73.魔銀蜘蛛の買収と、黒服軍団の誕生
大浴場での狂乱(主にセクハラ)を終え、わたし達はさっぱりとした気分で更衣室に戻ってきた。
肌はツルツル、髪はサラサラ。
心身ともにリフレッシュした最高の状態だ。
だが、そこでわたしは信じられない光景を目にした。
コノワたちが、汚れた服を着ていたのだ。
長年の汚れと油、そしてアンデッドのような異臭を放つ布切れを。
「なんで!? なんでそんな服着るの……?」
「へ? いや、これしか持ってないんで……」
コノワがきょとんとする。
そうだ。彼らは着の身着のままで暮らしてきたのだ。替えの服なんて持っているわけがない。
「ダメだ。せっかくお風呂に入ったのに、そんな不潔なものを着たら台無しだよ。文明レベルがリセットされちゃう」
わたしは頭を抱えた。
衣食住の「食」と「住」は満たした。だが、「衣」が抜けていた。
「服を作ろう。……それも、この過酷な廃棄都市で生き抜くための、頑丈で清潔なやつを」
わたしは振り返り、家臣団に尋ねた。
「この辺に、いい糸を吐く魔物はいないかな? できれば、鉄より硬くて、絹よりしなやかなやつ」
「……贅沢な注文ですね」
エリーが苦笑しつつ、顎に手を当てて考え込む。
「心当たりはあります。この近くの廃坑に『魔銀蜘蛛』の巣窟が」
「ミスリル?」
「はい。レアメタルを食べて育つ希少種です。奴らの吐く『魔銀絹』は、普段は最高級のシルクのように滑らかですが、衝撃を受けるとドラゴンの鱗よりも硬化する性質があります」
衝撃硬化機能付きの天然繊維。
まさにファンタジー素材だ。
「最高じゃないか。よし、そこに行こう!」
「え? い、行くんですか? 個体ランクはA以上、群れならSランク相当の危険地帯ですよ?」
コノワたちがビビっているが、今のウチにはSSRの護衛がついている。
◇
場所は変わり、薄暗い廃坑の奥深く。
天井一面に銀色の糸が張り巡らされた、魔銀蜘蛛の巣窟。
シャアアアアッ!!
侵入者であるわたし達に対し、巨大な金属質の蜘蛛たちが一斉に襲いかかってきた。
鋭利な鎌のような脚と、鋼鉄をも溶かす溶解液。
普通なら絶望的な光景だが――。
「遅い」
キリカが一歩踏み出す。
刀が鞘走る音すらしない。
次の瞬間、先頭の蜘蛛たちの脚が、関節部分だけを正確に切断されて崩れ落ちた。
「キ、キリカ、殺さないでね! 素材(社員)だから!」
「心得ている。……峰打ち(物理)だ」
「峰打ちで脚が切れるの!?」
さらに、エリーが残像を残して戦場を駆け巡る。
「ホラホラ、こちらですよ」
彼女の神速の攪乱により、蜘蛛たちの攻撃は空を切り、同士討ちを始める始末だ。
圧倒的だ。
しかし、数が多すぎる。いちいち戦っていたらきりがない。
「真魚美、出番だよ!」
「うん、リオンくん、任せてっ♡」
セイレーンの真魚美さんが、豊満な胸を張り、艶やかに息を吸い込んだ。
「アァ~♪ ルゥ~♪ ラァ~♪」
坑道に響き渡る、甘く蕩けるような歌声。
【セイレーンの歌声】。
本来は船乗りを海へと引きずり込む死の歌だが、今回は「強制睡眠」の効果を乗せている。
歌声を聴いた蜘蛛たちの動きが、ピタリと止まった。
殺気立っていた赤い目が、とろんと濁っていく。
「キュ……キュゥ……」
バタッ、バタッ。
巨大な蜘蛛たちが、次々とその場に倒れ伏し、幸せそうな寝息を立て始めた。
ものの数分で、凶悪な魔物の巣窟は、平和なお昼寝広場へと変わってしまった。
「すごい……完全無力化だ」
わたしは眠る蜘蛛たちを見下ろした。
殺して素材を剥ぎ取るのは簡単だ。だが、それでは一回こっきりで終わってしまう。
これから組織を大きくしていくなら、安定した供給源が必要だ。
「よし、あとは糸を回収っと」
わたしは右手をかざし、【買取】スキルで、魔銀絹糸を回収する。魔物は殺さない。
ポイントを消費して、蜘蛛たちが逃げないように柵を作って置いた。
◇
拠点に戻ったわたしは、さっそく回収した大量の「魔銀絹」を使って、服の作成に取り掛かった。
「デザインはどうしようかな……」
やはり「会社」だ。ビシッと統一感を持たせたい。
わたしは前世の記憶と、趣味を全開にしてイメージを固めた。
「よし、いくよ! 【仕様変更】!!」
光と共に、山積みの糸が次々と衣服へと形を変えていく。
「こ、これは……!」
完成した服を手に取り、コノワたちが震える。
男性陣に渡したのは、漆黒の「スーツ」だ。
ただし、ただのスーツではない。防弾・防刃・耐熱・自動洗浄機能を完備した、特殊工作員仕様の戦闘服である。
「すげぇ……! 軽い! 動きやすい! なのにナイフを当てても弾きやがる!」
袖を通したコノワたちが、鏡(磨いた鉄板)を見て驚愕する。
薄汚れたチンピラだった彼らが、まるで一流のマフィアか、王宮のエージェントのような精悍な男たちに変貌していた。
「馬子にも衣装だね」
そして、女性陣(SSR家臣団)には、普段着ているものに、近い服を用意した。
エリーがひらひらとしたミニスカートの裾を気にしている。
彼女たちには、機能性と可愛さを両立したデザインにしておいたのだが……。
「スカートも……いいものですね」
エリー……君どんどん女の子になっていってるね……。染まるの早すぎないかな……。
全員が着替えを終え、整列する。
廃棄都市の瓦礫の中に並ぶ、異様に身なりのいい黒服の集団。
「うん。これで見た目も、立派な『会社』になったね」
わたしは満足げに頷いた。
衣食住、そして最強の家臣団。
リオン・カンパニーの進撃準備は、これで完全に整ったのだった。




