27.幽霊船を「修理」したら、幽霊が成仏しちゃいました
わたしたちは、リサーチを使って、レア(おそらく)なアイテムを回収しに向かった。
わたしたちがいるのは、領主の館からほど近い場所にある海、死滅海。
そこは、この世の終わりのような光景だった。
海面は黒く濁り、白い泡が不気味に浮いている。打ち寄せる波には、生物の気配が全くない。ただ、朽ちた流木や、どこからか流れ着いた瓦礫が、浜辺を埋め尽くしているだけだ。
鼻を突くのは、腐った海藻と、濃すぎる塩の匂い。
「相変わらず汚い海だな」
キリカが鼻をつまむ。
「そういえば、主よ。どうして死滅海で塵拾いさせないのだ? 少年たちに」
「そりゃ危ないからね。波にのまれたらさ」
海流が速いうえに、渦潮がいくつもある。
いつ、高い波にさらわれて、海に引き込まれるかわからない。
だから、なるべく海には近づけたくないのだ。
「子供たちの安全第一」
「主は……くっ、立派だ。自分もまだ八歳だというのに」
「本当に……リオン様は慈悲深いお方ですわ」
アナがうっとりとわたしを見つめる。
いや、単に危ないからなんだけどね。
さて、と。
リサーチ結果だと、凄いお宝(の原石)は、この辺りにあるはず。
「む? なんだ、あれは?」
「船……ですかね」
わたしたちが見やる先には、なるほど、巨大な船があった。
三本のマストを持つ、古い木造ガレオン船だ。
しかし、その姿は無惨だった。船体は真ん中から折れ曲がり、マストはへし折れ、船腹には大穴が空いている。フジツボと海藻に覆われたその姿は、まるで海から這い上がってきた巨大な亡骸のようだ。
「幽霊船みたいだね。それにしてもでっかい」
「船……ということはっ、お宝が眠ってるのではないかっ?」
キリカがワクワクしながら言う。
確かに、捨てられた船には、お宝ってお決まりだもんね。
あれ、それを言うなら沈没船か?
「主よっ、さぁ行こう! お宝があそこに眠ってるぞっ」
「ワクワクしてる?」
「それはもちろんだっ。だって主が宝を見つけるのに貢献したら、ま、またご褒美がもらえるだろう……? ぐへへ……」
そっちかぁ。
まあ、別に嫌じゃあないけど。
時たま、キリカは危ないんだね。
目を暗く、それでいてギラつかせながら、なんかいやらしい手つきで触ってくるし。
「…………」
「アナ? どうしたの?」
さっきから、アナの口数が少ない。
見ると、ちょっと青い顔をしていた。
「もしかして……」
「そんなまさか幽霊が怖いだなんて思ってませんよっ!」
声、でっか。
そっかー、幽霊が怖いんだ。
「可愛いとこもあるんだね」
「……い、意地悪言う子は、あとで言霊を使って、教育しちゃいますからね! 泣いて、もうやめてって言っても、絶対にやめないですからね!」
アナのちょっと可愛い一面、見られたのだった。
◇
わたしたちは難破船の中に入ってみることにした。
中に、お宝(の原石)がある可能性大だからねっ。
船内は酷いありさまだった。
腐った床板は踏むたびにギシギシと悲鳴を上げ、天井からは海水が滴り落ちてくる。壁にはカビがびっしりと張り付き、空気そのものが湿って重たい。
どこからか、ヒューヒューと風が吹き抜ける音が、まるで亡者のうめき声のように聞こえる。
アナは、ずっとわたしにくっついている。
というか、アナはわたしを抱っこしている。
「お、下ろして……自分で歩けるよ」
「駄目です! 何かあったらどうするんですかっ!」
わたしに何かあったら、という意味ではないだろう。
何か出たときに、怖いって言いたいのがバレバレだ。
いつも冷静なアナ。
最初期は結構ポンなところあったけど、それはメイド業が慣れてなかったからだと思う。
色々慣れてきた今は、元の教養の高さもあって、完璧なメイドをやれてる。
冷静に、サポートをしてくれている。
……でも、そんな彼女は、現在身体を小刻みに震わせていた。
わたしをぎゅーっと、まるでお守りのように、抱きしめている。
「いいなぁ~。ボクも主を抱っこしたい……。合法的にえっちぃことできるし……」
「キリカ! 貴女はちゃんと! 周囲の警戒っ。魔物が中に潜んでいるかもしれないんですからね!」
「それはないだろう。絶対。魔物の餌がこんなとこにあるわけないし」
キリカ、それ、フラグっていうんだよ……?
ちょっと不安だ。
「アナ、下ろして」
「離れないでっ!」
「うん、離れないよ。ただ……なんだか嫌な予感もするし」
「嫌な予感……? 魔物ってことですか? でもさっきキリカが出ないって」
「うん。普通の魔物は出ないかもってこと。アナ、戦闘準備。キリカも」
キリカが魔剣を抜く。
アナはビクゥ! と身体を震わせる。
「な、何かいるのですか?」
「わからない……けど、なんか……変な音するし」
オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
「魔物の唸り声?」
「か、かかか、風か何かでしょうっ」
アナが今にも泣き出しそうだ。
こりゃ戦えないかも。
すると。
壁や、天井から、ヌゥ……っと、何かが這い出てきた。
半透明の体。ボロボロの服。眼窩の奥で赤く光る瞳。
海賊帽を被ったそれらは、壁をすり抜け、床から生えるようにして、次々と姿を現した。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああ!」
淑女らしかぬ、大きな悲鳴を上げるアナ。
「幽霊ぃいいいいいいいいいいいいいい!」
「なるほど、ゴーストシップってことだったのか」
キリカは冷静に、剣を構える。
「悪霊、だな。しまった、聖水の準備がない。倒すのは不可能だぞ」
「で、で、では逃げましょう! 逃げるのです! さぁ早く!」
プルプル。
生まれたての子鹿のように、震えるアナ。
完全に腰が抜けてるみたい。
「ガイアス流剣術奥義、【空牙突】!」
キリカが猛スピードで走り、剣を突き出す。
魔剣から放たれた衝撃波が、狭い通路を駆け抜け、悪霊たちを吹き飛ばした。
壁ごとえぐり取るような威力だ。
「やりましたのっ!?」
「まだだ。というか、追い払うことはできても、倒すことはできないぞ。聖水がないとな」
ワラワラと、また幽霊が集まってくる。
キリカが剣で追い払う。
けど、幽霊たちは執拗に、わたしたちにまとわりついてくる。
まるで、何かを訴えるように。
「……幽霊たちは、一体どうして、わたしたちを襲ってくるんだろ」
「魔物だからですよぉ!」
そう……かなぁ?
幽霊って、たしかこの世に未練があるから、いるんだよね。
未練ってなんだろう。
すると。
「いかん! 一人討ち漏らしたっ!」
キリカの横を、一人の幽霊が通り抜けてくる。
アナがわたしを守りに入ろうとする。
「ふぎゃ!」
アナが、足を滑らせる。
床が海藻でぬめっていたからだろう。
「リオン様! 逃げて!」
幽霊は、わたしのそばまでやってきた。
そして、襲うわけでもなく、耳元で囁く。
『……この船は、俺たちの宝。ぜってえ渡さねえ……』
「……え?」
キリカがブンッ! と剣を振る。
幽霊が消える。
でもまた煙のように集まって、わたしたちを見下ろす位置にいた。
「今……船は渡さないって」
「この船に乗って死んだ幽霊なのだから、当然ではないかっ?」
「そうだよね……」
でも、今のでわかった。
やっぱり、自我が、ある、人たちなのだ。
人だ。
なら……言葉が通るかもしれない。
それに……ここは、この人たちの大切な、家かもしれない。
怒られるべきは、どっちだ?
「キリカ、剣を収めて」
「何を馬鹿なことを!」
「キリカ。言う通りにして」
「……わかった」
ちょっと強い言い方だったかな。
反省。
でも、わたしたちのほうが悪いことをやってるんだ。
「初めまして。わたしはリオン・サイハーデン。この土地の領主だよ。勝手に家に入り込んで……ごめんね」
ペコッ。
わたしは深々と頭を下げた。
「いきなり何を言い出すのだ……?」
すると……悪霊たちが襲うのをやめる。
「信じられん……どうなってるのだ……?」
「り、リオン様のお言葉が、悪霊たちに通ったということでは……?」
悪霊たちは、何もしてこない。
こっちに、墓荒らしをする意志がないことが、伝わったんだろう。
「ねえ、君たちはどうして、幽霊になってもこの地にとどまってるの?」
好奇心から、尋ねてみた。
『……また、海に出たい。それが、我らの……望み』
「海に出たい……っていっても、船が壊れてるんじゃあ無理だろう?」
キリカの、もっともな発言。
でも、幽霊たちはみんな……泣いている。
海に出たくても、船が壊れてて、出られない。
可哀想だ。
うん。
「ねえ、よければわたしがこの船、直してもいいかな?」
『!?』『そんなことが……』『可能なのか……?』
「うん、わたし、壊れたものを直すの、得意なんだよね。どうかな?」
幽霊たちは戸惑っているようだ。
無理もない、いきなりこんな見知らぬ子供が、よくわからないことを言い出したのだから。
しかし。
『頼む……』
と、幽霊の一人がそう言う。
「OK! 【商品修繕】!」
RPは、子供たちや餓狼団のみんなが、頑張って今も稼いでくれている。
ポイントを消費、対象は……この難破船!
カッ!
船体が眩い光に包まれる。
折れたマストが繋がり、腐った床板が新品の木材に変わり、船腹の大穴が塞がっていく。
フジツボや海藻が剥がれ落ち、本来の美しい塗装が蘇る。
『ああ……船が……直った!』『俺たちの宝が!』『俺たちの家が!』『これで海に出れるぞぉ……!』
シュォォォォォン……。
幽霊たちの体が、透けていく。
みんな、未練がなくなって、成仏できるようになったんだろう。
『ありがとう、子供……』
さっき、わたしに修理を頼んだ幽霊が、頭を下げてくる。
『ここにある物全て、君に譲ろう』
「いいの? ここ、君たちの家なのに?」
『構わない……我らは、この船が直って十分だ……』
スゥゥゥ……と幽霊たちが、完全に消えていった。
海に出られないことが、未練なのだと思った。
でも、ちょっと違うかも。
今まで、自分たちの航海を手伝ってくれた船が、壊れたままなのが、未練だったのかもね。
「流石だ、主よ。悪霊たちの真意を見抜いて、成仏させるだなんて」
キリカが感心したように頷いている。
「む? いつもなら、アナスタシアが、ここで主を褒めるのに……」
「あ……」
わたし、見ちゃった。
アナの……スカートが、じんわりと濡れていることに。
安心して、お漏らししちゃったんだ。
「見ちゃ、やぁ……」
「えっと……ごめんね。怖い思いさせちゃって……」
グスグス、と泣いてるアナを、わたしはヨシヨシしてあげたのだった。
【作者からお願いがあります】
少しでも、
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