10.人食い鬼の聖女様は森で熱暴走していましたが、【修繕】したらわたしにだけ懐く大型犬になりました
「ふぅ……いいお湯だったね」
「はい。生き返りましたわ……」
風呂上がりのリビング。
わたしはソファに座り、アナに濡れた髪を拭いてもらっていた。
ふかふかのタオル越しに伝わる指の感触が心地いい。
湯気で火照った身体に、夜風が優しく触れる。
「リオン様、髪もサラサラですわねぇ……」
「ん……そこ、くすぐったいってば~」
「お肌もツルツルで……むにむにですわぁ……♡」
アナはタオルで髪を拭くと見せかけて、わたしの頬を指でむにむにと弄んでいる。
その顔は完全に緩みきっていた。
「ちょっと、遊ばないでよ」
「失礼。あまりに可愛らしいので、つい」
アナが悪びれもせずクスクスと笑う横で、同じく湯上がりのキリカが羨ましそうにこちらを凝視している。
「ぐぐ……ボクもリオン様をくんかくんかしたいのに……じゃんけんで負けてしまったから……くそ! 次は負けないからな!」
視線が痛いので、わたしは咳払いをして話題を変えた。
「さぁて……二人とも。重大な問題があるよ。聞いてくれる?」
「問題? 敵襲か、リオン様」
キリカが瞬時に警戒モードに入る。
危ないし、目の保養になりすぎるからやめて。
「人手が足りないんだ」
わたしは広すぎるリビングを見渡した。
お風呂もできた。キッチンも直りかけている。
でも、この屋敷は元公爵の別荘だけあって無駄に広い。部屋数は50以上。
それに、今後の目標である「街のゴミ拾い(資源回収)」も、わたし一人じゃ手が回らない。
「アナに掃除を全部任せたら過労死しちゃうし、キリカに掃除させたら家具を壊しそうだし」
「むっ、否定はできん」
できないんだ……。
「ここでの暮らし、また都市を再生するにしても、マンパワーが足りなくてね。何か良い意見あったら教えて欲しいんだ」
「それでしたら……リオン様。わたくし、心当たりがありますの」
アナがわたしの頬から手を離し、真面目な顔で人差し指を立てた。
「このスラム街の奥に、打ち捨てられた教会があります。そこに、身寄りのない子供たちが集まってるそうです。彼らを使うのはどうでしょうか」
アナは、ちょっと抜けてるところがあるけど、有能メイドさんである。
わたしたちが街へ行ったとき、街の人たちから情報を聞いていたのだ。
「この廃棄都市に染まりきってしまった大人達よりも、子供達のほうが、リオン様の言うことを聞いてくれる可能性があります」
「なるほどねぇ……」
昨日のゴロツキどもの姿が、脳裏をよぎる。あの人達が、簡単に、わたしの言うことを聞いてくれるとはちょっと思えないな。現状。
わたしの見た目が8歳っていうのもあるし。
「OK。その案でいこう」
「…………」
「どうしたの、アナ? なにか懸念材料でもあるの?」
「はい……。実は、その廃教会で、子供を集めて育てている『聖女様』がいるとか」
「へぇ、聖女様か。優しそうな人だね」
「いえ、それが……通称『人食い鬼の桜香』と呼ばれていまして」
アナの声のトーンが下がる。
「彼女は『鬼人族』らしいのです。近づく男を森に連れ込み、骨の髄まで『食い尽くしてしまう』という噂で……」
ふぅむ、なるほど……人食いねえ。
確かにそれは怖そうだ。でも。
「子供達を育ててるのは事実なんでしょう?」
「それは……まあそうですが」
「なら悪い人じゃあないかもでしょ。噂の可能性だってあるわけだし」
「あ、いや……そっちを懸念してるのではなく……」
「? どういうこと?」
「だからその……人食い鬼だから……その……」
「? だからそれ噂の可能性があるから、行って確かめてみようよって話じゃあないの?」
「あうあう……」
なんだかアナが顔を赤くしていた。
「大丈夫! リオン様は、ボクが守る! 身も心も!」
「ありがと、キリカ」
でも、身も心もってどういうことなんだろ。
まあいいや。とにもかくにも、孤児たちには、衣食住を提供する代わりに「ゴミ拾い部隊」として働いてもらいたい。
その聖女には、現場監督になってもらう。完璧な計画だ。
「よし、行こう。手土産を持って、その聖女様をスカウトだ!」
◇
スラム街の最奥。
腐臭と澱んだ空気が漂う一角に、その廃教会はあった。
屋根は崩れ落ち、壁はツタに覆われている。
入り口のバリケードを越えて中に入ると、そこには痩せこけた子供たちが数人、身を寄せ合って震えていた。
「だ、誰……?」
最年長らしい少年が、幼い子を庇うように前に出る。
みんな栄養失調で、頬がこけている。
わたしはインベントリ(リサイクルショップに付随する、貯蔵庫のこと)から、リペアしたパンとミルクを取り出した。
「怪しいものじゃないよ。これ、食べる?」
「! パ、パンだ……!」
子供たちはパンに飛びついた。
パンとミルクは、腐った物をリペアし、食べられるようにしたのだ。ちゃんとわたしも朝ご飯にいただいて、味見はしてる。
夢中で貪り食う姿を見て、わたしは少年に尋ねる。
「ねえ、ここの責任者の聖女さんはいる? 話があるんだけど」
「桜香おねえちゃんのこと……?」
「桜香……そうそう、その桜香、いるかな?」
すると、少年はパンを握りしめたまま、泣きそうな顔をした。
「桜香姉ちゃんなら……いないよ。先週から、帰ってこないんだ」
「帰ってこない?」
「うん。『身体が熱いから、冷やしてくる』って……裏の白骨樹海に行ったきり……」
少年が指差したのは、あの危険な魔の森だ。
身体が熱い? 冷やす?
嫌な予感がした。
「分かった。ちょっと迎えに行ってくる」
わたしは子供たちに食料を預け、アナとキリカを連れて森へと急いだ。
◇
白骨樹海に入ると、明らかに空気がおかしかった。
森の奥から、陽炎のような熱波が押し寄せてくる。
「な、なんですの……? サウナみたいに暑いですわ」
「主よ、警戒しろ。とてつもないエネルギー反応だ」
キリカが剣の柄に手をかける。
わたし達が熱源の中心へと進むと、開けた場所に一人の女性が倒れ込んでいた。
「うぅ……っ、ぁあ……ッ!」
長身の美女だ。
しかも、全裸だ。とんでもない美女。グラビアアイドル顔負けのスタイルよりも……目に付くのは、額から生える「二本の角」だ。
「角……?」
「あれが鬼の特徴ですわ」
とアナがいう。じゃあ……あの苦しんでいる美女が、桜香か。
彼女――桜香は、苦悶の表情で地面を掻きむしっていた。
「……ッ!? 来るな……ッ!」
わたしたちに気づいた彼女が、掠れた声で叫ぶ。
その瞬間、ゴォォォォォッ! と周囲の空間が歪むほどの熱風が吹き荒れた。
「熱ッ!?」
わたしは思わず腕で顔を覆った。
彼女の全身は熟れた果実のように赤く火照り、肌からは蒸気が噴き出している。
瞳は潤み、焦点が合っていない。
まるで、内側から燃えているようだ。
わたしは即座に【市場調査】を発動した。
~~~~~~~~~~
【品名:鬼人族の桜香】
【レア度:SSR】
【状態:重度の熱暴走、角の壊死寸前】
【買取価格:0RP(強すぎる本能を理性で抑え込みすぎた結果、自家中毒を起こしているため)】
~~~~~~~~~~
なるほど……。出口を失った熱が体内で暴走し、彼女自身を焼き尽くそうとしているのか。
このままだと、彼女は死んでしまう! そんなのだめだ! 残された子供達は……どうなる?
だって最初にあったあの子、ほんとに心配そうにしていた。
多分子供達……孤児たちは、この人のことを、本当の家族だと思ってるんだろう。
家族を失ったら、悲しむに決まってる。なんとかしてあげたい!
「キリカ、アナ、下がってて」
「なっ、主よ! 危険だ! 近づけば火傷するぞ!」
制止するキリカを無視して、わたしは灼熱の渦中へと歩み寄った。
一歩進むごとに、喉が焼けるような熱気を感じる。
「こ、来ないで……ッ! 私が、我慢できなくなったら……あなたを、食べて……っ!」
桜香が涙目で後ずさる。
その言葉は脅しじゃない。助けを求める悲鳴だ。
彼女はずっと一人で、この熱と戦ってきたんだ。子供たちを傷つけないために、こんな森の奥で。
「大丈夫だよ。辛かったね、熱かったね」
わたしは彼女の目の前まで歩み寄ると、おもむろに手を伸ばした。
狙うのは、熱の発生源である額の「角」。
「ひっ!? さ、触っちゃだめぇッ……!」
彼女の拒絶よりも早く、わたしの手がその角に触れる。
ジュッ、と音がしそうなほど熱い。
でも、わたしのスキルなら直せる。
「詰まってる熱、全部直いてあげる。――【商品修繕】!」
カッッ!!
わたしの手から、清涼な光が溢れ出した。
イメージするのは、詰まったパイプの洗浄。滞ったエネルギー回路を正常に戻し、暴走した熱を体外へ逃がす。
「あ、あぁっ……!? んあぁぁぁぁっ♡」
桜香が甘い声を上げて、その場に膝から崩れ落ちた。
角は鬼にとっての急所であり、最大の性感帯だ。そこから直接熱を抜かれる感覚は、彼女にとって耐え難いほどの快楽だったのだろう。
彼女の身体から、シュゥゥゥ……と大量の蒸気が噴き出した。
赤く腫れていた肌が、みるみるうちに健康的な白さに戻っていく。
「はぁ、はぁ……。す、すごい……身体が、軽い……」
数秒後。
完全に熱が引いた桜香は、呆然と自分の手を見つめていた。
あんなに苦しかった灼熱感が嘘のように消えている。
彼女は恐る恐る顔を上げ、目の前に立つ小さなわたしを見つめた。
「あなたが……助けてくれたの、ですか?」
「うん。苦しそうだったからね」
わたしがニカッと笑うと、桜香の瞳が揺れた。
男の人は怖い。汚らわしい。ずっとそう思っていた。
けれど、この少年は違う。
怖くない。触れられても気持ち悪くない。
それどころか、彼の手のひらはひんやりとしていて、あんなに気持ちよく「熱」を処理してくれた。
(……いい匂い。私の、運命の……)
桜香の瞳に、あやしい光が灯った。
彼女はおもむろに四つん這いになり、わたしの足元に擦り寄ってきた。
まるで、主人に甘える大型犬のように。
「あぁ……リオン、様……♡」
「えっ、ちょっ、桜香さん?」
ガバッ!
彼女はいきなりわたしに抱きついた。
豊かな胸の感触が顔に押し当てられ、甘い花の香りが鼻孔をくすぐる。
「冷たくて……気持ちいい……。もっと、触ってください……♡」
「うわあぁっ!? ち、近いって!」
彼女は完全に理性のタガが外れていた。
頬をすりすりとわたしの胸に擦り付け、うっとりとした表情で匂いを嗅いでいる。
そこには、完全にわたしに餌付けされた忠犬がいた。
「なっ……! 離れなさいこの泥棒猫!」
「き、貴様ッ! 主から離れろ! そこはボクの特等席だぞ!」
背後で、アナとキリカが般若のような顔をして駆け寄ってくる。
あぁ、またこれだ。
わたしは桜香の豊満な胸に埋もれながら、遠い目をした。
「……とりあえず、助かって良かったぁ」
【作者からお願いがあります】
少しでも、
「面白い!」
「続きが気になる!」
「更新がんばれ、応援してる!」
と思っていただけましたら、
広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】をタップして、
【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!
皆様の応援が、作品を書く最高の原動力になります!
なにとぞ、ご協力お願いします!




