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06.100年前の缶詰を【修繕】したら、出来立てのビーフシチューになりました


 翌朝。

 小鳥のさえずりと共に目を覚ますと、視界いっぱいに銀色の髪が広がっていた。


「……すぅ……すぅ……」


 隣でアナが、幸せそうな顔で寝息を立てている。

 昨夜、恐怖で震えていたのが嘘のように、今は完全に脱力してわたしの腕を枕代わりに抱きしめていた。

 さらさらの髪から、甘い匂いがする。


(よく寝てるなぁ。……さて、起きる前に現状確認だ)


 わたしはアナを起こさないようそっと体をずらし、虚空にウィンドウを展開した。

 確認するのは、昨夜の収支履歴ログだ。

 今後、この領地で生きていくためには、わたしの能力である【リサイクルショップ】の「お財布事情」を正確に把握しておく必要がある。


「ふむふむ……やっぱり、そういうことか」


 履歴を見て、わたしはいくつかの法則ルールを理解した。


~~~~~

【検証結果1:売却(収入)の相場】

 昨日の掃除で売った「腐った床板」や「カビた布」の買取価格は、1つあたり『1~5RP』。

 ゴミは所詮ゴミ。単価は安い。

 ただ、チリも積もれば山となる。昨日のように家中を掃除すれば、数百ポイントにはなる。

 逆に、前に売った「馬車の残骸(鉄と木材の塊)」のような大物は、数百ポイントの高値がついた。

 つまり、「素材の質と量」が買取価格に比例するようだ。


【検証結果2:修繕(支出)の相場】

 昨夜、アナのために作った「着替え(タオルと寝間着)」の修繕費は『100RP』。

 対して、「高級ベッド」の修繕費は『300RP』だった。

~~~~~


 日用品のリメイクは安く、大型家具や精密な魔道具の修理は高い。

 そして――現在のわたしの所持ポイントは。


『残高:52 RP』


「……貧乏だ」


 わたしはガックリと項垂れた。

 昨夜、アナのために奮発しすぎた。

 残高52ポイント。これでは、ベッドどころか椅子一つ直せない。

 今日の朝ごはんを調達するだけで精一杯だろう。


「ん……ぁ……?」


 その時、隣でモゾモゾと気配がした。腕を伸ばして、またわたしを抱き枕にする。

 アナが長い睫毛を震わせ、ゆっくりと瞼を開く。

 アメジストのような瞳が、とろんとぼんやりわたしを捉え、数秒後。


 カッ! と見開かれた。


「――ひっ!?」


 アナは弾かれたように飛び起きると、ベッドの上で見事なジャンピング土下座を決めた。

 ズドン! と高級ベッドが軋む音がした。


「も、申し訳ありませんッ!! わたくしとしたことが、あろうことかあるじと同じ寝台で、しかも抱き枕にするなど……! 万死に値する不敬です!!」


 彼女は顔面をシーツに埋め、ガタガタと震えている。

 どうやら、貴族の常識が戻ってきたらしい。

 使用人(部下)が主人と同じベッドで寝るなんて、本来なら処刑モノの不祥事だ。


「いいよ別に。わたしが許可したんだし」


「し、しかし……! リオン様は高貴な御方、私は拾われた身……!」


「気にしないで。アナが隣にいたほうが、温かくてよく眠れたし」


 わたしが何気なくそう言うと、アナの動きがピタリと止まった。

 彼女はバッと顔を上げ、期待に満ちた瞳でわたしを凝視する。


「温かくて……よく眠れた、と?」


「うん。湯たんぽ代わりってことで」


「……承知いたしました!」


 アナは頬を朱に染め、パタパタと見えない尻尾を振る勢いで頷いた。


「リオン様が良いと仰るのなら、不肖セレスティア、これからは毎晩リオン様の『湯たんぽ』として、同じベッドでお仕えいたします!」


「えっ? いや、毎晩とは言ってな……」


「さあ、朝のお支度をしましょう! まずはお顔を拭きますね!」


 アナがキラキラした目で、蒸しタオルを手に迫ってくる。

(あ、これ、断れない流れだ)


 わたしは諦めて溜息をついた。

 どうやら今後、この絶世の美女と一緒に寝ることが確定してしまったらしい。

 まあ、別にいっか! 気にすることはないし。

     ◇


 グゥゥゥ~~。

 着替えを終えたところで、ふたりの腹の虫が盛大に合唱した。

 色気もへったくれもない音に、アナが「ぅぅ……」と顔を赤らめてお腹を押さえる。


「ご飯にしようか。と言っても、食材なんてないけど……」


 わたし達は一縷の望みをかけて、屋敷の地下にある食料庫へと向かった。

 そこにあったのは、埃を被った木箱の山と、その中に転がる大量の「黒い塊」だった。


「これは……缶詰、でしょうか?」


 アナが不審そうに眉をひそめる。

 ラベルは朽ち果て、缶自体も錆びついて赤黒い塊になっている。

 普通ならゴミ箱行きだが、鑑定してみると『100年前の軍用レーション』だと判明した。


「よし、これを直して食べよう」


「えっ!? こ、これをですか? お腹を壊しますわ!」


「大丈夫。リサイクルショップに賞味期限切れはないから」


 わたしは見積もりを出す。

【修繕費用:1個 10RP】

 安い!

 これなら、今の残金(52RP)でも2つ直せるし、お釣りも来る。


「任せて。これを最高のご馳走に変えて……」


「お待ちください!」


 スキルを使おうとしたわたしの前に、アナが立ちはだかった。

 彼女は袖をまくり、やる気満々の顔をしている。


「食材があるのなら、調理はわたくしにお任せを。これでも公爵家では、花嫁修業として料理も嗜んでおりましたの」


「え、でも調理器具もボロボロだよ?」


「ふふん、宮廷絵師は筆を選ばず、です!」


 こっちの世界の、『弘法は筆を選ばず』の意味だ。


「リオン様には指一本動かさせません!」


 アナは鼻息荒く缶詰を受け取ると、意気揚々と一階のキッチンへ向かった。

 わたしは不安を抱きつつ、その後ろをついていく。


 キッチンは案の定、廃墟だった。

 かまどはひび割れ、調理台は傾いている。


「まずは、このお鍋で……」


 アナが壁に掛かっていた鍋を手に取り、調理台にドンと置いた。

 その瞬間だった。


 ガシャァァァンッ!!

 バキバキバキッ!!


 鍋の重みに耐えきれず、腐っていた調理台が粉々に砕け散った。

 さらに、その衝撃で竈の煙突が外れ、大量のすすが雪崩のように降り注ぐ。


「……きゃふっ!?」


 もうもうと舞い上がる土煙。

 煙が晴れると、そこには頭から灰を被り、真っ黒になった元公爵令嬢が呆然と立ち尽くしていた。

 手には鍋の取っ手だけが虚しく握られている。


「……て、敵襲……?」


 アナが涙目でキョロキョロと周囲を警戒する。


「違うよ。ただの老朽化だね」


 わたしは苦笑しながら、灰だらけのアナに近づき、煤を払ってあげた。

 彼女は「うぅぅ……」と悔しそうに頬を膨らませる。


「……面目次第もございません。良いところをお見せしようと張り切ったのですが……」


「気持ちだけで嬉しいよ。調理はまた今度ね」


 結局、料理はお預けだ。

 火も水も調理器具もない以上、わたしのスキルに頼るしかない。

 わたしは床に転がった缶詰を拾い上げ、念じる。


「なれ! 出来立てのビーフシチューに! ――【商品修繕リペア】!」


 ポンッ!

 軽快な音と共に、錆びついていた缶詰がピカピカの新品に変わる。

 それだけではない。

 パカッと蓋が自動で開き、中から熱々の湯気が立ち上ったのだ。


「えっ……? 湯気……?」


 アナが目を丸くする。

 漂ってくるのは、濃厚なデミグラスソースと、じっくり煮込まれた牛肉の芳醇な香り。

 缶詰とは思えない、高級レストランのような匂いだ。


「やっぱりね。このスキル、単に物を直すだけじゃないんだ」


 わたしは確信した。

 リペアの効果は、「壊れる前の状態に戻す」こと。

 料理にとっての「壊れる前(一番良い状態)」とは、つまり「出来立て熱々の瞬間」だ。

 だから、加熱調理しなくても、スキルを使った時点でホカホカのご飯が食べられるのだ。


「はい、召し上がれ」


「い、いただきます……」


 わたし達は崩壊したキッチンの床に座り込み、スプーンでシチューを口に運んだ。

 口に入れた瞬間、トロトロに煮込まれた牛肉が舌の上で解ける。

 赤ワインの酸味とコクが口いっぱいに広がった。


「んんっ! おいしいっ!」


「……悔しいですけれど、絶品ですわ」


 アナは「はふはふ」と熱そうに息を吐きながら、夢中でスプーンを動かしている。

 口の端にソースがついているのも気にせず、幸せそうに頬張っていた。

 行儀は悪いけれど、こんな廃墟で食べる熱々のシチューは、どんな宮廷料理よりも美味しく感じられた。


 完食して一息つくと、わたしは決意を込めて言った。


「アナ。街へ行こう」


「街へ、ですか?」


「うん。今の残金は32ポイント。これじゃあキッチンも直せないし、明日には餓死しちゃう」


 わたしは窓の外を見据えた。

 太陽の光を反射して、ゴミの山がキラキラと輝いている。


「本格的に『ゴミ拾い(仕入れ)』をして、稼ぎまくるよ!」


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>「本格的に『ゴミ拾い(仕入れ)』をして、稼ぎまくるよ!」 そりゃいいが、目の前のキッチンや壊れた鍋もポイント化できるんでは?
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