39.大家族との日常と、異界からの漂流者
チュンチュン、と小鳥のさえずりで目が覚める。
「ふぁああ~……ふかふかだぁ~……」
わたしは、ふかふかのベッドから身を起こそうとして……できないことに気づく。
……あれ?
何か、柔らかくていい匂いのするものが、わたしを抱きしめているような?
「はぁ……はぁ……♡ リオン様、おはようございます♡」
「あー……今朝はアナか。おはよう」
「はい♡ 本日の朝の『リオン様当番』は、アナでございます」
元奴隷たちが仲間に加わってから、半月ほどが経過しようとしていた。
ここでの生活について、わたしたちはだいぶ慣れてきた。
そして、ある習慣ができていた。
たとえば、この『リオン様当番』。
これは、どうやらSSR家臣たちの間で(わたしに黙って)決めた習慣らしい。
『その日、一日、リオン様のおそばにいて、お手伝いをする(エッチなことも可♡)』
という当番なんだって。
いや、エッチなことは許可してないよ、わたし……。
朝の光がレースのカーテン越しに差し込んでいた。
わたしの隣には、美しいメイドさん。
そして、綺麗に整頓された……室内。
ここ最近で、屋敷の中は見違えるほど綺麗になった。
わたしの【商品修繕】と【仕様変更】、そして鍛冶師のトールの力で、ボロボロだった廃屋は、今や王都の貴族も羨む豪邸へと生まれ変わっているのである。
「よいしょ……」
「さ、リオン様。脱ぎ脱ぎいたしましょうね」
「良いって言ってるのに、はーあ……」
わたしがベッドの前に立つと、アナは喜々として、わたしのパジャマを脱がす。
別に、着替えは自分でできる。
でも、アナってば(他の家臣たちもだけど)、絶対に着替えは自分でやらせてくれないんだ。
「自分たちの仕事を奪らないでください!」だって。
……でも。
「アナ、胸をさするのやめて。くすぐったいから」
「あら、失礼♡ 手が滑りました♡」
「違う、わざとでしょ?」
「ふふ……♡ さぁどうでしょうか♡」
……この通り、着替えと称してセクハラをしてくるのだ。
まったくもー。
しかもリオン様係じゃない家臣たちも、日常的にセクハラしてくるから、困ったものですっ。
「はい、お着替え完了です♡ 今日もキュートです♡」
「ありがとアナ」
着替えを終えたわたしは、窓を開け、屋敷の外を見下ろす。
そこには、活気ある朝の風景が広がっていた。
中庭には、餓狼団のロジャーお婆ちゃんと、元奴隷クルーたちが、洗濯物を干している。
その数、圧巻。
60人分の白いシーツやシャツが、何列にも渡って張られたロープに吊るされ、朝の風にパタパタとはためいている。
まるで、白い万国旗みたいだ。
その横では、子供たちがラジオ体操をしている。
「みんな、早いなぁ」
現在、わたしたちのメンバーは、かなりの大所帯になっている。
まずは、頼れるSSR家臣たち。
執事のアナ、護衛のキリカ、鬼聖女の桜香、戦闘隊長のガラ、航海士の真魚美、そして建築士のトール。
さらに、トニーたちゴミ拾いの少年隊が10人。
ガラが率いる戦闘部隊「餓狼団」が15人。
そして、先日加入した元奴隷のクルーたちが30人。
しめて、総勢61名。
ちょっとした村くらいの規模だ。
わたし一人じゃ、面倒見きれない数。
でも今は、たくさんの、頼りになる味方がいるから、色々回っていけている。
わたしの体は8歳、戦闘なんてできないし、掃除洗濯でも足を引っ張ってしまう。
だから……。
「よーし、今日も稼ぐぞ!」
◇
朝食を済ませると、それぞれの班が仕事に取り掛かる。
「リオン様! 見てよこれ!」
トニーたちが、大小様々なガラクタを抱えて走ってくる。
彼らの仕事は、廃棄都市の安全なエリアでのゴミ拾いだ。
「今日は古い魔道具を見つけたんだ! これ、高く売れる?」
「おっ、いい仕事したねトニー! これなら……トールー!」
わたしは鍛冶師のトールに、魔道具の残骸を見せる。
「なるほどのぅ、熱風を出す魔道具か」
「直りそう?」
「わしを誰だと思っておる? こんなの魔力回路を少しいじれば……」
屋敷の作業場にて、トールが古い魔道具を直す。
無論、【商品修繕】を使えば、直すことは可能だ。
だが、それをしてしまうと、リサイクルショップスキルでの【買取】ができなくなってしまう。
また、自分のRPを無駄に消費してしまう。
こんな風に、少し壊れているもの、手入れすれば直るものは、トールに任せている。
そうすれば、RPを節約できるし、選択肢に【買取】が増えるのだ。
「おっし、完成じゃ! 熱風の魔道具。まあ、これなら良い値段が付くじゃろうて」
わたしが触れると、魔道具が光に変わる。
『10000RP確保しました』
うん、やっぱり良い値段!
最近分かったけど、ゴミをただ買うより、こうして手入れしてから買取したほうが、高いポイントが付くみたいだ。
トールが仲間になったことで、本当に色んなことができるようになり、ポイントを稼ぐ効率も上がった。
一方、森の方からは勇ましい声が聞こえてくる。
「オラァ! 気合入れろ野郎ども! 今日はホブゴブリンの巣を叩くぞ!」
「「「ういっす!!」」」
ガラ率いる餓狼団は、周辺の魔物狩りと警備を担当している。
彼らが魔物を倒せば、素材が手に入るし、地域の安全も確保できる。
素材をRPに変えることも、素材を元に武器や防具などを作ることもでき、またそれらを元手に交易することも可能だ。
そして、ドックの方では。
「みんな~、網を引くよ~! せーのっ!」
真魚美の指揮でクルーたちが漁をしている。
完成したドックのおかげで、大型の漁船も運用できるようになり、漁獲量は飛躍的に上がった。
ゴミ拾い、魔物狩り、漁業。
61人がそれぞれの得意分野で働くことで、一日で数万ポイントが安定して入ってくるようになった。
まさに、順風満帆だ。
◇
その日の夕食は、食堂で全員揃っての宴となった。
メニューは、獲れたての魚のソテーと、【仕様変更】で作った菜園の野菜たっぷりスープ。
「うめぇぇぇ!」「こんなご馳走、腹いっぱい食えるなんて……」「ここに来てよかったぁ」
元奴隷のクルーたちが、涙目でパンを齧っている。
みんなの笑顔を見ていると、頑張ってよかったなと心から思う。
「魚と野菜は安定してきたね」
わたしがスープを飲みながら言うと、隣でジョッキを傾けていたトールが髭を拭う仕草をした。
「うむ。だがリオンよ、贅沢を言うなら……そろそろ『肉』が欲しいのう」
「肉?」
「おうよ! ドワーフとしては、骨付き肉にかぶりつきながらエールを飲みたいもんじゃ!」
「あー、わかる! ジューシーなお肉、食べたいよねぇ」
真魚美も目を輝かせて同意する。
確かに、魚ばかりだと飽きる。
牧畜をするか、あるいは肉の交易ルートを開拓するか……。
そんな「次の夢」を語り合うのも、楽しい時間だ。
そんな時だった。
ガラがふと思い出したように口を開いた。
「そういやご主人様。最近、海流が変わったせいか、『漂流者』の噂を聞くぜ」
ん……?
「漂流者?」
なんだそれ……?
初めて聞くな……。
「なぁに漂流者って」
「この死滅海には、稀に『異界』から流れてくる者がいるらしい。……たいていは死体か、船の残骸だが、ごく稀に生きて辿り着くしぶとい連中もいるとか」
桜香が静かに頷く。
「ええ。異界の知識や、奇妙な道具を持って現れるそうです。……あまり関わらない方が良いかと」
トールが鼻を鳴らす。
「ふん。どうせロクな連中じゃなかろう。異界の力をひけらかして、暴れる輩もいると聞くしな」
「ふぅん……」
異界、か。
僕みたいな「転生者」以外にも、この世界に迷い込んでくる「転移者」がいるのかもしれない。
まあ、うちには関係ない話かな。
その時は、そう思っていた。
◇
翌朝。
わたしは日課の海岸清掃――という名の素材集めをしていた。
「ん……? なんだこれ」
波打ち際に、見慣れないものが漂着していた。
透明な筒状の容器。鮮やかな色のビニール袋。
異世界の「ゴミ」ではない。
これは……ペットボトルと、スナック菓子の袋だ。
「まさか……」
さらに、波間をプカプカと漂う茶色い箱。
わたしはそれを拾い上げ、側面に印刷されたロゴを見て息を呑んだ。
黒い矢印がスマイルマークのように描かれたロゴ。
『KAmizon』
「カミゾン……?」
日本にいた時、よく使っていた通販サイトに酷似している。
いや、名前がちょっと違うけど、この過剰梱包な段ボールの質感は間違いなく「アレ」だ。
その時だった。
ドルルルルルルッ!!
静かな朝の海を切り裂くような、下品な爆音が響き渡った。
沖合から、白い水飛沫を上げて一隻の船が近づいてくる。
帆船じゃない。
白い流線型のボディを持つ、現代のクルーザーだ。
「おいおい! ここ、いい場所じゃねーか!」
甲板には、迷彩服を着た男たちが数人。
彼らは手に缶ビールを持ち、飲み干すと同時に、海へ「ポイッ」と投げ捨てた。
昨夜の「悪い予感」が、最悪の形で的中したようだった。
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