第十話 ボス戦前
ダンジョン第十話 ボス戦前
「──クーちゃんさん、本当に『加護』は大丈夫なのか?」
「はい。下でもモンスターと戦いましたが、問題なくやれました」
俺の『加護』を心配してくれるオリヴィアさんに笑顔で答える。
俺が彼らと合流した地点は元いた地点から少し後退した場所だったため、今現在は再度ダンジョンの深くへと進んでいた。
⋯⋯これはつまり、俺達には『明確な目標地点』があることを意味している。
それは確実に、『ボス』に関するものだろう。
「あの、私が落ちる前に仰っていた『ボス』について、お聞きしたいのですが⋯⋯」
「えぇ、もちろんです。クーちゃん」
アレスさんが前を向いたまま答えてくれる。
彼は俺が落ちたことをかなり気に病んでいるのか、先程よりも張り詰めた様子だった。
こちらが心配になってしまう程だが、しかし今は『ボス』について聞くのが先決である。俺は口を挟まず続きを促した。
「そもそも、我々がダンジョンに潜る一番の目的は配信ではありません」
「え?そうなんですか?」
「はい、一番の目的は『ボス』⋯⋯より正確に言うなら、『ダンジョンコア』の討伐です」
──『ダンジョンコア』
新しい呼称が出てくるが、やはりそれも聞いたことがないものだった。
「ピンキリだけど、強いやつは強いから気をつけてね、クーちゃん」
「⋯⋯?は、はい」
「ボスは電子機器が起動してると出てこない。今のうちに携帯の電源切っとけ、新入り」
「わ、分かりました」
ヒマワリさんとねこまたさんも補足を入れてくれるが、やはりボスという存在のイメージが湧かない。
「⋯⋯えっと、そのボスの居場所は分かってるんですか?」
「新入り、ボクの『魔法』を覚えてるか?」
「マッピング⋯⋯ですよね?」
「そうだ。そしてボクの魔法は、ダンジョンの構造だけでなく、モンスターの位置まで特定できる」
「⋯⋯?あっ、もしかしてボスの位置も⋯⋯?」
「そう。これこそボクがこのチームで重宝されてる真の理由ってわけ」
ねこまたさんは気怠げに伸びをしながら説明してくれる。
⋯⋯なるほど、先程から足取りに迷いがないのはそういう理由だったか。
「でもねこまたちゃんの魔法、人間の位置は分からないんだよね。クーちゃんが落ちちゃった時も、そのせいでめっちゃテンパっててさ」
「そ、そうなんですね⋯⋯」
「余計なこと言うなヒマワリ」
ねこまたさんはぶっきらぼうに告げるが、その背けた顔には朱が差しているように見えた。
「──クーちゃんさん」
「⋯⋯?オリヴィアさん?」
不意に、オリヴィアさんが神妙な表情をして話に割って入る。
「事前に伝えておくが、ボス戦では何が起こるか分からない。死の危険だって、当然存在する」
凛とした声のまま、はっきりと告げるオリヴィアさん。彼女なりにこちらを気遣ってくれていることが理解できる仕草だった。
「⋯⋯分かっています。そもそもダンジョンに入った時点で、死のリスクがあるのは理解していますよ」
⋯⋯俺は、魔法少女リリちゃんのことを思い出していた⋯⋯だいぶ限界っぽかった彼女のことを。
リリちゃんは明らかに希死念慮を抱えていた。
そんな彼女は、死の危険溢れるダンジョンで戦いながら、どのような感情に苛まれていたのだろうか。
「⋯⋯」
そしてそれだけでなく、リリちゃんはこのダンジョンのボスについても言及していた。
──『私達みたいなのには、辛いタイプのやつだったから』
彼女はそう言っていたのだ。
「⋯⋯」
明らかに説明不足なそのアドバイスを、俺は仲間と共有しようとは思わなかった。
変に混乱を招くのは避けたいし、そもそもリリちゃんと会ったことは彼らに知られたくない⋯⋯いやほんとに。
しかし、やはり不穏であるのは変わらないし、俺自身は心にとめ、そして警戒しなくてはならないだろう。
「⋯⋯そうか、ありがとうクーちゃんさん。コラボ配信を経て、あなたの実力は確かだと知っている。頼りにしているよ」
「頑張れクーちゃん!あたしも応援してるよ!!」
「ヒマワリも戦うんだぞ」
ボスが近いからか、ダンジョン攻略組の面々からはどこか緊張した空気が感じられるが、しかしヒマワリさんだけはずっと笑いっぱなし喋りっぱなしだった。
楽観的なだけのようにも見えるが、彼女はその明るさでチームのムードメーカー的な役割を果たしているのだろう。他のメンバーも彼女に軽口を叩くことで、ある程度の精神安定を得ている様子だった。
⋯⋯個人的には、彼女の『魔法』を直に見てみたい気持ちもあるのだが⋯⋯
「あ、ボクはマジでマッピング以外できないから、当てにしないでくれよ?」
「わ、分かりました⋯⋯!」
そんな会話をしながらしばらく歩いていると、先頭を歩いていたアレスさんが静かに立ち止まった。
「──ここだ」
「扉⋯⋯ですか?」
目の前にあるのは大きな扉だった。
それこそRPGのボス戦前といった雰囲気である。
「お、今回のはコッテコテだねぇ〜」
「⋯⋯堂々と待ち構えてるタイプは強いことが多い。油断するなよ」
⋯⋯正直、もう少しボスについて説明して欲しい気持ちもあったが、しかし聞く限りやることは大して変わらないのだろう。
──つまり、殺すか殺されるかだ。
俺達は扉を開け、中へと踏み入った。
──────────────────
「──あれ、か⋯⋯」
──それがボスであることは一目で判別できた。
空間の奥に、大仏のようながしゃどくろのようなシルエットの巨体が鎮座している。
見た目はしわがれた老婆のようにも見えるが、ソレの人体における関節部分は全てが赤子の顔になっており、それらは悲鳴に近い鳴き声を発していた。
顔に存在するパーツは唇だけで、大きなそれが斜めに張り付き、端からは涎のような赤黒い液体が絶えず滴り落ちている。
そして、床に落ちた液体はぐにゃぐにゃと形を成し、次々と不格好な人型が形成されていく。
形成された人型も赤子のような鳴き声を発し、そしてそれらは明確な敵意をこちらに向けていた。
「──こ、れ⋯⋯」
──この感じ、どこかで⋯⋯?
明らかに普通のモンスターとは違うそれに、俺は何故か既視感を覚えていた。
しかし、それを紐解くよりも先に、目の前のモンスターが啜り泣くように響かせる鳴き声に思考が引っ張られる。
「──ッ」
俺は決意と殺意を持って剣を握りしめた。
──俺にとって、初めての『ボス戦』が始まる。




