71.解体と創造、そして第三の扉
無事に熱々の温泉が引けたところで、いよいよ本番だ。
みんながゆったりと浸かれる「大浴場」の建設である。
「男女の数も多いし、ちゃんと『男湯』と『女湯』に分けたいんだよね」
わたしは腕組みをして唸った。
わたしのスキル【仕様変更】は、あるものを別の形に作り変えるのは得意だが、頭の中のイメージが曖昧だと、ただの「四角い箱(豆腐建築)」しか作れないという弱点がある。
風情ある浴場を作るには、きちんとした設計図が必要だ。
「トール、任せてもいいかな?」
「うむ、任せるのじゃー! バリバリーッ!」
ドワーフのトールが、待ってましたとばかりに羊皮紙を広げた。
彼女は羽ペンを走らせ、驚くべき速度で図面を引いていく。
「ここが脱衣所で、ここが洗い場! 湯船は岩風呂風にして、天井は高く湯気抜きをつけるのじゃ!」
「おおっ、すごい……!」
あっという間に完成したのは、日本の銭湯とファンタジーの神殿を融合させたような、壮大かつ機能的な設計図だった。
これなら文句なしだ。
「よし、建設開始だ! ……と言いたいところだけど」
わたしはアイテムボックスの中身を確認して、肩を落とした。
「素材が足りないや」
さっきの長距離パイプライン工事で、手持ちの鉄材や石材をほとんど使い切ってしまったのだ。
またチマチマと瓦礫を拾い集めなければならないのか。
「大将、それならいい手がありやすぜ」
声を上げてきたのは、古株の家臣であるガラだ。
彼女は、ニヤリと笑って親指で背後を指した。
「そこのボロいビル、解体しちまいましょうや」
彼女が指差したのは、拠点のすぐ近くに残っている、崩れかけた廃ビル群だった。
確かに、あれなら鉄骨もコンクリートも大量に取れる。
「なるほど、資源の宝庫だね。……でも、いいのかな?」
わたしは、この辺りの元・縄張り主であるエリーを振り返った。
彼女にとっては、思い出の場所かもしれない。
「エリー、構わない? 君の元アジトも含まれてるけど」
「構いません。あんなもの、私にとっては瓦礫の山です」
エリーは即答した。
美しい銀髪を払い、涼やかな顔で言い放つ。
「過去に未練はありません。……それで貴方様の役に立つなら、いっそこの区画ごと更地にしたっていい」
「お、重い……いや、助かるよ」
許可が出たなら遠慮はいらない。
わたしは廃ビル群の前に立ち、右手をかざした。
「じゃあ、いただくよ! スキル発動――【資源回収】!」
ズゴゴゴゴゴ……ッ!!
轟音と共に、数棟の廃ビルが一斉に崩壊を始めた。
だが、瓦礫となって地面に落ちる前に、それらは光の粒子へと変換され、わたしの手元に吸い込まれていく。
鉄骨、コンクリート、ガラス、配管……大量の建築資材が一瞬でストックされた。
「ひゅー! 相変わらず豪快だねぇ、大将!」
「よし、資材は揃った。……いくよ、トール!」
「応ッ!」
わたしはトールの描いた設計図を頭に叩き込み、更地になった地面に魔力を注ぎ込む。
「顕現せよ、癒やしの殿堂! 【仕様変更】ッ!!」
ドォォォォンッ!!
大地が震え、更地から巨大な建築物がせり上がってきた。
瓦屋根に、立派な柱。湯気を吐き出す煙突。
入り口には「ゆ」と書かれた暖簾が揺れている。
「完成だ……!」
土煙の中から現れたのは、廃棄都市には似つかわしくない、立派な公衆浴場だった。
「すげぇ……! 風呂だ! でっかい風呂だぁ!」
「さすが兄貴! 魔法使いより魔法使いだぜ!」
コノワたちが歓声を上げて駆け寄っていく。
わたしも満足げに頷き、入り口を確認した。
右側には青い暖簾で「男湯」。
左側には赤い暖簾で「女湯」。
ん……?
「……あれ?」
わたしは目をこすった。
男湯と女湯の間に、もう一つ、ひときわ豪華な「金色の扉」がある。
そこには『リオン様専用』というプレートが輝いていた。
「え? なにこれ? なんで入り口が3つあるの?」
わたしが呆然としていると、背後からゾロゾロと足音が近づいてきた。
振り返ると、トール、キリカ、エリー、ガラ、そしていつの間にか合流していた真魚美さんが、頬を紅潮させて立っていた。
全員、なぜかバスタオル一枚だ。
「えっ」
「うむ。ここは主と、その『近習(お世話係)』のための特別浴室じゃ」
トールが胸を張り、当然のように言った。
「主の背中を流すのは、家臣の務めですから……(はぁはぁ)」
「警護も必要だ。風呂場は無防備になるからな(鼻息)」
「へへっ、大将。たまには『混浴』ってのもオツなもんでしょ?」
「あらあら、リオンちゃん。お姉さんが洗ってあげるわよ~」
エリー、キリカ、ガラ、真魚美さんが、肉食獣のような目でじりじりと距離を詰めてくる。
目が怖い。欲望が漏れ出ている。
「え? ちょっと、みんな落ち着いて!? わたしも男湯に行くから!」
「逃がしませんよ……♡」
ヒュンッ!
逃げようとしたわたしの背後に、エリーが瞬間移動で回り込んだ。
ガシッと羽交い締め(お姫様抱っこ)にされる。
「ちょ、コノワ! 助け――」
「へへっ、兄貴。お楽しみっすね! 俺らは男湯一番乗りしてきやす! あばよッ!」
部下たちは空気を読んで(見捨てて)、一目散に男湯へダッシュしていった。
薄情者ぉぉぉッ!!
「あーッ!!」
ズルズルズル……。
抵抗も虚しく、わたしは5人の美女たちによって、湯気に煙る『第三の扉』の奥へと引きずり込まれていくのだった。




