38.分からされた捨てられ女ドワーフは、今晩、最高傑作《あかちゃん》作ろうとする【Side:トール】
【Side:トール】
わしはトール・クラフト。女ドワーフだ。
場所は、つい先ほど完成したばかりのドック。
その食堂で、ドック完成、および新しい仲間が加わったということで、祝いの宴が開かれていた。
新鮮な魚の料理に、リオンがどこからか調達してきた酒。
元奴隷のクルーたちは、涙を流して飲み食いし、どんちゃん騒ぎをしている。
リオンが連れてきた家臣も加わり、盛大な、それでいて楽しい宴が繰り広げられていた。
「……ふん。騒がしい奴らじゃ」
わしは喧噪から少し離れたテーブルで、一人、盃を傾けていた。
口に入れた瞬間、高級果実のようなフルーティな香りが広がる。
しかし、舌にベタベタとした甘さを感じさせない。
するり……と酒が喉を通っていく。
えぐみも、苦みもない。
さりとて、飲むと体が芯から、かぁ……と熱くなる。
……なんと美味い酒だろう。
こんな上物があるとは。廃棄都市ではお目にかかれないものだ。
……おそらく、リオンがごみの中から見つけて、そして奴の持つ力で、再生したのだろう。
奴の言葉を借りるなら、リサイクル、したんだろうな。
こんなスクラップ同然だった、わしと……同様に……。
「…………」
わしは盃を置き、自分の右手を見つめた。
5本の指。
動く。握れる。熱を感じる。
かつて失われ、二度と戻らないと諦めていた職人の命。
「……夢のようじゃな」
酔いが回ったせいか。
わしは、忌まわしい過去を思い出していた。
◇
かつて、わしには「神」と崇める師がいた。
帝国宮廷筆頭鍛冶師、ゴルドガンツ。
国一番の腕を持ち、わしにとっては親であり、目標であり、世界の全てじゃった。
孤児のわしを拾い、食べさせてくれただけでなく、生きていくための術として、鍛冶の技術をたたき込んでくれた。
『トール。お前は天才だ!』
師匠はいつもそう言って、わしの頭を撫でてくれた。
わしは嬉しかった。わしは、孤児だった。でもそれは、別に親が死んだとかではない。
わしは、帝国のスラムに捨てられておった。
それはつまり、親に要らない子扱いされたということだ。
……そんな不要なわしを、拾って育ててくれた、師への恩を、少しでも返したかった。
だから、わしは師匠の役に立ちたくて、師匠に認められたくて、来る日も来る日も鉄を打った。
不要だと捨てられたわしに、価値を見いだし、褒めてくれた、師匠のために。
寝る間も惜しみ、血を吐くような努力をして……わしは、ある一つの剣を完成させた。
それは、王家に献上するための剣だ。
師匠との競作だった。
わしと師、それぞれ剣を作り、出来の良い物が王の剣として納められる。
師匠と競い合うことに、抵抗がないわけではなかった。
だが、わしは確信していた。
師匠ならば、たとえ万一勝ったとしても、きっと、「よくやった」と褒めてくれる。
そう信じていた。
それに、わしは示したかった。
超えたかった、師匠を。
それこそが、最高の親孝行になると。
あなたが育てたことで、自分が立派に成長できたと。
その姿を見せられたら、親である師匠は、きっと……誰より喜んでくれると。
そう思っていた。
そう、勝手に……思っていただけだった。
審査の日、王の前に差し出されたわしの剣は――触れただけで折れる、ボロボロの駄作にすり替わっていた。
「な……!?」
混乱するわしの横で、師匠が……ゴルドガンツが、見たこともない冷酷な笑みを浮かべていた。
『陛下。これはいけませんな。神聖なる儀式を愚弄するとは』
『師匠……!? なにを……これは、わしの剣では……!』
『黙れ! 未熟者が! 才能に溺れ、手を抜くからこうなるのだ!』
師匠がわしを殴り飛ばした。
違う。
……どうして、こうなった。
わしは困惑した。
わしは最高の剣を作ったはずだった。
こんななまくらになるわけがない……。
困惑するわしに、師匠が耳打ちする。
『トールよ。お前は優秀すぎた』
師匠は、わしの耳元で小さく囁いた。
『お前がいると、私が霞むんだよ。……神の座に、二人は要らんのだ』
……その瞬間、わしは理解した。すり替えたのは、師匠だ。
わしが……師匠の剣を超えるほどの傑作を作ってしまったから。
自分の地位が脅かされるのを恐れた師匠が、わしを嵌めたのだ。
わしは捕らえられ、断罪の場に引きずり出された。
刑を執行するのは、師匠だった。
振り下ろされた鉈が、わしの右手を砕いた。
指と共に、わしの心も、誇りも、師匠への信仰も、すべてが泥にまみれて消えた。
神の職人なんて、いなかった。
いたのは、才能ある若芽を摘み取る、醜い老人が一人だけ。
それが、わしの絶望じゃった。
◇
「……あいつは、違った」
わしは顔を上げ、輪の中心で笑っている子供を見る。
リオン・サイハーデン。
あやつは、わしが描いた図面を見た時、なんと言った?
『生意気だ』と怒ったか?
『俺より目立つな』と嫉妬したか?
――ううん、すごいよ! ありがとうっ!
あやつは、笑ったのだ。
わしの才能を、技術を、手放しで称賛し、受け入れた。
そして。
あろうことか、わしの図面を遥かに超える精度で、一瞬にしてこの巨大ドックを具現化して見せた。
嫉妬どころか。
あやつの力は、わしのような矮小な職人が嫉妬する対象ですらない。
理外の力。
ゼロから有を生み出す、創造の御業。
「……本物の、神じゃ」
わしが追い求めていた「神の職人」は、王宮になどいなかった。
こんな世界の吹き溜まりに、いたのだ。
ドクン、と。
わしの腹の底で、熱いものが疼いた。
それは職人としての業であり、同時に……一匹の雌としての本能じゃった。
今のわしでは、逆立ちしてもリオンの「創造」には勝てない。
ハンマーを振るっても、あやつのスキルには及ばない。
だが……わしには一つだけ、あやつが持っていない「機能」がある。
わしは自分の体を抱きしめる。
【商品修繕】によって若返り、完全に復元された、女の肉体。
計算式が、脳内で火花を散らす。
『創造神の遺伝子』×『天才職人の遺伝子』。
この二つを掛け合わせ、わしという炉でじっくりと育て上げれば……?
「……できる」
最強の、最高傑作が。
それは剣でも盾でもない。
わしらの血を引く、最強の「生命」じゃ。
「トール? どうしたの、顔が赤いよ」
不意に、目の前にリオンの顔があった。
心配そうに覗き込んでくる、無防備な瞳。
ああ……なんて美しい素材なんじゃ。
わしはガシッ! とリオンの手を掴んだ。
「うわっ!?」
「旦那様。わしは決めたぞ」
ギラギラとした瞳で、わしは宣言する。
「え、なにを?」
「わしらの『最高傑作』を作るのじゃ。……今晩、さっそく設計図(DNA)の配合実験をするぞ」
「え? なんの話?」
リオンがキョトンとしている。
鈍感な神様じゃ。
だが、逃がさん。
わしはこの人の手足となり、頭脳となり……そして、伴侶となる。
それが、絶望の淵から救い上げてくれた神への、わしなりの「信仰」じゃからな。
「さあ、部屋に行くぞ旦那様! 夜はこれからじゃ!」
「ちょ、トール!? 力が強い! アナ、助け……」
「……リオン様?」
ズゾゾゾゾ……。
背後から、氷点下の殺気が湧き上がった。
ふん、邪魔者が来たか。
だが、職人は諦めが悪いんじゃよ?
わしはリオンの腕に、豊満になった胸をむぎゅりと押し付け、ニヤリと笑った。
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