第二十話 ダンジョンコア『生け贄の欲するもの』
──ダンジョンの入口付近──
「──ねこまたちゃん!?ねこまたちゃん!⋯⋯ヤッバねこまたちゃん死んだ!?!?」
「滅多なことを言うなヒマワリ!」
焦りからかとんでもないことを口走るヒマワリさんの声がダンジョンに反響する。しかし、ヒマワリさんの気持ちも分からなくはなかった。
大急ぎで準備をしてからダンジョンへと走り、ようやく内部に入ったのとほぼ同時に、ねこまたさんと繋げていた通話が切れてしまったのだ。
俺を含む全員に緊張が走り、不安が広がる。
「⋯⋯ねこまたとの通話なんだが、最初の方は電波が弱く音質も悪かった⋯⋯しかしあるタイミングで一気に回線が回復したのを覚えてるか?」
「うん。恐らく、ねこまたちゃんがダンジョンに入ったタイミングだね」
──ダンジョン内では何故か電波が繋がる。
ダンジョン内で通話や配信が行えるのはダンジョンの特性によるものであり、なんなら普通よりも回線が良かったりもするのだ。
「そして⋯⋯それが今、途切れた」
自らの考えを整理するように話すオリヴィアさんの声色にも、やはり不安が見え隠れしていた。
「直前に聞こえた音声では、ねこまたさんは既にフタバちゃんと合流し、モンスターと交戦している様子でした。単純にスマホを破壊されただけの可能性も⋯⋯」
「もちろんそう信じるしかないよ。だけど⋯⋯」
俺の言葉を肯定しながらも、ヒマワリさんは数秒言い淀む。
「──ねこまたちゃん、たぶんスマホ以外に『電子機器』持ってないよね?」
「っ、それってまさか⋯⋯っ」
──『ダンジョンコアは電子機器を起動していると出現しない』
ダンジョンのルール。これはつまり、裏を返せば──
「──今のねこまたさんはダンジョンコアと遭遇する可能性がある⋯⋯っ」
小さく呟いた俺の言葉を肯定する者はいなかったが、しかし否定してくれる者も当然いなかった。
「っ⋯⋯どうっ、しましょう⋯⋯!?ど、どうすれば⋯⋯っ!?」
アレスさんは顔を真っ青にし、明らかに呼吸も浅い⋯⋯彼と同様、俺自身もこの場における最適解が分からなかった。
「──私達はこのままダンジョンコアを討伐する」
「⋯⋯え?」
凛とした声が緊迫した空気を引き裂く。
「⋯⋯オリヴィア、本気?」
「これが最適解だ。現状の最悪は『ねこまたとフタバさんがダンジョンコアと遭遇すること』⋯⋯私達はこの事態を想定して動くべきだ」
『討伐』という言葉に一瞬冷たい雰囲気を見せるヒマワリさんだったが、しかしオリヴィアさんは振り返ることすらせず、俺達に対してスマホの電源を切るように指示した。
「何より、ダンジョンコアさえ討伐してしまえばダンジョンは崩壊する。たとえ彼ら二人がダンジョンコア以外の脅威に晒されていたとしても、全て解決できる」
「⋯⋯まぁ、ダンジョン内で合流するというのも現実的じゃないですしね」
それこそ、『マッピング』なんて便利な魔法も無いのだ。モンスターの位置はもちろん、ここの全体像すら俺達には把握できない。ねこまたさんが言っていた『壁の先の空間』とやらも、見つけるのは現実的じゃないだろう。
「ふぅー⋯⋯よし、つまり殺せばいい⋯⋯」
依然ピンチには変わりないのだが、しかしやることが明確になったお陰で、俺の頭はスッキリと冴えるようだった。
「ヒマワリ、異論はあるか?」
オリヴィアさんは走る速度を緩めず、向かってくるモンスターを的確に処理しながらも最後にそう聞き⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯はぁ。この状況で、異論なんて言えるわけないでしょ」
ヒマワリさんは呆れたように返すのだった。
──────────────────
「──恐らくここだ」
しばらく走って辿り着いたのは、薄い苔がカーペットのように敷かれた緑色の空間だった。
扉こそないが、入口のような穴が明確に内と外を区分しているように感じるその空間に、俺達は慎重に足を踏み入れる。
「⋯⋯っ」
今回でダンジョンコアと戦うのは二回目⋯⋯いや、女になった原因の敗走をカウントすれば三回目か⋯⋯
俺は無意識に剣を強く握りしめる。
「⋯⋯ん?これ、花冠⋯⋯?」
視線を下に落として最後の精神統一を図っていた俺は、ダンジョンに似つかわしくないものを視界に捉えて思わず疑問符を零した。
⋯⋯いや、おかしい。どうしてこんなものがダンジョンに──
「──誰?ようやく次の生け贄が来たの?」
──不機嫌そうな声。
「⋯⋯は?」
⋯⋯前回戦ったダンジョンコアも、声を発していた。ダンジョンコアが喋るのは珍しくないということも、俺は既に知っている。
しかし、この時聞こえた声には前回感じた不気味さや違和感が一切なく、そして何より──
「──子供⋯⋯?」
それは、明らかに幼い子供の声色をしていた。
「⋯⋯え、誰?てか冒険者?いつものヤツらと違わない?」
いや、声色だけではない。空間の奥にぺたんと座っているその姿も、まさしく人間の少女と言えるものだった。
「羽⋯⋯?」
──背中に生えている蝶のような片羽と、身体中を伝う植物のツタに目を瞑れば、の話だが。
彼女はまるで、身体を這うツタに体を支えられているかのように、不自然な体勢で蹲っていた。
「どうして、女の子が⋯⋯」
俺と同様、未だ状況を呑み込めていないであろうアレスさんの呟きが零れる。
「⋯⋯?」
⋯⋯そして、何故か少女の方も俺たちと同じように首を傾げていた。
「⋯⋯ていうか、アンタ達何その格好⋯⋯?都会では今そういうのが流行ってるの⋯⋯?『大人』もそういうの着たがるものなんだ⋯⋯」
「ぐはァ⋯⋯っ!?!?」
「オリヴィアがやられた!強敵だ!!」
⋯⋯少女の『口撃』で大きくふらついたオリヴィアさんだったが、しかし何とか持ちこたえ少女に向き直る。
「⋯⋯ここに、我々の仲間が来ているはずだ」
オリヴィアさんは己の焦りを感じさせないよう語調を抑え、静かにそう聞いた。
「仲間?いや、知らないけど⋯⋯」
しかし、少女は怪訝そうに首を傾げるだけ⋯⋯そんな様子を見ていると、どうしても俺たちの中にはある疑問が浮かんできてしまう。
「⋯⋯では、君は──」
オリヴィアさんは依然慎重に、今俺達全員が抱いているであろう疑問を口にした。
「──『ダンジョンコア』か?」
コミュニケーション自体は問題なく取れている。姿も人型と言って差し支えない。しかし、彼女の姿を人間と判断するのはまだ早計だと感じる。
⋯⋯彼女は、そもそもダンジョンコアなのだろうか?
「ダンジョン、こあ⋯⋯?えっと⋯⋯」
『ダンジョンコア』という言葉に少女は怪訝な表情を更に険しくし、考え込む。そんな何気ない動作も、やはり少女的であり人間的だった。
「⋯⋯⋯⋯あっ」
彼女は数秒考え、そしてなにか思い至ったかのように手をぽんと叩いた。
「──もしかして『神様』のこと?」
──『神様』
「⋯⋯」
⋯⋯実に『因習村』らしい言葉だ、と俺は思った。
「うーん、でもどうなんだろ。なんて説明すればいいのかな⋯⋯」
少女は未だうんうんと唸っているが、しかしここで重要なのは『少女がオリヴィアさんの質問を否定しなかった』という事実だ。
「君は⋯⋯人間ではないのか?」
オリヴィアさんが更に踏み込む。
「──何それ、どういう意味?」
「っ⋯⋯」
瞬間、考え込んでいた少女の瞳が見開かれ、こちらを真っ直ぐに捉えた。急な変化に思わず息を呑む。
「人間⋯⋯はは、『人間扱いされてたか』って意味なら、答えは『いいえ』なのかな⋯⋯」
「⋯⋯え?」
しかし、彼女の纏う張り詰めた空気はすぐに霧散し、少女は再度考え込むように俯いて小さく呟いた。
「人間扱い⋯⋯?」
そして、その呟きは俺達が抱く疑念をさらに深めていく。
「⋯⋯え?何、結局どっちなの?あの子さっきから曖昧なことしか言ってなくない?」
「⋯⋯ですね。とりあえず攻撃してみますか?」
「こらっ⋯⋯とりあえず、今のところコミュニケーションは問題なく取れているんだ。もう少し会話を続けてみよう」
ヒマワリさんと俺はこそこそと話し合うが、すぐにオリヴィアさんに窘められてしまった。
彼女は依然警戒した様子でレイピアを構えながらも、もう片方の手でスマホを操作している様子⋯⋯どうやら、電波が繋がるかを試しているらしい。
⋯⋯今まで明言されたことはなかったが、どうやら『電子機器が起動しているとダンジョンコアは現れない』というルールに加えて、『ダンジョンコアのいる空間では電子機器を扱えない』というルールも存在するようだ。
オリヴィアさんは電波が繋がらないことを確認すると、一度深呼吸をしてから改めて少女の方に向き直る。
「⋯⋯君は──」
「──ねぇ、お兄さんお姉さん」
しかし、こちらの言葉に被せるように少女が言葉を発した。彼女の瞳は先程よりも冷たくこちらを捉えていたが⋯⋯しかし、俺は何故か今の彼女の様子に人間らしさを感じた。
少女は呼びかけから数秒躊躇し、軽く呼吸を整えるようにしてから改めて告げた。
「──『村』の人に頼まれてここに来たの?」
「え⋯⋯」
──『村』
こんなことが、有り得るのか⋯⋯?
「⋯⋯有り得ない」
俺が疑問を口にするよりも早く、オリヴィアさんの口から回答が零れた。
「ダンジョンコアがダンジョンの外を認識するのは、極めて稀なケースだ⋯⋯」
「⋯⋯ということは⋯⋯」
彼女は、やはり人間⋯⋯?
「はぁ⋯⋯マジで最悪。散々良い思いしておいて、結局こういう感じ⋯⋯?」
動揺する俺達を前に、少女はぶつぶつと不満を零している。
正確に言えば、俺達は村から直接依頼を受けた訳では無いのだが、しかしこの状況は彼女にとって良いものではないらしい。
──そして、彼女は俺達よりも明確に今の状況を理解している。
抱いていた疑問のほとんどは未だ解消されず、むしろ増えていくばかりだった。
「⋯⋯⋯⋯うん、まぁ今はいっか⋯⋯」
そんな中、ずっと毒づいていた少女は気分を切り替えるかのように軽く頭を振り、そしてこちらに一歩距離を詰めてくる。
「おーい!お兄さんお姉さんっ」
まさしく、無邪気な少女のように。
「あなた達、たぶん都会から来たんだよね?私、よければ都会のお話を聞きたい──」
「──君は村の子供か?」
明るく楽しげな声を遮り凛とした声を響かせたのはオリヴィアさん。少女の表情が固まり、その目は大きく見開かれる。
「⋯⋯⋯⋯はぁ」
彼女は心底つまらなそうにため息を吐き、そして明確な敵意を宿してこちらを睨みつけた。
「⋯⋯そうだよ。私はあの村の子供」
まるで、最大限の侮辱を受けたとでも言うように。
「──村で最初に、ここに捧げられた生け贄なんだ」




