね!」
わたしはホクホク顔でウィンドウを閉じた。
昨日のゴミ拾いが霞むほどの高収入だ。これなら、当面の生活費には困らないだろう。
ふと、周囲を見渡すと、硬そうな白い木々が密生しているのが目に入った。
(この『白骨樹』も、建材として売れそうだけど……)
触ってみると、石のように硬い。
今の装備じゃ切り倒すのに時間がかかりそうだ。これはまた、道具を揃えてから「次回のお楽しみ」にしておこう。
「ふぅ……。それにしても、いい運動になったな」
わたしは額の汗を拭った。
戦闘の緊張と、動き回った熱気で、服がじっとりと肌に張り付いている。
「ですわね。わたくしも、少し汗ばんでしまいました」
「ボクもだ。鎧の中が蒸れて、不快指数が上がっている」
見れば、アナもキリカも、うっすらと肌に汗を浮かべている。
銀髪が頬に張り付き、白い首筋を汗が伝う様子は、なんとも艶めかしい。
(そういえば……こっちに来てから、まともにお風呂に入ってないな)
この屋敷は廃墟だったため、水回りは全滅している。
昨日までは身体を拭くだけで誤魔化していたけれど、やっぱり日本人の魂がそれを許さない。
汗をかいたら、広い湯船でさっぱりしたい。
「よし。稼いだポイントで、アレを作ろう」
わたしは屋敷の方を振り返り、ニヤリと笑った。
懐には、稼ぎたての17500ポイントがある。
これだけあれば、ボロボロの水場を最高級のスパに作り変えることも可能はずだ。
わたしは屋敷に戻ると、腐り落ちていた浴室の前でスキルを発動させた。
~~~~~~~~~~
【リフォーム確認】
対象:領主の館・一階区画(浴室)
内容:大浴場および脱衣所の修繕・拡張
費用:10000RP
実行しますか?
▶ YES
NO
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迷わずYESを選択。
「屋敷よ、快適になれ! ――【仕様変更】!」
ドォォォォォン!!
屋敷の西側が光に包まれ、形状が変わっていく。
カビだらけだった壁が純白のタイルに変わり、壊れた配管が自動的に繋がり直る。
そして、何もなかった空間に、広々とした石造りの浴槽が出現した。
ザバァァァァァ……!
完成と同時に、どこからともなく熱々の適温なお湯が満たされていく。
あたり一面に、湯気と共にヒノキのような爽やかな香りが広がった。
「お、お風呂……ですの?」
「うん。汗もかいたし、やっぱり日本人はお風呂に入らないとね」
わたしが満足げに頷くと、二人の美女が顔を見合わせ、頬を紅潮させた。
「ちょうど汗を流したいと思っておりましたの……! リオン様、一緒に入りましょう!」
「主の背中を流すのも、騎士の務めだ。遠慮はいらんぞ!」
二人が服を脱ぎかけながら、ものすごい勢いで迫ってくる。
湯気越しに見える白い肌と、獲物を狙うような目が怖い。
「えっ、ちょ、狭いから無理だって!!」
こうして、ゴミ屋敷だった我が家には、ピカピカのお風呂と、賑やかな悲鳴が響き渡ることになったのだった。




