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08.拾われた女騎士は忠誠を誓いましたが、主への執着が少し(?)重いようです【Side:キリカ】


【Side:キリカ】


 ボクは、夢を見ていた。

 赤錆の味がする、鉄の棺桶に閉じ込められる悪夢だ。


 ボク、キリカ・アイアンサイドは天才だったらしい。

 10歳で剣を握り、12歳で大人を打ち負かし、14歳で王国騎士団の小隊長になった。

 剣を振るうのが好きだった。国を守るのが誇りだった。


 だから、尊敬するグラン隊長からその鎧を渡された時、ボクは心から感謝して頭を下げたのだ。


『キリカ。お前は我が隊の誇りだ。この古代の遺物【黒鋼くろがねの鎧】こそ、最強のお前に相応しい』


 憧れの人からの贈り物。

 ボクは嬉しくて、すぐに袖を通した。

 それが、地獄の始まりとも知らずに。


 着た瞬間、鎧の内側から無数の棘が飛び出し、ボクの柔肌に食い込んだ。

 ブシュッ、と血が噴き出す音。

 悲鳴を上げるボクを、隊長は冷ややかな目で見下ろしていた。


『愚かだな。それは着た者の肉体を喰らい、鉄に変える呪いの装備だ』


『な……ぜ……?』


『目障りなんだよ。女のくせに、ガキのくせに。俺より強いお前がな』


 嘲笑。裏切り。

 ボクは動かなくなった身体を引きずられ、廃棄都市のゴミ山へと捨てられた。

 来る日も来る日も、氷のような雨に打たれ、解体屋のハンマーに叩かれながら、ボクの心は赤錆と共に腐り落ちていった。


 人間なんて、もう信じない。

 どうせボクは、ここで鉄屑として終わるんだ。


 そう思っていた。

 あの方に、拾われるまでは。


     ◇


 ハッとして目を覚ますと、そこはゴミ捨て場ではなかった。

 ふかふかの絨毯の上だ。

 ボクは慌てて自分の身体を確認する。

 錆びついていた手足は白く滑らかで、指の一本一本まで自由に動く。あの呪いの激痛も、嘘のように消え失せている。


「……夢じゃない」


 ボクは震える手で、目の前のベッドを見上げた。

 そこには、ボクの新しいあるじ、リオン様が眠っている。


「……すぅ……すぅ……」


 月の光を浴びて輝く、色素の薄い銀糸の髪。

 長く繊細な睫毛が落とす影。

 陶器のように白く、触れれば壊れてしまいそうなほど華奢な肢体。


(……美しい)


 ボクはゴクリと喉を鳴らした。

 リオン様は、8歳の子供だそうだ。

 性別は、正直、どちらでもいい。少年のようにも見えるし、少女と言われても納得する可憐さがある。天使に性別など不要なのだ。


 重要なのは、この方が「神」ごとき御業でボクの呪いを解き、「ボクが欲しい」と言ってくれた事実だけだ。


 ボクは音もなくベッドに近づき、膝をついた。

 騎士として、寝ずの番をするためだ。

 決して、寝顔を近くで見たいからではない。あくまで警護だ。

 ボクはくんくん、と鼻を鳴らした。お日様のような、甘い匂いがする。


(それにしても……無防備だ)


 リオン様は布団を蹴飛ばし、無邪気にお腹を出して寝ている。

 シャツの裾がめくれ、白く滑らかなお腹が露わになっていた。

 へその形が、可愛い。

 桃色の果実のような、柔らかそうなお腹。


(……けしからん)


 ボクの心臓が早鐘を打つ。顔が熱い。

 こんな無防備な姿を晒して、もし悪い虫がついたらどうするんだ。

 ボクが確認してあげなければ。

 どこか怪我はないか、肌荒れはないか、虫刺されはないか。

 騎士として、主の健康管理は義務だ。


 ボクは震える指を伸ばした。

 あのお腹の、ぷにぷにしてそうな辺りを、ほんの少し。

 確認のために、触れるだけ。

 あわよくば、その柔らかさを指先で堪能し、匂いを嗅いで、あわよくば頬ずりをして。


「――騎士さん?」


 ピタリ。

 リオン様のお腹まであと数センチのところで、ボクの手首がガシリと掴まれた。

 万力のような力だ。


「……ッ!?」


 振り返ると、リオン様の隣で寝ていたはずの銀髪の女――アナスタシアが、氷のような笑顔でボクを見下ろしていた。

 その目は、全く笑っていない。


「夜這いとは、感心しませんわね」


「なっ、ち、違う! ボクは警護を……怪しい虫がいないか、確認を……!」


「ええ。いましたわね。『赤い髪をした大きな虫』が」


 アナスタシアはボクの手を強引に振り払うと、シーツを引き上げてリオン様の肌を隠した。

 チッ、ガードが堅い。


「いいですか、新入りさん。リオン様は皆様の主ですが、寝床の管理者はこのわたくしです。抜け駆けは許しませんことよ?」


「ぬ、抜け駆けなどと人聞きの悪い! ボクはただ、主への忠誠心が溢れて、つい触れたく……いや、守りたくなっただけで!」


「それを世間では『むっつり』と言いますのよ」


「むっ……!?」


 図星を突かれ、ボクは耳まで真っ赤にして押し黙った。

 この女、侮れない。魔法使いのくせに、気配察知が鋭すぎる。


「……まあ、お気持ちは分かりますけれど」


 アナスタシアはふっと表情を緩め、愛おしそうにリオン様の頭を撫でた。


「あの方に救われた私たちは、魂ごとあの方に囚われてしまったようですわね」


「……ああ。全くだ」


 ボクは改めて、主の寝顔を見つめた。

 この小さく、尊いお方を守るためなら、ボクは再び鉄屑になることだって厭わない。


 でも、それはそれとして。


(……いつか絶対、あのぷにぷにのお腹を触ってやる)


 ボクは固く誓い、欲望と忠誠心の狭間で、朝まで正座を続けるのだった。

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