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17.男を憎み、誰にも屈しなかった「狂犬」は、初めて「負ける喜び」と「飼われる幸せ」を知りました【Side:ガラ】



【Side:ガラ】


 月明かりが差し込む、割り当てられたばかりの個室。

 アタイはベッドの上で、再生したばかりの「右手」を、何度も握ったり開いたりしていた。


(……動く。熱い。自分の手だ)


 夢じゃねえ。

 指先の感覚も、掌の汗も、脈打つ血管も、全部本物だ。

 数年前に抗争で失い、無骨な鉄塊に変えるしかなかったアタイの右腕。

 それが、あのガキンチョ――いや、リオン様の一撫でで戻ってきた。

 ……信じられねえよ。

 アタイはずっと、この世界を呪っていたんだから。


     ◇


 アタイは、この廃棄都市デッドエンドのゴミ捨て場に、赤ん坊の頃に捨てられた。

 親の顔なんて知らねえ。

 物心ついた時から、周りは敵だらけだった。


 特に「男」どもは最悪だった。

 力の弱い女や子供を、ただの「肉」や「慰み者」としてしか見ていねえ。

 アタイも何度も襲われかけた。

 殴られ、蹴られ、泥水を啜らされ……それでもアタイは、牙を剥いた。


『女だからって、ナメんじゃねえぞオラァァァッ!!』


 噛みつき、急所を蹴り上げ、奪った武器で突き刺した。

 「狂犬」――いつしかそう呼ばれるようになった。

 そうやって強くならなきゃ、喰われるだけだったからだ。


 気づけば、アタイの周りには似たような連中が集まっていた。

 男たちに弄ばれ、捨てられた女たち。

 親を殺された子供。

 役立たずと捨てられた老人。

 みんな、行き場のない弱者だ。


 だからアタイが守るしかなかった。

 【餓狼団】なんて強そうな名前をつけたのも、アタイが義手を武器に変えて戦い続けたのも、全部あいつらを守るためだ。


(男になんて、絶対に屈してやるものか)


 それがアタイの生きる芯だった。

 どんなに殴られても、どんなに強い奴が現れても、心だけは絶対に折らなかった。

 男なんて全員、弱いものを虐げるクズだと思っていたから。


 ……なのに。


『君と、君の仲間たち全員に……わたしの仕事を手伝ってほしいの』


 あの方――リオン様は、違った。

 アタイの全力を受け止め、完膚なきまでに叩きのめした圧倒的な「強者」。

 なのに、負けたアタイを見下すことも、辱めることもしなかった。


 それどころか、アタイが命懸けで守ってきた「足手まといの家族たち」を、嫌な顔ひとつせず受け入れた。


『今日からここが君たちの家だよ』


 あの言葉を聞いた瞬間。

 アタイの中で、張り詰めていた「何か」が、プツンと切れたんだ。


(ああ……もう、頑張らなくていいんだ)


 肩に背負っていた重すぎる荷物を、ふっと降ろされた気がした。

 ずっと「屈してなるものか」と力んで、歯を食いしばって生きてきた。

 誰かに頼るなんて弱さだと思っていた。


 でも、違う。

 この人になら――負けてもいい。

 いや……負けたい。屈したい。

 この圧倒的に強くて、海のように優しい「オス」の足元にひざまずいて、頭を垂れることが、こんなにも心地いいなんて。


「……ははっ。なんだよ、これ」


 身体の奥が、熱い。

 今まで押さえつけてきた反発心がひっくり返って、猛烈な「服従願望」に変わっていくのがわかる。

 もっと命令されたい。

 もっと「お前はアタイのペット(所有物)だ」って、刻み込まれたい。


     ◇


 コンコン。

 ドアがノックされ、銀髪のメイド――アナが入ってきた。


「ガラ。起きているかしら」


「……ああ。なんだい、メイドの姉ちゃん」


 アタイは慌てて緩んだ顔を引き締める。


「新しい制服を持ってきたわ。明日からはこれを着なさい」


 渡されたのは、子供たちと同じ青いつなぎ……ではなく、アタイの身体に合わせて仕立てられた、黒を基調とした機能的な戦闘服だった。

 素材が良い。軽いし、丈夫そうだ。


「リオン様が、あなたの戦闘スタイルに合わせて【仕様変更リメイク】してくださったのよ」


「……わざわざ、アタイのために?」


「ええ。『彼女はよく動くから、伸縮性のある素材がいい』ってね」


 アナはため息をつきつつ、少しだけ表情を緩めた。


「……感謝しなさい。あの方は、自分の懐に入れた者にはとことん甘いのよ」


「分かってるよ。……言われなくても、死ぬ気で働くさ」


 アナが出て行った後、アタイは新しい服を抱きしめ、匂いを嗅いだ。

 新品の布の匂いと……かすかに、あの方の残り香がする。


「んふぅ……♡ ご主人様の匂い……」


 アタイはベッドに転がり、服に顔を埋めて足をバタバタさせた。

 あー、たまんねえ。

 今まで「ナメんじゃねえ!」って威嚇ばかりしてきたけど、今は違う。


「ワン……なんてな」


 誰もいない部屋で、小さく鳴き真似をしてみる。

 背筋がゾクゾクした。

 アタイは、リオン様のペットだ。

 最強の番犬だ。

 あの方に近づく敵は全部噛み殺すし、あの方が「お手」と言えば、尻尾を振って手を出すだろう。


「一生、飼い殺してくれよな……ご主人様……♡」


 窓の外、リオン様の部屋がある塔を見上げる。

 強がりな狂犬はもういない。

 そこには、首輪をつけられる喜びを知ってしまった、一匹の忠実な雌犬がいるだけだった。


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