表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ドラゴンの正しい育て方(巫女監修)

作者: サツマイモ

「……にわかに信じがたいけど……如月の言ってること……」


 放課後の神社。その本殿の縁側で、俺、佐々木優太は腕の中の小さな生き物を見つめて、呆然と呟いた。


 ちなみに俺の腕の中にいるのは 翼を生やした謎の生物だ


「はぁ……じゃあなに この生物はただのトカゲだとでもいうの? すごいわね 背中に翼を生やしたトカゲなんて。ためしに写真撮ってSNSにアップしてみたら? 秒でバズるわよ」


 隣に座る巫女服姿のクラスメイト 如月凛きさらぎ りんが、心底呆れきったという声で毒を吐く。


 俺は思わず その翼を生やした新種のトカゲ…もといドラゴン(仮)に目を向ける。……漫画やアニメじゃないんだからそんなドラゴンなんて……と 言いたいところだが 確かにこの姿は……。


 エメラルドグリーンの鱗は宝石のように輝き 背中にはどう見ても飾りじゃない小さな翼がついている。俺の腕の中で猫のように「きゅるる」と喉を鳴らすこの生き物を ただのトカゲだと言い張るには 無理がありすぎる。


 事の始まりは昨日のこと。道端の茂みでこいつを拾い「ヨル」と名付けて家に連れ帰った。そして今日の放課後 如月に「あなたから、龍の匂いがする」と意味の分からないことを言われ 有無を言わさずここに強制連行されたというわけだ。


 ちなみに如月曰く 彼女の家は代々 人の世に迷い込んだ龍を護り あるべき場所へ還す役目を負う一族らしい。うん意味がわからない。


「それにしても うーん 龍……つまりドラゴンか。剣と魔法が舞台の創作物でよく見る あれか。……もしかしてこのトカゲが将来 とんでもなくかっこいいドラゴンに成長するってことか? それはそれで中二心をくすぐられるな」


 そんな俺の言葉に対して 如月が


「おかしな妄想はよしなさい。このご時世 成長した龍が発見されたらどうなるか分かるでしょ」


「……ごもっともです」


 もちろんだ。もしこの子が発見されたらネットを介してあっという間にその情報が広がり…警察や政府…挙句の果てに謎の機関が接触して俺とヨルは事件に巻き込まれて…いや それは違うか。映画の物語じゃないんだから…


 そんな風に俺が考えていると 如月が


「とにかく その子は〝龍〟。人の世にいていい生き物じゃないの。正式な儀式の日まで私が監視するから、それまであなたが責任を持って世話をしなさい」


「うっ……世話っていったって……」


 ……しかたない。潤んだ瞳でたい焼きを食べるヨルを見て 完全に絆されてしまったのは俺だ。


 こうして、俺の奇妙な夏休みは幕を開けた。



 数日後 俺の部屋には当たり前のように如月がいた。


 如月は「ちゃんと世話をしてるか見張るから」そう宣言して俺の家に来たわけだが…彼女は現在 俺の漫画を読んでくつろいでいる。


「なあ…お前何のためにきたの?」


「何度も言わせないで。万が一の時のための監視よ。……あ この漫画の続きは?」


「まだ発売してない」


「ちっ」


「おい、舌打ちはやめろ 舌打ちは」


 そんな監視役(笑)であったが いざヨルが腹を空かすと彼女は龍用に特別な餌を用意してくれたり ヨルが口から火を吹いて俺の宿題を灰に変えたときには 盛大にため息をつきながら自分のノートを貸してくれたりもした。


 ヨルは そんな俺たち二人が好きみたいで 俺の肩と如月の膝の上を行ったり来たりして 満足そうに喉を鳴らしている。


 口は悪いが根は優しい(と信じたい)如月と 小さくて可愛いヨル。

 なんだかこの時間も悪くないな。そう思い始めていた。


 夏休み中はまさに怒涛の日々だった。


 特に大変だったのが近所の夏祭りだ。「龍の情操教育に人の賑わいを見せるのも一興」とかいう意味の分からない理屈で俺たちはヨルをこっそりカバンに忍ばせて行くことになった。


 そして…トラブルが起こった


 俺たちは暫く屋台を見回った後 如月と別行動をとることにした。


 そして俺はヨルをつれて歩いていると、たまたま通った金魚すくいの屋台を見つけた。


 別に金魚に興味はなかったので すぐに通り過ぎようとしたその矢先


 ヨルが水の中を泳ぐ金魚を餌だと思ったらしく カバンの隙間から「しゃーっ!」と小さな火花を散らしたのだ。そして屋台のおじさんは「お おい 今なんか燃えなかったか!?」と騒ぎ出す始末。ヨルの口にりんご飴を突っ込んで黙らせて冷や汗はかきながら屋台のおじさんに


「い…いえ気のせいじゃないっすかね」と何とかごまかしたのだった。


 ちなみにその時 如月は別の店でのんきに焼きそばを食っていたらしい。だめだこの巫女 役に立たねえ


 ……まあ そんなわけで 俺はこの時のハプニングをずっと忘れることはないだろう



 そして…あっという間に時が過ぎて


 満月の夜だった。いつものように縁側で涼んでいると 如月が真剣な顔で口を開いた。


「…明日の夜 儀式を行うわ」


「え…」


「ヨルの力が少しずつ大きくなっている。これ以上は、人の世に留めておけないの」


 分かっていたことだ。いつか来ると覚悟していた日。でも いざその時が来ると 胸が詰まって何も言えなかった。一方のヨルは、そんな俺の心を知ってか知らずか のんきにあくびをしている。


「……お別れ か……」


 そんな俺の様子を見て 如月が諭すように言う。


「…分かってるとは思うけど これも全部この子のためなんだからね。飼い主なら この子の旅立ちをしっかり見送ってあげなさい」


「……ああ」


 俺の返事を聞くと如月は黙って優しくヨルの頭を撫でた。


 儀式の夜。

 神社の本殿で如月が厳かに祝詞を唱え始めると祭壇が淡い光を放ち始めた。空間がゆらりと歪み向こう側に星空のような世界が見える。


「…行きなさい、ヨル」


 俺は最後にコンビニで買ったたい焼きを差し出した。ヨルはそれを名残惜しそうに一口だけ食べると俺の頬をぺろりと舐めた。温かくて少しざらりとした感触。


 そして……何度も振り返りながら光の中へと一歩……また一歩と進んでいく。


 その姿が完全に見えなくなる直前 ヨルは最後にもう一度こちらを振り向き……そして笑顔で消えていった。


 本殿に静寂が戻る。


 そこに もうヨルの姿はない。胸にぽっかりと穴が空いたようだ。涙が滲んで 前が見えなくなった。


「…泣いてるの? ……情けないわね。ほら」


 如月はハンカチを俺に差し出した。


「…別に泣いてなんかないやい‼」


「なにその口調。……ねえ 佐々木くん」


「なんだよ」


「……あの子が還った世界は ここと時間の流れが違うそうよ。次に会うときは あんたの妄想通り立派な龍になってると思う」


 妄想は余計だ。


 それにしても…立派な龍 か。


「ちなみに、龍が成体になるのにどれくらいの年月がかかるんだ?」


「そうね…。個体差があるから一概には言えないけど…まあ 七百年くらいかしら」


「……それだけ経てば、俺たちのことなんか忘れちゃうだろうな」


 俺の弱音に、如月は「ばかね」と小さく笑った。


「龍は賢い生き物なの。あなたと違ってね。だから ずっと覚えてるわよ。あなたの情けない顔も……みすぼらしい格好も」


「せっかくいい感じなのに、ところどころ毒を吐くのやめてもらえませんかね」


「だったらしゃんとしなさい」


 そう笑いながら背中をたたいた


「まっ…覚悟しておくことね。次に会えたときはたい焼き一つなんかじゃ とても足りないでしょうから」


「…そっか。じゃあ、その時までにたい焼き代でも稼いでおくか。……ん? 次に会うときってやばくね? 巨大なドラゴンに成長してたら普通に目立つんですけど」


「そうね。でも大丈夫…何があろうとヨルが敵対する人間全てをを焼き払って殲滅(せんめつ)してくれるから」


 こわいこわいこわい……ん?


 ……いや まてよ………


 立ちはだかる人類……そしてそれらに立ち向かう俺とヨルの姿……おお それはそれでかっこいい気が……


「そして飼い主のあんたはヨルの攻撃の流れ弾があたり…」


「ダサすぎぃ‼」


 そんな俺のツッコミにクスクス笑う如月の横顔を、月明かりが優しく照らしていた。


 ヨルがいなくなった日常は、少しだけ静かで、少しだけ寂しい。


 でも、俺と彼女の間には、小さな竜が繋いでくれた、不思議な絆が確かに残っていた。


 くすっと笑えて、胸がチクッとする。そんな、忘れられない夏の記憶。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ