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男に戻るためにTS姿でダンジョン配信するのは本末転倒か否か!?  作者: 赤石アクタ
第三章 因習村編

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第二十三話 魔法(ヒマワリの場合)

——カモメ(クーちゃん)視点——




「やったか⋯⋯!?」


「こらアレス君っ!!」



 目の前に広がる鮮烈な光景。少女は倒れ、オリヴィアさんは未だ立っている。



「すげぇ⋯⋯」



 正直、俺は圧倒されていた。


 オリヴィアさんが強いことは知っていたが、それでも今回彼女が見せた戦いは圧倒的なまでの才能によって成り立つ所業だった。


——恐らく、オリヴィアさんは男だった頃の俺よりも強い。



「ははっ⋯⋯」



 感じるのは、多少の悔しさと高揚感⋯⋯いけない。きっと今、美少女らしからぬ顔をしてしまっているぞ。



「落ち着け、なんちゃらマネジメントだ⋯⋯」



 昂る気持ちを落ち着かせるため、頬をぺしぺしと叩くうわ美少女の頬っぺ柔らか。



「⋯⋯」



 少女の存在が何なのかは結局よく分からなかったし、村に関しても色々確認しなければならないことが出来てしまったが⋯⋯まぁなんにせよ、これで今回のダンジョン攻略は完りょ——



——破裂音。



「ッ、なんだ⋯⋯!?」



 その音は、既に倒れたはずの少女から発されたものだった。より正確には⋯⋯



「頭が、弾けた⋯⋯?」


「ちょっ、なんかまだ動いてない!?」



 ドン引きした様子のヒマワリさんが俺の後ろに隠れようとする。今の俺はちっちゃい美少女なので明らかに人選ミスだけど。



「こらオリヴィアっ!とどめ刺せてないじゃん!」


「いや確かに殺した!そもそも魔石は初手で砕いているはずだ!」



 頭部が弾けたはずの少女の死体をもう一度見たその時、俺は今まで彼女に抱いていた『不気味さ』の正体に気がついた。



「なっ⋯⋯!?」



——不気味さ。


 そう。そもそも最初から彼女の挙動は明らかにおかしかった。表情を上手く作れていなかったり、瞬きの挙動が不自然だったり、出所の分からない金属音が鳴り響いていたり⋯⋯


 それらの、不気味さの理由。



「ダンジョンコアは、あの子と一体化していたわけじゃない⋯⋯」



 少女の身体から、無数の『粒』が這い出してくる⋯⋯遠目に何とか判別できるソレの構成要素は、虫に小動物、そして浮遊する金属片だった。



「——ただ『巣』として使われていただけだ⋯⋯ッ!!」



 ダンジョンコアはずっと彼女の体内に潜んでいたのだ。そして、恐らく⋯⋯



「このダンジョンは、『群体型』⋯⋯ッ!」



 現状でもかなり最悪だが⋯⋯この時俺はさらに最悪なことに気がついてしまった。



「⋯⋯あの。なんかあの群れ、キラキラしてません?」



 目の前の群体はキラキラとまばらに輝いていた⋯⋯いや、俺だって考えたくない。考えたくはないのだけど⋯⋯



「⋯⋯⋯⋯マジで?」



——もし、あれら全てが『魔石』だとしたら⋯⋯?



「⋯⋯全部?マジで全部殺さなきゃいけないのか⋯⋯?」


「え゛ぇっ!?!?やだやだ絶対やだーー!!」



 俺の肩をぶんぶんと揺すりながら駄々をこねるヒマワリさん⋯⋯彼女がダンジョン嫌いなのか、はたまた人間嫌いなのかはまだ判断できていないが、少なくとも虫嫌いではあるようだった。



「む、向かってきます!!俺の『魔法』を起動しますか!?」


「おおっ!やっちゃえアレスくん!!」



 アレスさんもビビっている様子ではあるが、それでも彼は俺達の前へと進み出た。さすが好青年。アレスさんはヒマワリさんと俺に強く頷き、目を閉じて自らの剣を——



「——いるだろう。もっと適任が」



 凛とした声が響いた。



「オリヴィアさん!」



 いつの間にか、オリヴィアさんが俺達のいた場所まで後退してきていた。足を引き摺ってこそいるが、その瞳には未だ確かな光を宿している。



「⋯⋯?オリヴィアさん、もしかして⋯⋯」


⋯⋯しかし、彼女が移動手段として『魔法』を用いていないところを見るに⋯⋯



「あぁ、先程からまともに魔法を扱えない。私の加護は尽きたと思ってくれ」


「っ⋯⋯」



——加護が尽きる。


⋯⋯それは、冒険者としては死を意味するに等しい状況だった。



「だからこそ、こんな状況でわがままを言うのはやめてくれ——」



 しかし、オリヴィアさんから恐怖は見て取れず、彼女は凛とした声で俺の後ろで蹲る女性に目を向けた。



「——ヒマワリ」



 つまりはそう、ヒマワリさんに。



「⋯⋯」


「ヒマワリ」


「⋯⋯あたしじゃなくて、アレス君でも⋯⋯」


「情けないことに、私はもうほとんど動けない。だからアレスには、ダンジョンを脱出する際に私を背負ってもらう必要がある。そのために加護を温存させておきたいんだ」


「うぅ〜、正論きらいー⋯⋯」



 長身のオリヴィアさんを背負えるのは、体格的にアレスさんくらいだろう。ロリである俺はもちろん、華奢なヒマワリさんも無理だ⋯⋯俺が男の姿だったなら、まさしく適任といった感じだったのだが⋯⋯



「⋯⋯あたし、自分の魔法嫌いなの」


「ヒマワリさん⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯それに、この服気に入ってるし⋯⋯」


「ヒマワリさん!?」



 いまいち葛藤の重大さを掴みかねる⋯⋯



「ッ⋯⋯!あのっ!今もダンジョンコアが私達を包囲しようとしてます!というか、既に入口は塞がれました⋯⋯!」



 最初は真っ直ぐこちらに向かってくるように見えた敵は、しかしすぐには攻撃してこなかった。群体はまるでひとつの意志を持つかのように蠢き、俺達を包囲するかのように広がる⋯⋯人の身体に営巣していたことといい、知能は高そうだった。



「ヒマワリさん!結局どうするんですか!?」


「うわーん!あたし今ロリっ子に詰められてるーっ!」



 魔法の使えない俺があの群体と戦うことになれば、一匹ずつ剣で斬り殺すしかなくなる⋯⋯!それは割とマジでめんどくさいぞ⋯⋯っ!!


 焦りから、俺はヒマワリさんを振り返り声を荒げる。



「うぅ〜⋯⋯」



 既にかなりの危機的状況なのだが、しかしヒマワリさんはそれでも魔法の使用を渋っていた。彼女はいつも通りの能天気さを欠片も崩さず、その表情に本気の恐怖や拒絶は見られない。



「ひぃっ!?見た!?今のあれ!なんかぶわって蠢いたよ!?うわぁあたしああいうのマジで無理っ!!」


「⋯⋯」



⋯⋯いや、恐怖も拒絶もしてはいるのだが。しかし、やはりその感情はどこかズレているようにも感じてしまうのだった。



「や、ヤツら包囲を狭めてきてますっ!もう俺の魔法を起動してもいいですかね!?」



 危機的状況とチーム内の不和で半ばパニックを起こしたアレスさんが叫ぶ⋯⋯だが、状況を考えるとどうしてもアレスさんよりヒマワリさんの魔法の方が——



「——ヒマワリ」



——凛とした声。


 オリヴィアさんはボロボロの身体を引き摺り、ヒマワリさんの耳元に口を寄せた。



「少女の身体が巣として使われていた以上、あの少女が口にしていた発言の信憑性は怪しくなったが、しかしそれも含めて村を調査しなくてはいけないのは明白だ⋯⋯」


「⋯⋯オリヴィア?何の話?」



 唐突な言葉にヒマワリさんは首を傾げる。



「『村人』が悪事を働いていた可能性は未だ存在するということだよ」


「っ、それって⋯⋯」



 ヒマワリさんの目の色が変わる。



「少女の言葉が真実だとすれば、あの村の人間はろくな奴らじゃあない」


「⋯⋯」


「しかし、ここでダンジョンの討伐に手間取ったり、あまつさえ失敗してしまえば、村の調査ができるのはかなり先になるだろう」


「はぁ⋯⋯っ!?そんなことになったら⋯⋯!」


「ああ。少なくとも夜が明ければ、村の人間は私達がダンジョンに入ったことにすぐ気がつくだろう⋯⋯フタバさんがいないことにもだ」


「⋯⋯⋯⋯」



 俺はそこで、オリヴィアさんの言わんとするところに気がついた。


 つまるところ、オリヴィアさんは今ヒマワリさんを脅しているのだ⋯⋯人間嫌いのヒマワリさんを。



——『ここで時間をかければ、証拠隠滅の時間を与えてしまうぞ』と。



「⋯⋯ふーん?」



 オリヴィアさんの脅しにヒマワリさんは数秒考え込むと、少し驚いたようにオリヴィアさんの瞳を覗き込む。



「⋯⋯⋯⋯まさか、あのお堅いオリヴィアがこんなわるーい説得の仕方をするなんてね?さっきの戦いといい、今日はオリヴィアの新しい一面を見てばっかりだよ」


「⋯⋯考えても仕方のないことに罪悪感や⋯⋯恥ずかしさを覚えるのは、もうやめたんだ」



 オリヴィアさんはそこで、一瞬ちらりとこちらに視線を投げた。



「⋯⋯あは♡良いね。あたし、今のオリヴィアの方が好きだな」


「心にもないことを言うな」


「もー、機嫌取るなら最後までやってよ」



 二人は顔を見合わせ、それから笑った。オリヴィアさんは凛としながらも呆れたように、ヒマワリさんは狂気すら感じる満面の笑み。そして⋯⋯



「——あ、あのっ!マジでもう限界です!!起動していいですか!?!?」



⋯⋯剣で周囲の虫をずっと牽制してくれていたアレスさんはもう半泣きだった。いやマジで良い子だよアレスくん。



「⋯⋯」



 一応、俺もずっと周囲の虫を警戒していたが、その間ヤツらはじわじわと包囲を狭めるだけで、特に襲いかかっては来なかった。



「⋯⋯慎重って言うよりは、もう臆病の域だな」



⋯⋯恐らくだが、ヤツらは俺がいつでも戦いを始められることや、アレスさんが既に魔法を発動する準備を整えていることを理解しているのだ。


 そして、俺達が時間をかけるほど不利になるということも、恐らく理解している。加護の減少はもちろん、今のオリヴィアさんに関しては文字通り命に関わる状況だ。恐らくそれも、ヤツらは理解している。


——ヤツらは、『今自分達が優位を取っている』と確信しているのだ。



「チッ⋯⋯ダンジョンコアってイラつくヤツばっかだな⋯⋯」



 俺を女体化させたヤツ然り、精神攻撃を仕掛けてきたヤツ然り、今回の虫エレクトリカルパレード然り、俺は今のところダンジョンコアに関する良い思い出がマジでひとつもなかった⋯⋯それゆえもう、だいぶダンジョンコアという存在自体を嫌いになりかけている。これではねこまたさんのダンジョン嫌いをどうこう言う資格はないな⋯⋯



「——よーっし」



 俺がそんなつまらない思考に沈みかけたその時、ついに。



「オリヴィアの可愛いトコに免じて、とりま正義のために働きますか」



 この状況に対するメタとも言える存在が、一歩踏み出した。



「ヒマワリさん⋯⋯!」


「⋯⋯あっ、ねこまたちゃんのためにもねんっ?」


「ヒマワリさん⋯⋯」



⋯⋯たぶん今の今までねこまたさんのこと忘れてたなあの人。



「オリヴィア、もう『祈って』いいの?囲まれてるけど、離脱できそう?」


「問題ない。入口の部分だけを掃討し、速やかに部屋の外へ出る。クーちゃんさん、どうだろう?」


「いけると思います。こう、剣の面で叩き潰す感じで⋯⋯えいっ!て感じで⋯⋯!」


「大丈夫ですクーちゃん!もし難しそうだったら、俺の魔法で突破できます⋯⋯!」



 剣の面と入口に固まる虫の塊を交互に見比べる俺に対して、アレスさんが力強く宣言する。オリヴィアさんを背負いながらも自らの加護消費を一切躊躇わないその姿勢は、まさに好青年だった。



「ありがとうございますアレスさん!かっこいいですっ♡」


「う゛ぇぇ!?く、クーちゃん⋯⋯っ!!」



 とりあえず彼には精神的バフをかけておこう。美少女ウインクを繰り出すのもだいぶ慣れてきたな⋯⋯



「——よーっし、じゃあ発動するね!」



 離脱の準備を確認したヒマワリさんは高らかにそう宣言し、虫による包囲の中心へと移動していく。



「今は配信中じゃないから、別に技名を叫ぶ必要とかはないんだけど⋯⋯」



 ヒマワリさんの動きを警戒したように、包囲がぶわりとざわめく。



「はぁ⋯⋯無理やり自分を鼓舞してないと、こんなんやってられないよ」



 包囲がヒマワリさん目掛けて動き出すのと、彼女がまるで聖女のように祈りを捧げる姿勢を取ったのは、ほぼ同時だった。



「——『サンフラワー』」



 彼女の『魔法』が発動する。



「離脱する!クーちゃん!!」


「はいっ!!」



 それと同時に俺達も離脱のため一直線にこの空間の出口へと駆け出す。



「——ふっ」



 幸い、包囲に穴を開けるのは難しくなかった。過剰な臆病さからも予想していたが、やはりコイツらは一匹一匹の戦闘力が高い訳ではない。



「離脱します!」



 アレスさんに魔法を使わせることもなく、俺達はボス部屋の外まで辿り着くことができた。



「ッ、ヒマワリさんは⋯⋯!?」



 離脱に成功した瞬間、俺はヒマワリさんの様子を確認するため振り返った。それは決して心配、という訳ではなく⋯⋯



「⋯⋯すげぇ」



 彼女の『魔法』を直に見る機会を、逃したくなかったのだ。



「⋯⋯相変わらず、圧巻の魔法だ」



——ダンジョンコア(ヤツら)は、時間をかけることが自分達にとって有利に働くと考えていたのだろう。


 しかし残念ながら、ヒマワリさんが魔法の発動を決意した時点で、ヤツらに勝ちの目は無くなった。ヤツらが勝利するためには、少なくともヒマワリさんが決意を固めるまでに、彼女を殺さなくてはならなかったのだ。



「⋯⋯」



⋯⋯まぁ、こんなこと。



「——初見の虫ケラに言っても、仕方ねぇか」



——ヒマワリさんの魔法。


 それは一言で言えば、『花畑を作る魔法』である。



「ッ、ダンジョンコアが⋯⋯!」



 離脱した俺達と違い、未だ部屋で祈りの姿勢を崩さないヒマワリさんは、すぐにダンジョンコアの標的となった。彼女を包囲した虫が、一斉に襲いかかる。


 しかし——



「——」



 その虫達は、ヒマワリさんの足元に咲いた花に『捕食』された。


 一瞬で彼女を脅威と判断した虫達は周囲に散開するが、しかしどれだけ小さくとも花々はそれを見逃さない。小さい花が、小さな虫を捕食するその光景は、実に歪な食物連鎖だった。



「クーちゃんさん、良い機会だ。ヒマワリの魔法について説明しておく」



 オリヴィアさんは息を整えながらも、魔法に見惚れる俺へと声をかけてくれる。



「ヒマワリの魔法は自らを中心とした一定範囲を領域と見なし、そこに花々を咲かせ使役するといったものだ」


「配信でも一応見たことはありましたが、実際に見ると壮観ですね⋯⋯」


「ああ。画面越しに見るならそうなのだが、同じ戦場で戦う場合には知っておくべきことがいくつかある」



「本来はもっと早く伝えるべきだったのだが⋯⋯」とオリヴィアさんは微妙な表情を見せる。



「まずひとつ、ヒマワリの魔法には敵味方の区別が存在しない」


「⋯⋯なるほど」



 正直、これはなんとなく予想できていた。ヒマワリさんが俺達の離脱を気にしてくれていたのもそれゆえだったのだろう。



「二つ目、ヒマワリの魔法は——」


「——ッ、虫がこちらに飛んできます!!」



 叫んだのはアレスさん。声の方向に視線を向ければ、離脱を選択した虫が一定数、塊となって俺達のいる出口へと向かってきていた。



「私が叩き潰します⋯⋯!」



 俺は先程と同じように、剣の面を——



——捕食音。



「⋯⋯え?」



 しかし、俺の剣が振るわれることはなかった。



「⋯⋯二つ目、ヒマワリの魔法は『領域から逃げようとするものを優先して攻撃する』」



 虫が出口を通ろうとした瞬間、ものすごい勢いで花々が咲き誇り、出口を完全に塞いでしまったのだ。隙間は存在するため向こうの様子はまだ見えるが、虫達がその隙間を通ろうとすると案の定花々が活性化し蕾が開く。



「⋯⋯近くで見ると、ちょっとグロいですね」



 それは特に食虫植物のような見た目ではなく、普通の花々に見える。しかし、蕾が開き花開くその様子は、どこか野性的で恐怖を煽るものだった。


 そんなことを言っている間にも、虫達はみるみると数を減らし、既に羽音も金属音もほぼ聞こえなくなってきていた⋯⋯というか、金属音も聞こえなくなってきてるってことは、あの花って金属片も食ってんのかな⋯⋯?



「⋯⋯ふぅ」



 虫が大量発生した時はどうなるかと思ったが、もうこれで——



「——三つ目」


「え?まだあるんですか?」



 しかし、オリヴィアさんによる魔法の説明はまだ終わっていなかったらしい。彼女は先程よりも少し言い淀みながらも口を開いた。



「ヒマワリの魔法は⋯⋯『自らの意思で解除できない』」


「⋯⋯え?」



 初耳だった。配信では基本、魔法発動の際にはヒマワリさんに付いている撮影ドローンはメンバーに回収され、他のメンバーも退避しなければならないため、彼らのカメラにも魔法の『最後』は映らないのだ。


 それゆえ、俺はヒマワリさんの魔法がどう『終わる』のか知らなかった。



「そ、それって、どうなるんですか⋯⋯?」



 俺は恐る恐る質問する。



「ヒマワリの魔法に彼女自身の意思は反映されない。祈っているように見える今も、彼女はほぼ気絶しているのと同じ状態だ。当然、動くこともできない」


「⋯⋯」



 出口を覆った花々の間からヒマワリさんを覗き見ると、彼女の身体は未だ魔法を発動した場所から一歩も動いていなかった。加えて、彼女の身体にもまるで巻き付くように花々が咲いている。



「あれは防衛本能の一種だ。術者である彼女自身を攻撃しようとしても、身体に咲いた花々に捕食されてしまう」


「あ、あの⋯⋯!でも、このままだと⋯⋯」



 ヒマワリさん自身に自衛能力があることは安心だが、しかしこのままでは⋯⋯



「ああ。自分で魔法を停止できない以上、ヒマワリの加護が尽きるまで、あの花畑が消えることは無い」


「なっ⋯⋯」



⋯⋯なんてピーキーな魔法なのだろうか⋯⋯オリヴィアさんといい、国が選別したチームのはずなのになんでこんな癖の強い魔法ばかりなのだろう⋯⋯?



「⋯⋯ん?ちょっと待ってください」



 ふと、最悪の疑問が浮かんでしまう。



「⋯⋯魔法が停止しないのなら、あのダンジョンコアを全部喰い尽くした後は、どうなるんですか?」



 既にダンジョンコアの群体はそのほとんどが花々に捕食され、勝敗は既に決したと言っていいレベルだった。


——しかし、この後は?



「流石はクーちゃんさん。鋭い指摘だ」


「え゛」



 うわぁ嬉しくない⋯⋯



「領域内に獲物がいなくなった場合、ヒマワリの花畑は『拡大』する」


「最悪だぁ!」


「領域が広がれば、当然加護の消費も増大する」


「重ね重ね最悪っ!!」



 本当に最悪だった。というか、説明の通りなら次の獲物は俺達ということじゃないか⋯⋯!?


 俺は焦りからオリヴィアさんの肩を揺さぶる。



「ど、どうするんですかオリヴィアさん!?このままだと⋯⋯っ」


「ぐぎゃっ⋯⋯!?く、クーちゃんさん⋯⋯傷が、開く⋯⋯意識、が⋯⋯っ」


「うわぁごめんなさい!?!?」



 オリヴィアさんは数秒痛みに悶えると、咳払いをしてから凛とした声で説明を再開してくれた。



「心配する必要はない。ヒマワリの魔法は、外部からの刺激でヒマワリの意識を覚醒させれば止まるんだ」


「⋯⋯?なるほど⋯⋯?」



 しかし、花々の中央に鎮座するヒマワリさんにどうやって⋯⋯?



「難しいことではないんだ。花畑は確かに我々を攻撃してくるが、しかし人間ほどの大きさなら一発で捕食されるようなことにはならない」



 彼女の魔法は、複数の雑魚をまとめて処理するのに特化したタイプ。まさに今回のダンジョンコアにはメタとも言える力だった。逆に、大型や人型の敵は苦手ということだろう。



「多少無理やりにでも彼女に近づき、肩を叩きでもすれば彼女は覚醒するだろう」


「⋯⋯?でも、それでもやっぱり難しそうですけど⋯⋯」



 あくまで一発ゲームオーバーではないというだけだ。攻撃自体は飛んでくるのだから、簡単とは言えないのでは⋯⋯?



「そうか⋯⋯?今までは特に問題なくできていたのだが⋯⋯」


「⋯⋯あぁ」



 オリヴィアさん(この人)がいたからか⋯⋯



「しかし、私は今こんな状態だ⋯⋯それで、申し訳ないのだが⋯⋯」


「⋯⋯え?」



⋯⋯嫌な予感が。



「——今回は、クーちゃんさんにお願いできないだろうか?」


「⋯⋯⋯⋯マジかぁ」



 美少女の整った顔が、僅かに引き攣った。




————————————————————————




「⋯⋯よし、じゃあ行ってきます⋯⋯!」


「頑張ってくださいクーちゃん!!」



 ボス部屋の前で軽く準備運動をする俺に、アレスさんが応援の言葉をかけてくれる。


⋯⋯正直、『アレスさんがやってくれてもいいのでは?』とも思うのだが、しかしアレスさんの格好は騎士のような重装備。加えて戦い方はカウンターをメインとしたものだ。花の攻撃をいなすこと自体は問題ないだろうが、ヒマワリさんに近づくまで時間がかかることに加え、単純に今の俺の方が普通に素早いため⋯⋯まぁこれが最適解ということらしい。



「⋯⋯はは」



 しかし実際のところ、俺は昂っていると言わざるを得なかった⋯⋯ヒマワリさんの魔法を映像で初めて見たあの時から、戦ってみたいとは思っていたのだ。



「スカートじゃなくて良かったなマジで⋯⋯」



⋯⋯欲を言うなら男の姿(全力)で試してみたかったが、しかしそうも言ってられないだろう。幸い、既にこの身体にも慣れてきた頃合いだ。



「⋯⋯⋯⋯ッ、今だ!」


「——はい!」



 花畑が拡大する兆候をいち早く捉えたオリヴィアさんが叫び、それとほぼ同時に俺は駆け出した。



「——ふッ⋯⋯!」



 入口を塞いでいた花々を大剣で斬り裂き、ボス部屋の中へと転がり込む。



「ッ、ヒマワリさん⋯⋯!」



 花畑が拡大し始めたということは、つまり既にダンジョンコアは全て捕食されたということだ。つまり——



「——ッ」



——この場の獲物は、今俺ひとり。


 花々が一斉に俺へと狙いを定める。



「ふーっ⋯⋯」



⋯⋯しかし。



「——ッ」



 アレスさんと同様、今回は俺もほとんど加護を消費していない。今の身体能力ならば、一気に突っ切るのだって難しくないだろう。



「ははッ!いけるッ⋯⋯!!」



 美少女らしくない笑いが零れた時には既に、俺の剣はヒマワリさんの身体に届こうとしていた。



「——()った」



 小柄な身体を活かして屈むように花々をくぐり抜け、下から上に斬り上げる形で俺の剣は正確にヒマワリさんの首へと——



「——いや斬るのはダメだ何してんだ俺ッ!?!?」



⋯⋯寸前で正気に戻った俺は、間一髪で体勢を崩してヒマワリさんへの攻撃をストップした。



「あぶっ⋯⋯!あぶっ、な⋯⋯ッ!!」



 マジでっ⋯⋯!マジで危なかった⋯⋯!!普通に仲間の首を刎ねるところだった⋯⋯!!



——花々が咲き誇る音。



「あっ」



 取り返しのつかない事態こそ免れたものの、しかしこの瞬間、俺は完全に機を逃してしまっていた。気づけば、いつの間にかヒマワリさんの服から伸びていた花が手首へと巻き付き、周囲の花々もそれに呼応するかのように咲き誇る。



「ちょ、まっ⋯⋯ひぃっ!?ふくっ、服の中入ってきた⋯⋯っ!?」



 っ⋯⋯まずいっ⋯⋯!これは本当にまずい⋯⋯っ!!



「やだっ、んっ⋯⋯♡っ、いやいやマジでそこは無理っ⋯⋯!ひゃん⋯⋯っ♡♡」



⋯⋯俺はこの日、仲間の前で生き恥を晒した。



「なぁっ⋯⋯!?うっ⋯⋯お、俺のっ⋯⋯俺のクーちゃんがっ⋯⋯あんな、姿に⋯⋯っ」


「お前のではないだろう⋯⋯というか早く助けるぞアレス!!」





————————————————————————




「——マジで最悪だ⋯⋯あんな、あんな醜態を⋯⋯っ」


「だ、大丈夫ですクーちゃん⋯⋯!その、すごい『良かった』です⋯⋯っ!」


「〜〜〜っ!!」



 アレスさんにはデリカシーというものがないのだろうかマジで何興奮してんだコイツ。


 俺は自らの服が破けていないかを執拗に確認しながらも不満を表すようにオリヴィアさんを睨んだ。



「⋯⋯というか結局、オリヴィアさんが解きましたよね?魔法」


「あ、ああ⋯⋯」



 オリヴィアさんは気まずそうに目を逸らしながらも説明をしてくれる。



「魔法発動中のヒマワリは『衝撃を与える』ことで沈んだ意識が覚醒する。つまりは⋯⋯」



 彼女はその辺の石ころを適当に拾い——



「——このよう、に⋯⋯っ」



 そして、その石を真っ直ぐに弾いた。


 指で握り軽く弾いただけに見えたそれは、しかし寸分の狂いなく直線に飛び、ダンジョンの壁面にぶつかる。



「最悪、遠くから何かをぶつけることでも、解除が可能なんだ」


「⋯⋯すごい⋯⋯」



⋯⋯説明よりも、俺はオリヴィアさんの器用さに感嘆していた。彼女は未だ傷だらけで、万全とは言えない状態⋯⋯けれど、彼女はそれを感じさせないコントロールを見せた。器用さにおいては特に、俺は彼女に及ばないな⋯⋯


 この身体(ロリ)になったことで、俺は以前のような力頼みの戦い方ができなくなった。やはり、オリヴィアさんのような繊細な戦い方を身につけるべきなのかもしれない。



「⋯⋯⋯⋯ん?」



 そこまで考えて、俺はひとつ重要なことに気がついた。



「え?待ってくださいオリヴィアさん。ということは⋯⋯」



 いや、だってそうだろう。遠距離からでもどうにかなるのなら——



「——別に私が直接行く必要なかったですよね!?!?」



 オリヴィアさん、嘘ですよね⋯⋯?



「⋯⋯誓って言うが、実際簡単なことではないんだ。今回だって、クーちゃんさんが気を引いてくれていなかったら一発では無理だった」


「あぁなるほど最初から私の痴態で気を引く作戦だったんですね私の痴態で」


「あ〜⋯⋯そっ、それに!このやり方をとるとヒマワリの機嫌が悪くなるんだよ。できればあまり使いたくない手段なんだ」


「⋯⋯?ヒマワリさんが?」



 オリヴィアさんの言葉に釣られ、ヒマワリさんの方へと視線を向ける。



「あーもう、これ絶対痕になってるよオリヴィアのバカーっ⋯⋯!っていうか服破けてないよね!?うわぁ何このシミ絶対虫の体液でしょこれーっ!?」


「「⋯⋯」」



⋯⋯たしかに、だいぶご立腹の様子だった。



「うぅ〜、加護使いすぎてなんか頭も痛いし、最悪⋯⋯」


「だ、大丈夫ですか⋯⋯!?」


「はぁ⋯⋯真に受けるなアレス。加護は知覚すらできないんだから、消費による体調不良なんてあるわけないだろう⋯⋯」



 ヒマワリさんは普段から割と適当なことばっかり言うが、しかし『加護を使いすぎた』というのは恐らく本当なのだろう。何せあれほどの規模の魔法を行使したのだ。



「あたしは意識無かったけど、ダンジョンコア討伐できたんだよね?これからどうするの?」


「コアを討伐した以上、もうじきこのダンジョンは崩れる。一度外に出て、崩壊が済んでからねこまたとフタバさんを探そう」


「⋯⋯それ、大丈夫なんですか?」


「ダンジョンの崩壊って、なんか都合いい感じにいくからだいじょーぶでしょ」


「適当⋯⋯」



 ヒマワリさんは相変わらず、服についた虫の体液にご執心だった。それでも、必要な情報だけは的確に質問してくる。



「村は?どうするの?」


「ついさっき電話で『黒白(コクハク)』を呼んでおいた。村の問題は彼女達に任せる」


「⋯⋯あは♡この村かわいそ〜っ♡♡」


「⋯⋯コクハク?」



 聞いたことのない単語に、首を傾げてしまう。



「あれ?クーちゃんあの二人知らないっけ?」


「以前治療してくれた時には、クーちゃんさんは気絶していたからな」


「はは⋯⋯不幸中の幸いってやつですね」



 俺以外の面々はその『コクハク』とやらを知っている様子だが、何故か全員が微妙な表情をしていた。しかし、断片的に聞こえる言葉から推測すると⋯⋯



「もしかして、前回のダンジョン攻略の後、私に『回復魔法』をかけてくれたっていう⋯⋯」


「そう!大正解!!」



 俺の言葉に、ヒマワリさんは指をパチンと鳴らしてウインクを決める。



「漢字の黒と白で『黒白(コクハク)』ね。国⋯⋯っていうか、総理直属の医療班兼、ダンジョン偵察班兼、事後処理班兼⋯⋯あとなんだっけ?」


「魔石回収班兼、懲罰実行班と続く。当然、全部覚える必要はないよ」


「一応、存在は内密にね?」



 ヒマワリさんが途中まで暗唱した長ったらしい役職名は、最終的にオリヴィアさんへと引き継がれた。



「す、すごい人達なんですね⋯⋯」


「あっはは!!二人とも頭おかしいけどね〜!」


「えそれヒマワリさんが言います?」


「うえぇっ!?クーちゃん急に当たり強くない!?」



⋯⋯しまった。先程痴態を晒したことへの八つ当たりみたいになってしまった⋯⋯



「と、とにかく!とりあえずはダンジョンを離脱するということで⋯⋯ん?」


「⋯⋯?クーちゃん?」



 誤魔化すように顔を背けて咳払いをした俺の視界が、その時人影を捉えた。よく見れば、それは俺のよく知る彼、つまりは——



「——ねこまたさん!!」



 俺は思わず叫び駆け寄った。ねこまたさんだけでなく、フタバちゃんも隣にいる。二人は手を繋ぎ、ゆっくりながらもこちらに歩いて来ていた。



「⋯⋯新入り。ダンジョンコアは、討伐したんだな」


「はい!ねこまたさんも無事で良かったです!」



 本当に良かった⋯⋯!最大の懸念が解消されたと言えるだろう。



「ダンジョンコアは討伐しました!なので、すぐにここを——」


「——新入り」


「⋯⋯ねこまたさん?」



⋯⋯ねこまたさんは、不思議な表情をしていた。諦めたような、吹っ切れたような。苦しそうで、晴れやかで。信念を打ち砕かれたようにも、呪縛から解き放たれたようにも見える表情。



「新入り、ボクさ⋯⋯」



 ねこまたさんはそのまま目を閉じ、最後に小さく零した。



「——冒険者、辞めるよ」

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