32.セイレーンの力を借りて、悪人を成敗!
奴隷商人が素っ頓狂な叫び声を上げる。
「あ、ありえねえ! セイレーンだったのかてめえ! なんで隠してやがった……!」
確かに、さっきまで少女は魚人だった。
でも、今はセイレーン……伝説の人魚族になっている。
「どうなってるんだろう。仕様変更したわけでもないのに……?」
「呪いがかかっていたのでしょう」
と、アナが冷静に分析する。
なるほど……捕まった時か、あるいはそれ以前に「醜い魚人の姿になる呪い」をかけられていたのか。
わたしのリペアで呪いがかかる前の状態に戻り、本来のセイレーンの姿を取り戻したわけだ。
そういえば市場調査したとき、正規品じゃないとかなんとか書いてあったね。
あれは、正規の魚人ではない(=セイレーンが呪いで化けたまがい物)って意味だったのかも。
セイレーンのお姉さんが、目を白黒させている。
あまりの事態に、困惑してる様子だ。
「わたしが治したの。今日からよろしく!」
お姉さんはじんわりと、目に涙をため……こくこくとうなずいた。
「……あり、がと」
「うん、どういたしまして」
セイレーンのお姉さんが、ニコッと笑う。
鈴を転がすような、美しい声だった。
うん、良かった。
「その足じゃ歩けないよね。キリカ、抱っこしてあげて」
「……ううん、だい、じょうぶ……だよ」
ぱぁ、とお姉さんの足が光り輝く。
魚のひれだったそれが、みるみるうちに、普通の人間の足になった。
ええー! すご……。
「どうなってるの?」
「……私、海と陸どっちも……歩けるの」
「へえ! そうなんだっ。すごーい!」
「……ううん、すごいの……えと、あなた……だよ。呪いといちゃったの……本当に、すごいもん」
「あ。そういえば名乗ってなかったね。わたしリオン。リオン・サイハーデン。お姉さんは?」
「……私、真魚美。……真魚美、だよ」
「真魚美ね。よろしく!」
「……うん、リオン……ちゃん♡」
ちゃんって。うーん……まあいいか。まなみよりわたし年下だし。
仲間が増えて、自己紹介も済ませて、一息ついたそのときだった。
「お、お客様ぁ~……ちょぉっと待ってくだせぇ~……」
揉み手をしながら、商人がジリジリと近づいてくる。
その目は、金欲に濁りきっていた。
「へへ……旦那ぁ。いやお嬢ちゃん。話が違いやすぜ? そいつはゴミじゃねえ、伝説のセイレーンだ。金貨10枚? 冗談じゃねえ。追加で払ってもらわねぇと……割に合わねえなぁ?」
……なにそれ。
真魚美の価値が上がったから、その分のお金を寄越せ……?
「真魚美の価値は変わらないし、最初からゴミじゃあないから。これ以上は払う気はないよ」
「それは困りますぉ……! 支払ってもらえないなら……代わりのものでも……そうですねぇ、そちらの美女三人と物々交換どうですぅ? それなら代金は追加でいただきませんよぉ……ぎゃはは!」
……あー、駄目だ。
わたしの頭の中で、何かがプツリと切れる音がした。
あんまり、事を荒立てる気はなかった。
領主に就いたばっかりだし、揉め事はいけないと思った。
でも駄目だった。
アナとキリカ、そしてガラ。
わたしの大事な家臣を、あろうことか、こいつは【物】と言ってきた。
ただの交換材料として、家臣を侮辱してきたのだ。
それはもう、駄目だ。許せなかった。
わたしは拳を固く握りしめる。
殴ってやりたい。でも、領主のわたしが手を上げていいものか。
迷い、震えるわたしの肩に、そっと大きな手が置かれた。
「待った、ご主人様」
「ガラ……止めないで!」
「いーや、違う。命令しな、アタイに。やっちゃえって」
ガラはニヤリと笑っていた。
その目は語っている。
『ご主人様の手を汚す必要はねえ。汚れ仕事は、アタイの役目だ』と。
……ああ、そうか。
彼女は、わたしの代わりに怒ってくれているんだ。
領主としての品位を守りつつ、わたしの怒りを代弁してくれようとしている。
ありがとう、ガラ。
頼もしいよ、本当に。
「ガラ。やっちゃえ!」
「おうよ! 死ネごらぁ!」
バキィイイイイイイイイ!
ガラの重い拳が、商人の顔面にめり込んだ。
鈍い音と共に、商人の体が見事に宙を舞う。
「ぐええええええええええええええええ!」
ボールのようにぶっ飛んでいく商人。
テントの布を突き破り、外のガラクタの山へと消えていった。
「ご主人様は、ちゃんとてめえが提示した金で買っただろうが! 後から価値があるって気づいて、今更金むしり取ろーとすんじゃねーよ!」
ガラの怒号が、スラム街に響き渡る。
「ありがと、ガラ」
「礼なんて不要さ。アタイもちょうど、この糞野郎をぶんなぐりてえって思っていたとこだったしよぉ……」
ポン、とガラがわたしの頭を撫でる。
「また殴りてーことあったら、アタイに言いな。あんたの手は、人を殴る《こんなこと》に使う手じゃあねえよ」
「うんっ!」
さて、ぶっ飛ばされた商人はというと……。
鼻血を垂らしながら、ふらふらと立ち上がっていた。
その目には、怒りの炎が燃えてるのがわかった。
「て、てめえら……よくもやりやがったなぁ! 野郎ども!」
商人の叫びと共に、テントの陰や裏路地から、ぞろぞろと柄の悪そうな連中が現れた。
ボロボロの革鎧を着て、薄汚れた布を頭に巻いた男たち。
手には、錆びた剣や釘バットのような棍棒、さらにはチェーンなどが握られている。
スラムの自警団というよりは、ただのゴロツキ集団だ。
「このガキを再起不能にしてやれ!」
「「「「…………」」」」
ピクッ、と家臣たちが一斉に反応する。
「そこの女どもも痛めつけて、おれらに逆らえないようにしてやるんだ……!」
むしろ、みんな今の発言より、さっきの、わたしへの「ガキ」発言や「再起不能」という言葉に……ブチ切れてるように思えた。
キリカが、無言で剣の柄に手をかける。
アナが、扇子をバキッとへし折る。
グーラが、舌なめずりをしながら前へ出る。
ガラが、ポキポキと指を鳴らす。
ゾロゾロ、武装した男たちが近づいてくる。
「……コロス」
「……はらわたぶちまけてやる」
「……その首もいで並べてやらぁ……」
「……獄門じゃ、磔刑じゃ、釜茹でじゃぁ……!」
家臣全員(いつの間にかグーラも人間姿)が、全員、ハイライトの消えた目で、男たちに襲いかかろうとする。
え、それはまずい。
「待って、殺すのは駄目だよ!? 一応領民だからこの人らも!」
「「「「ぶっ殺……!」」」」
素無視!?
ねえ、ぶっ殺すってこと!?
辞めてって言っても、みんな止まらない。
わたしがみんなの腰にしがみついても、そのままズルズルと引きずられていく。
もう完全に、狂犬、暴れ牛、そんな感じだ。
だ、だめだぁ~! 誰か止めてぇ~!
「……リオン、ちゃん」
「真魚美? どうしたの?」
「……止めれば、いいんだよね。争い。血を流さず」
「うん……できるの?」
「……うんっ。まか……せて!」
真魚美は頷いて、目を閉じ、胸の前で手を組む。
彼女が大きく息を吸い込むと、周囲の空気が清浄なものに変わった気がした。
「……♪~~~♪」
彼女の口から紡がれたのは、言葉ではなかった。
歌だ。
透き通るような、それでいて心の奥底まで染み渡るような、優しい旋律。
【癒やしの歌】。
なんて……気持ちいいんだろう。
歌声が波紋のように広がり、わたしの心を撫でていく。
さっきまで商人に感じていた怒りや、暴力への恐怖が、スーッと溶けて消えていくようだ。
ただ、穏やかな春の海に揺られているような、そんな安らぎ。
「わたくしは何を?」「なんか、ついカッとなってたような……」「なんかすんげえ体の調子良くなったわ」「うむ、食べ過ぎてもたれてた胃が治ったのじゃ」
みんな、殺気が消えて、ポカンとしている。
一方で……。
「く、おいてめえらぁ……なにやってんだ、ぶっ殺せよぉ~……」
商人は、完全にその場にへたり込んでいた。
他の怖い人たちも、武器を取り落とし、恍惚の笑みを浮かべて地面に座り込んでいる。
敵意そのものを、歌で溶かされてしまったのだ。
「今の……真魚美の?」
「……うん♡ セイレーンの歌には、チカラ……あるの。癒やしたり、眠らせたり、元気にしたりできるの」
「歌による全体バフデバフができるんだっ。すっごーい!」
「……えへっ♡ リオンちゃんに……褒められちゃった♡ あは♡」
笑うと可愛い~。
守られるだけじゃない、すごい即戦力だ。
「くっ……わたくしと能力が少しかぶってます……!」
アナが対抗心を燃やしている。
いや、相手に強制的に言うことを聞かせる能力と、歌でデバフやバフをかける能力とじゃ、違うような気がするけどね。
さて……と。
「ひぃ……命だけは~……」
逃げようとする商人。
家臣たちの殺気は消えたが、それでもまだビビっているのだろう。
「命は取らないよ。その代わり……君を無許可営業で、騎士に突き出す」
「き、騎士が果たしてガキの言うことを聞くか……」
「聞きますよ」
と言って、アナが懐から、一枚の巻物を取り出す。
「この、王紋付き任命書が目に入りませんか?」
どこの水戸のご老公様だろう……。
アナの取り出したのは、わたしにこの地の領主を任せると書いてある、王家の署名入り任命書だ。
「じゃ、じゃあこのガキ……いや、お子様が……」
「うん。リオン・サイハーデンです。領主の言葉なら、騎士も耳を貸してくれるでしょ?」
「す、すみませんでしたぁ! 領主様とはいざ知らずぅう! とんだご無礼をぉ!」
商人が、地面に頭をこすりつける勢いで土下座する。
「うん、もう謝っても遅いからね。君のやったことは無許可営業、そして……殺人未遂だから。ちゃんと罪は償ってきてください」
わたしは冷たく言い渡す。
商人は、ガックリと項垂れ、魂が抜けたようになっていた。
自業自得だ。
【作者からお願いがあります】
少しでも、
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