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69.音速の姫抱っこと、主成分の摂取



 ラーメンの宴は、大盛況のうちに幕を閉じた。

 空になった寸胴鍋と、山のように積まれた丼。

 そして、満足げに腹をさする男たち。


「あー、食った食った。兄貴のメシは最高だぜぇ……」

「一生ついていきやす……ゲフッ」


 コノワたちが幸せそうに寝転がっている。

 衣食住の「食」が満たされ、彼らの表情は以前よりもずっと人間らしくなっていた。


 だが。

 わたしは気づいてしまったのだ。


「(……臭う)」


 わたしは鼻をヒクつかせた。

 コノワの隣を通った時、ツンと鼻をつく刺激臭がしたのだ。

 それは彼だけではない。

 周囲の男たち、そしてあろうことか、わたし自身からも漂っている。


 汗、機械油、煤煙、そして魔物の返り血。

 それらが長期間蓄積され、酸化した強烈な体臭。

 無理もない。この廃棄都市には「水」が少なく、まともな入浴施設など存在しないのだから。


「……ダメだ。もう限界」


 わたしの日本人としての魂が叫んだ。

 ラーメンで腹は満たされたが、精神的な清潔感が死んでいる。


「みんな、風呂に入ろう」

「へ? フロっすか? たまに雨水で体拭いてますけど……」

「それじゃダメなんだよ。お湯に浸かって、毛穴の汚れまで落とさないと!」


 わたしは力説する。

 だが、問題はどうやって大量のお湯を確保するかだ。

 ここ(農地)には井戸こそあるが、数百人が入れるような湯量はない。


「心当たりはあるんだ」


 わたしは拠点の方角――廃棄都市の奥地に聳える「領主の館」を見上げた。

 あそこはわたしの住居であり拠点だ。


「あそこに温泉の『源泉』が眠ってるんだよ」


 以前、【資源回収リファイン】で地下をスキャンし、偶然掘り当てたのだ。

 豊富な湯量と、適切な温度。

 まさに天然温泉だ。


「あそこからお湯を引いてくれば、大衆浴場が作れるはずだ」

「マジっすか! ……でも兄貴、館ってこっから結構距離ありますぜ?」


 コノワが遠い目をする。

 確かに、ここから館までは15キロメートルはある。

 配管を通す計画を立てるにしても、まずは現地(源泉)の確認に行かなければならないが、往復するだけで日が暮れてしまうだろう。


「うーん、移動が面倒だね……魔導車はあるけど」


 何度も往復するのも面倒だし。


 わたしが腕を組んで悩んでいると、涼やかな声がかけられた。


「主よ。私にお任せを」


 進み出てきたのは、銀髪の美少女――エリーだ。

 紅い瞳でわたしを真っ直ぐに見つめている。


「エリー? 行ってくれるの?」

「いいえ。主をご案内します。……失礼」

「え?」


 彼女は恭しく一礼すると、スッとわたしの懐に入り込んだ。

 そして。


 フワッ。


「えっ、ちょ、逆じゃない!? 僕が抱えられるの!?」


 わたしは目を白黒させた。

 いわゆる「お姫様抱っこ」だ。

 しかも、か弱そうな美少女(元・厳つい大男)に、わたし(成人男性)が軽々と持ち上げられている。


「舌を噛まないよう、しっかり掴まっていてくださいね……♡」

「え、あ、うん……」


 彼女の顔が近い。

 整った美貌に見惚れそうになるが、彼女の鼻が、わたしの首筋あたりで不審な動きをしていることに気づいた。


 スンスン、スンスン……。


「(あぁ……主の匂い……たまらん……)」

「エリー? なんか嗅いでない?」

「気のせいです。……行きますッ!!」


 彼女が地面を蹴った。

 いや、蹴ったという予備動作すら見えなかった。


 ヒュンッ!!


 音が、置き去りにされた。

 風を切る感覚すらない。景色が流れることすらない。

 世界が一瞬で「切り替わった」ような感覚。


 まばたきをした、次の瞬間。


「――到着しました」


 エリーが足を止め、静かにわたしを地面に下ろした。

 目の前にあるのは、見慣れた「領主の館」の巨大な扉。


「……は?」


 わたしは呆然と周囲を見回した。

 さっきまでいた農地は、遥か彼方。地平線の向こうだ。

 数キロの悪路を、文字通り「一瞬」で踏破したのだ。


「これが……進化した君の『速さ』なの?」

「はい。障害物を避ける必要もありません。最短距離を『座標移動』に近い速度で駆け抜けました」


 彼女は涼しい顔で、乱れてもいない銀髪をかき上げる。

 その額には汗一つかいていない。


「すご……。これなら移動時間はゼロだね」

「恐縮です。主のためなら、音速など止まっているも同然」


 彼女は頬を上気させ、うっとりとわたしを見ている。


「それに……移動中は主と密着できますから。……スンスン」

「ん? なんか言った?」

「いいえ! さあ、源泉へ参りましょう!」


 エリーは嬉々として館の扉を開けた。

 その背中からは、「もっと運ばせろ」という無言の圧力が漂っている気がする。

 ……気のせいだよね? 元はおっさんだもんね?


 ともあれ、優秀すぎる「足」のおかげで、お風呂計画は一気に進みそうだった。


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