03.拾ったゴミは、国一番の美少女(SSR)でした
館の裏手に出ると、そこは地獄のような光景が広がっていた。
ズズズゥゥン……バシャァァァン!
鉛色の波が、岩場に激しく叩きつけられている。
ここが、生きとし生けるものを拒む海――『死滅海』だ。
鼻を突くのは、強烈な磯の香りと、鼻の奥がツンとするような薬品の刺激臭。
海面から立ち上る飛沫には微量の呪毒が含まれていて、普通の人間なら吸い込むだけで気分が悪くなるだろう。
「うぅ、臭いなぁ……。でも、お宝のためだもんね」
わたしは鼻をつまみながら、マップが指し示す砂浜へと降り立った。
そこには、波打ち際に打ち上げられた「ボロ雑巾」のような物体が転がっていた。
「うわぁ……」
近づいてみると、それは人間だった。
豪奢なドレスを纏った、長い髪の少女だ。
だが、その状態は悲惨の一言に尽きる。
ドレスは海水を吸って重く張り付き、露出した肌は酸性の海水で赤く爛れている。
何より、顔が怖すぎた。
右半分がどす黒い「あざ」のようなもので覆われ、腐った果実のようにドロドロに溶けかけているのだ。
前世のホラー映画でも、ここまでの惨状は見たことがない。
「ひっ……! こ、これ、死んでるんじゃ……?」
わたしは思わず、その凄惨さに半歩後ずさった。
SSRの反応があったから来たけれど、これはもう手遅れな産業廃棄物(死体)にしか見えない。
でも、もし万が一、まだ息があったら――。
わたしは恐る恐る、彼女の濡れた肩に指先で触れた。
「ね、ねぇ。生きてる?」
ピロンッ♪
その瞬間、軽快な電子音が鳴り響いた。
さっきの【市場調査】のターゲット補足が完了した合図だ。
すると、彼女の上に浮かんでいた赤いマーカーが展開し、詳細な商品情報として勝手にウィンドウが開かれた。
「えっ? うわ、びっくりした……勝手に出るんだ」
わたしは目の前に割り込んできた文字列に目を丸くし――そこに書かれた内容を見て、さらに驚愕することになる。
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【品名:元公爵令嬢アナスタシア】
【レア度:SSR】
【状態:瀕死、腐食、呪い(美貌の喪失)】
【経緯:冤罪により婚約破棄され、絶望し投身自殺→漂着】
【買取価格:0 RP(ジャンク品のため買取不可)】
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「……えっ?」
公爵令嬢?
このボロボロの人が?
わたしの頭の中で、そろばんを弾く音が鳴り響く。
公爵令嬢……つまり、超エリート教育を受けた貴族様ってことだ。
領地経営には、計算や書類仕事ができる「事務員」が絶対に必要だ。
でも、こんな辺境に来てくれる文官なんていない。
それが、ここに落ちている。拾えばタダだ。
「問題は、修理費だけど……」
わたしは恐る恐る、彼女を直すための見積もりを出した。
【商品修繕費用:5000 RP】
「ご、5000ッ!?」
わたしは驚愕のあまり、砂浜でのけぞった。
さっき必死にゴミ拾いをして稼いだ全財産が5800RP。
そのほとんどが一瞬で消えてしまう額だ。
普通なら諦めて、そのまま海に返却するところだろう。
でも、わたしはニヤリと口角を吊り上げた。
「高い。高いけど……新品の『公爵令嬢』を雇う契約金だと思えば、破格の安さだよね!」
金は使うためにある。
ここでケチるようなら、最強の領地なんて作れない。
「よし、商談成立(お買い上げ)!」
わたしは少女の、冷たくなったに手をギュッと握りしめた。
そして、ありったけの魔力とポイントを込めて叫ぶ。
「――【商品修繕】ッ!!」
カッッ!!
直後、わたしの手から眩いばかりの光が溢れ出した。
それは慈愛に満ちた聖なる光――ではなく、もっと無機質で、幾何学的なエフェクトの光だ。
ヴィィィィン……!
光が少女の身体をスキャンするように走る。
その軌跡を追うように、奇跡が起きた。
肺に溜まっていた海水が強制的に排出され、酸で焼け爛れた肌が、一瞬で白磁のような滑らかさを取り戻す。
そして、彼女の人生を狂わせた顔面の「呪いのあざ」が、まるでこびりついた泥汚れを洗浄するかのように、パリパリと剥がれ落ちて光の粒へと消えていった。
数秒後。
光が収まった砂浜には、この世の物とは思えないほどの美少女が横たわっていた。
月光のように輝く銀髪。宝石のように整った目鼻立ち。
ボロボロだったドレスまでもが、新品のようにフリルを取り戻し、ふわりと風に揺れている。
「ん……ぁ……?」
少女の長いまつ毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれた。
アメジストのような紫色の瞳が、ぼんやりとわたしを捉える。
「わたくし……死んだ、はずじゃ……」
「おはよ、お姉ちゃん。生きてるよ」
わたしは屈託のない笑顔で、彼女の顔を覗き込んだ。
少女はハッとして起き上がり、自分の手や身体を触って確認する。
痛みがない。寒くない。それどころか、体が羽のように軽い。
そして、恐る恐る自分の頬に手を触れ――息を呑んだ。
「あ……嘘……消えている……?」
凸凹していた呪いのあざの感触がない。
指先に触れるのは、ツルツルとした陶器のような肌の感触だけ。
彼女は震える瞳で、目の前に立つ小さなわたしを見つめた。
「貴方様が……治してくださったのですか? こんなどこにも行けない、汚れた私を」
「うん。わたしが直したんだよ」
わたしは胸を張り、リサイクルショップの店長として堂々と宣言した。
「リサイクルショップのルールだよ。捨てられたものは、拾った人のもの。だから――」
わたしは彼女の目の前で、人差し指をビシッと突きつけた。
「今日からお姉ちゃんは、わたしのモノ(部下)ね!」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
絶望の淵で死を選び、誰からも必要とされなかった命。
それを拾い上げ、「自分のものだ」と言い切ってくれたことが、何よりも嬉しかったのだろう。
彼女はその場に跪くと、深く頭を垂れた。
「……はい。我が主」
彼女の声は震えていたが、そこには確固たる意志が込められていた。
「この救われた命と身、すべて貴方様に捧げます。……これよりこのアナスタシア貴方様の剣となり盾となりましょう」
「あ、剣とか盾はいらないから、とりあえず『計算』と『書類整理』をお願いね!」
「……は?」
キョトンとする彼女の手を引き、わたしは歩き出した。
よし、これで優秀な秘書(事務員)ゲットだ。
わたしの領地改革は、まだ始まったばかりである。




