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07.チンピラを撃退してスクラップ置き場に行ったら、伝説の剣聖(鉄屑)を拾いました



「よし、行こうアナ! 今日は稼ぎまくるよ!」


「はい、リオン様! どこまでもお供いたします!」


 わたし達は意気揚々と屋敷を出て、廃棄都市デッドエンドの街エリアへと降り立った。


 街と言っても、ここは犯罪者や追放者が吹き溜まるスラム街だ。

 建物は廃材をツギハギしたボロ小屋ばかりだし、道端には正体不明の汚水が流れている。

 すれ違う人々も、目つきの鋭いゴロツキばかり。


「ひっ……み、見られていますわ……」


 アナが青ざめた顔で、わたしの袖をギュッと掴んでくる。

 彼女のような煌びやかな美人は、ここでは目立ちすぎるのだ。


 でも、わたしの目には、彼らよりももっと魅力的なものが映っていた。


「わぁ……お宝がいっぱいだぁ」


 わたしは目を輝かせて、道端に転がるゴミの山を見つめた。

 曲がった鉄パイプ、穴の空いた鍋、誰かが捨てた片方だけの靴。

 普通の人にはゴミでも、リサイクルショップ店長のわたしには「資源ポイント」にしか見えない。


「片っ端から売っちゃえ! 【買取(売却)】!」


 シュンッ! シュンッ!

 わたしが歩きながらゴミに触れるたび、それらは光となって消え、チャリンチャリンと小気味よい音が脳内に響く。

 まるで歩く掃除機だ。

 道を塞いでいた障害物が次々と消えていく様に、スラムの住人たちが「あ?」「なんだあのガキ?」と目を丸くしている。


「ふふん、どんどん道が綺麗になっていくね。ポイントも貯まるし一石二鳥!」


「リ、リオン様、あまり目立たれると……」


 アナが心配そうに言った、その時だった。


「おい、そこの嬢ちゃんたち」


 行く手を遮るように、数人の男たちが現れた。

 汚れた革鎧を着た、いかにも柄の悪いチンピラ冒険者たちだ。

 彼らはニタニタと下卑た笑みを浮かべ、アナをジロジロと舐めるように見ている。


「随分と上等な服を着てるじゃねえか。ここを通るなら『通行料』が必要だぜ?」


「ひっ……!」


 アナが悲鳴を上げ、わたしを背中に庇うように前に出た。

 震える手で、見えない杖を構えるフリをする。


「さ、下がりなさい! わたくしは魔法が使えますのよ! これ以上近づくと……!」


「へぇ、魔法使いか。でも杖も持ってねえのに何ができるんだ?」


 男たちがゲラゲラと笑いながら距離を詰めてくる。

 やっぱり、アナだけじゃ心細い。

 彼女は優秀な後衛(魔法職)だけど、接近戦になれば脆い。


(やっぱり、ボディーガード(前衛)が必要だなぁ)


 わたしはどう切り抜けるか考えながら、とりあえず愛想よく微笑んでみせた。


「おじさんたち。通行料なんてないよ。どいてくれない?」


「あぁ? 舐めてんのかガキ!」


 男の一人が激昂し、腰の剣を抜いて振りかぶった。

 アナが悲鳴を上げる。

 でも、わたしは動じない。腐っても元サイハーデン家の神童だ。剣の軌道くらいなら見える。


 ブンッ!

 わたしは小さな体を活かし、切っ先をギリギリで避けると同時に、男の足元へ滑り込んで足を引っかけた。


「おっと」

「うおっ!?」


 バランスを崩した男が前のめりに転ぶ。

 その拍子に、手から剣がこぼれ落ち、カランと地面に転がった。


「あっ、落とし物だよ」


 わたしはすかさず、地面の剣に手を触れた。

 地面に落ちたものは、所有権の及ばない「落としゴミ」だ。リサイクルショップの守備範囲内である。


「――【買取】!」


 シュンッ!

 一瞬にして剣が光の粒子となり、消滅した。

 男が顔を上げると、そこには何もない地面があるだけだ。


「は……? け、剣が……消えた?」


「うん。わたしが『消した』んだよ」


 わたしはニッコリと笑い、男の顔を覗き込んだ。


「ねえおじさん。君も消されたいの?」


「ひぃっ!?」


「次は君を『粗大ゴミ』として処理しちゃおっかなー……なんて」


 わたしが手を伸ばすと、男たちは「ば、化け物だぁ!」と叫んで逃げ出してしまった。


「ふぅ。なんとかなった」


「す、すごいですリオン様! 剣を消すなんて!」


「ハッタリだよ。人間はゴミじゃないから消せないし。……やっぱり、次は危ないかもね」


 アナがへたり込む。

 今回は相手が油断していたから上手くいったが、次はこうはいかない。

 やはり、早急に護衛を見つけないと。


 そう思いながら再び歩き出したわたし達は、街外れの「廃棄場」へと辿り着いた。


 カンッ! カンッ! カンッ!

 金属を叩く乾いた音が響いている。

 そこでは、解体業者たちが一つの「巨大な鉄屑」を取り囲み、ツルハシを振り下ろしていた。


「くそっ、なんだこのゴミ! 硬くて解体できねえ!」

「中身が入ってるって噂だが、もう死んでんだろ」

「チッ、これじゃスクラップとしても売れねえぞ」


 男たちが悪態をつきながら蹴り飛ばしているのは、全身が赤錆に覆われた人型の塊だった。

 鎧と肉体が完全に癒着し、関節の隙間まで錆びついている。

 ただの鉄像にしか見えない。


 けれど、わたしの【市場調査リサーチ】は、その鉄屑から強烈な信号シグナルをキャッチしていた。


(……生きてる)


 鑑定ウィンドウが、その「中身」の情報を映し出す。


~~~~~~~~~~

【品名:呪われた騎士キリカ】

【レア度:SSR(武力特化)】

【状態:機能停止、呪装・喰鉄くろがねの鎧による侵食】

~~~~~~~~~~


(SSR騎士……! しかも、この状態……)


 わたしには聞こえた気がした。

 その鉄の殻の中で、少女が泣いている声が。

 悔しい。悲しい。

 誰か、助けて。

 

 そんな絶望の叫びが。


「――ねえおじさん。そのゴミ、ボクに売ってよ」


 わたしは男たちに声をかけた。

 解体屋の男が、鬱陶しそうに振り返る。


「あぁ? なんだガキ。危ないから向こう行ってろ」


「その鉄屑、硬くて困ってるんでしょ? わたしが引き取ってあげる」


「はっ、笑わせんな。こんな重いもん、大人数人がかりでも動かせねえんだよ。持っていけるもんなら持っていきな! タダでやるよ!」


「ほんと? 商談成立だね!」


 わたしは鉄塊に駆け寄ると、ペタリと小さな手を押し当てた。

 冷たくて、ざらざらした赤錆の感触。

 でも、中はまだ温かいはずだ。


「【在庫(収納)】!」


 シュンッ!

 一瞬にして、巨大な鉄塊が消え失せた。

 目の前から商売道具ゴミが消えた男たちが、ぽかんと口を開けている。


「まいどありー! 行こう、アナ!」


「は、はいっ!」


 わたしは呆然とする大人たちを置き去りにして、路地裏へと駆け込んだ。


     ◇


 人気のない廃屋の陰。

 わたしはインベントリから「商品」を取り出した。

 ドスンッ、と重い音を立てて、赤錆の騎士が横たわる。


「リオン様、それは……?」


「新しい仲間だよ。……たぶん、すごく強い」


 わたしは騎士の前に膝をついた。

 近くで見ると酷い状態だ。鎧が皮膚に食い込み、顔の半分まで錆が覆っている。

 普通の医者なら匙を投げるだろう。

 でも、わたしには治せる。さっきまでのゴミ拾いで稼いだポイントがあるからね。


「痛かったね。裏切られて、辛かったね」


 わたしは優しく、その錆びついた頬を撫でた。

 ただの独り言だ。聞こえているかも分からない。

 でも、伝えたかった。

 君はもう、捨てられたゴミじゃないんだって。


「元に戻れ。……ううん、もっと凄くなって蘇れ!」


 わたしは稼いだばかりのポイントを全投入する。


「――【商品修繕リペア】ッ!!」


 バキバキバキバキッ!!

 激しい破砕音が響き渡った。

 眩い光と共に、全身を覆っていた分厚い赤錆と呪いの鎧が、まるで卵の殻のようにひび割れていく。

 ボロボロと剥がれ落ちる鉄屑の下から現れたのは――燃えるような赤髪だった。


「……ぁ……ぐっ……!」


 鉄の拘束から解き放たれ、騎士が大きく息を吸い込む。

 白い肌。しなやかで引き締まった肢体。

 そして、まつ毛の長い、凛々しくも可憐な少女の顔。

 彼女は自分の手を見つめ、震えながら何度か握りしめた。


「……うご、く……? 錆が……消えてる……?」


 彼女は信じられないといった様子で、自分の身体を触り確かめている。

 そして、恐る恐る顔を上げ、目の前にいるわたしを見た。


「キミが……ボクを、直してくれたのか?」


「うん。拾ったからね」


 わたしはニカッと笑って手を差し出した。


「わたしはリオン。ねえ、お姉さん。行き場がないなら、わたしの護衛になってくれない?」


 少女――キリカの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

 絶望の底で、信じていた世界に裏切られ、暗闇の中で凍えていた心。

 そこに差し伸べられた、小さな、けれど温かい光。

 彼女はその場に跪き、頭を垂れた。

 それは、騎士が主君に対して行う、最上級の礼だった。


「……信じられない。国一番の治癒師でも解けなかった呪いを、こんな一瞬で……」


 彼女は震える声で、けれど力強く誓った。


「分かった。……いや、承知した! この命、今日からあるじのものだ!」


 キリカは顔を上げ、濡れた瞳でわたしを熱っぽく見つめた。

 その瞳の奥には、感謝や忠誠を超えた、もっと重く、激しい感情の火が灯っているように見えた。


「ボクの剣は、貴方様のためにある。……どんな敵であろうと、ボクがすべて断ち切ってみせる!」


「あはは、頼もしいなぁ。よろしくね、キリカ」


 わたしが無邪気に笑うと、横で見ていたアナが「むぅ」と頬を膨らませた。


「あら、随分と元気な子ですこと。でも新人さん、『一番の側近』はこのわたくしですわよ?」


「なっ!? だ、誰だオマエ! ボクのほうが強いし、役に立つぞ!」


「あらあら、魔法も使えない脳筋さんが何を仰いますやら」


 早くも火花を散らす二人を見て、わたしは苦笑した。

 なんだか賑やかになりそうだ。

 こうして、わたしのリサイクルショップ(領地)に、最強の剣(ボクっ娘騎士)が加わったのだった。

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鉄屑として捨てられたのにいつ治癒師にかかる機会があったんだろ?
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