54.キリカの、骨董化《アンティーク》覚醒
昨日は、20時にも更新してます。
キエリュウ戦後。
わたしたちは、廃棄都市の拠点で少し休むことにした。
壊れた物は、スキル【商品修繕】を使って、すぐに元通りに戻すことができた……んだけど。
今回の戦いで、心にダメージを負った家臣がいた。
わたしはその人の元へと向かう。
使われていない部屋の一角。
そこには、嵐が去った後のような静寂が広がっていた。
わたしは暗い部屋の中でうずくまる人影に声をかける。
「キリカ。どうしたの、そんなとこで」
「……申し訳、ない……主……」
部屋の隅にいたのは、キリカだった。
彼女は愛剣を取り落とし、床に膝をついて崩れ落ちていた。
華奢な肩が小刻みに震えている。
「キリカ? どうしたの、怪我でも――」
「違います……! 怪我なんて、していない……っ」
わたしが駆け寄ろうとすると、キリカは顔を伏せたまま、絞り出すような声で言った。
「ボクが……主の剣であるボクが、あんな奴一人、仕留められなかった……。主を守るどころか、敵に見逃されるなんて……」
悔し涙が、床にぽつりと落ちる。
彼女は「剣聖」としての誇りが高い。
だからこそ、純粋な身体能力の差で圧倒され、最後は「見逃された」という事実が、許せなかったのだろう。
「気にすることないよ。相手は幹部クラスの化け物だったんだし」
「いいえ……! ボクは、ナマクラだ……。主の役に立てないなら、ただの『中古品』と同じ……」
キリカはそう吐き捨てると、ふらりと立ち上がった。
「……頭を、冷やしてきます」
止める間もなく、彼女は部屋を飛び出していく。
外からは、いつの間にか激しくなり始めた雨の音が聞こえてくる。
キエリュウが連れてきた雨雲だろうか。
「……大事なパートナーを、雨の中に放置なんてできないよ」
わたしはため息をつくと、すぐさま拠点の外へと駆け出した。
◇
外は土砂降りだった。
視界を白く染めるほどの豪雨の中、わたしは【市場調査】スキルを頼りに、人気のない裏庭の方へと向かう。
そこに、彼女はいた。
「はぁっ! ……遅い、これじゃ遅い!」
泥だらけの地面の上で、キリカは一人、剣を振っていた。
雨に打たれ、泥に塗れながら、何度も何度も素振りを繰り返している。
その姿は、修行というよりは、自分自身を痛めつけているように見えた。
「くっ……もっと速く……! もっと鋭く……!」
悲痛な叫びと共に、剣が振られる。
けれど、心に迷いがある剣筋は、どこか精彩を欠いていた。
「もういい、やめてキリカ!」
わたしは駆け寄り、泥まみれの彼女の腕を掴んだ。
「放してください! ボクは……ボクは、もっと強くならなきゃいけないんです!」
「こんな雨の中で体を壊して、強くなれるわけないでしょっ!」
「じゃあどうすればいいんですか!? あいつは……あいつはもっと速かった! ボクの剣じゃ、主に届く刃を止められない……!」
キリカが泣き叫ぶ。
雨水と涙でぐしゃぐしゃになった顔で、彼女は訴える。
「怖いんです……。主を守れない自分が……ただの『使い古し』に戻ってしまうのが……!」
そうか。
彼女はずっと不安だったんだ。
一度捨てられた過去があるから。
役に立たなくなれば、また捨てられるのではないかと。
「……馬鹿だなぁ、キリカは」
わたしは彼女の剣を優しく取り上げ、地面に置いた。
そして、冷え切った彼女の体を、正面から強く抱きしめる。
「あ……主……?」
「君は中古品なんかじゃない。わたしの大切なパートナーだ。……もし切れ味が落ちたなら、わたしが研げばいい」
わたしは彼女の濡れた髪を撫で、その瞳を見つめる。
「何度だってメンテナンスしてあげる。何度だって新品以上に輝かせてあげる。……だから、自分を卑下しちゃ、めっ、だよ」
「主……! んっ!」
キリカが、耐えきれなくなったのか、わたしの唇に口づけしてきた。
拒みたくなかった。
わたしはそれを受け入れる。
「んっ……」
唇を通じて、わたしの魔力と、想いが流れ込んでいく。
冷え切っていた彼女の体が、内側から熱を帯びていくのを感じる。
それは、使い込まれた道具が、持ち主の愛を受けて新たな価値を宿す儀式。
その時だった。
『個体名:キリカとの親愛度が上限突破しました』
『称号【骨董品】を獲得しました』
システムログが流れ、キリカの体が淡い金色の光に包まれた。
……骨董品。
アナの時にもあった。
リサイクルショップで、丁寧に手入れした物は、好感度と、こうして骨董品へ進化するのである。
「……あ……熱い……力が、溢れて……」
キリカが自分の手を見つめる。
その右手の甲に、変化が現れていた。
まるで焼き付けられたかのように、黄金の「刻印」が浮かび上がっていたのだ。
剣を模したような、幾何学的な紋様。
それが、心臓の鼓動に合わせて、呼吸するように輝いている。
「これは……?」
キリカが驚いたように刻印に触れる。
わたしには直感的に分かった。
それは、長い時を経て価値を高めた骨董品にのみ許される、真正なる名品の証――『刻印』だ。
……アナには刻まれてなかった?
いや、多分見えない部分にはあったんだろう。胸元とか。
「試してみなよ。今の君なら、できるはずだ」
わたしに促され、キリカは地面に落ちていた剣を拾い上げる。
柄を握った瞬間、右手の甲の刻印がカッと強く輝いた。
「……ああ、覚えてる。あいつの動きが……あいつの速度が、ボクの体の中に焼き付いてる!」
キリカが構える。
その構えは、先程までの彼女のものとは違っていた。
重心を低くし、爆発的な加速を生み出すための前傾姿勢。
それは、ついさっき戦った強敵――ソクザ・ニ・キエリュウの構えそのものだった。
「――【技巧再現】」
シュンッ!!
音が置き去りにされた。
次の瞬間、キリカの姿は数メートル先の木々の後ろにあった。
雨粒すら斬り裂く、神速の踏み込み。
それはまさしく、彼女を苦しめた竜人の速度だった。
「すごい……。敵の技術を『回収』して、自分のものにしたのか」
リサイクル能力の応用。
戦った相手の力を資源として再利用する、最強の学習能力だ。
「主……」
キリカが戻ってくる。
その顔には、もう迷いも不安もなかった。
右手の刻印が、誇らしげに輝いている。
雨上がりの月の光を浴びて、彼女は今まで以上に美しく、神々しく見えた。
「ありがとうございます。……この身が砕けるまで、私は貴方の剣であり続けます」
どうやら、わたしの剣聖は、ただの名刀から、国宝級の業物へと進化したようだ。
骨董品としての価値が上がれば、この刻印もさらに変化し、新たな力を宿すかもしれない。
まあ、それは二の次だ。
キリカが元気になってくれて、それが……一番うれしかった。
「さ、かえろっか」
「はいっ」
わたしは彼女の手を取って拠点へと歩き出した。
【おしらせ】
※1/30(金)
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