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8 幸せな政略的結婚

 私とアルト殿下はふたり、林の中の元来た道を戻っています。

 道すがら、アルト殿下は先ほどの黒装束の男たちについてお話しされました。


「賊の狙いが、アルト殿下というお話でしたけど?」

「我が国には今回の条約延長に反対する者もいたのです。そして、あなたとの婚姻にもね。おそらくですが、そういった者たちが放った刺客だったのでしょう」

「条約は分からなくもありませんが、なぜ婚姻まで反対されるのでしょう?」

「これは内緒の話なのですが……」


 そう言って、アルト殿下はイタズラ小僧のような笑みを浮かべました。


「我が国の国境近くに、新たに金鉱山が見つかったのですが、調査の結果、鉱脈があなたの国の方へ続いていることも分かったのです」


 いえ、ちょっと待ってください。それは本当に秘密のお話なのでは? 昨日の朝、お父様とお義兄様がお話されていたことですよね?


「……なるほど。いずれ利権の争いの種になるのなら、初めから鉱山の共同開発という話にしたいのですね。その為に、両国の繋がりを強化することを目的として、私たちの婚姻が利用されると」

「話が早い。その通りです。ですが、それを快く思わない派閥もおりましてね。鉱脈が発見されたのは我が国なので、そのまま独占してしまえ、と主張する者たちです。地面の下のことなのだから、秘密にしておけば良いと考えたのでしょう。浅はかな話です。人の口に戸は立てられないというのに」

「あの、全然違う話なのですけど、私たちが似た者同士というのは……?」


 違和感は最初からありました。今でもあります。殿下の物言いが十五の少年とは思えないのとは別に、使う言葉や言い回しが、この世界のものとは微妙に異なるのです。というより、私の「記憶」にある言葉とよく似ているのです。

 殿下は、往きの道行で見せた、嬉しそうな笑みを浮かべました。


「……私には、幼い頃から見る夢があるのです。その夢の中で、私は別の世界の住人でした。ここではない、見るものすべてが違う不思議な世界です」

「それって……」

「馬もいないのに走る車や、空を飛ぶ不思議な乗り物。遠くの人と話せる魔法の道具、現実を小さく閉じ込める板、そういったもののある世界で、私は別の人生を歩んでいました」

「……」


 私は、息を飲んで殿下の告白に聞き入りました。それは、私自身も思った事です。もしかしたら、殿下は私と同じ……。


「その世界での、私の身分もハッキリと覚えています。夢なのに不思議なことですが。私は、大日本帝国陸軍の中央方面軍近衛連隊に所属する一部隊の隊長なのです」


 同じ……え? 陸軍? 帝国?


「夢の中では、世界全体を巻き込んだ二度の大戦を経て、私の住んでいた国が人類初の統一国家を作り上げました。夢の出来事だというのに、あの誇らしい気持ちは不思議と自分のことのように感じられます」


 待ってください。理解が追い付きません。それは、私の知っている日本とは違います!


「その夢の中での経験が、今の私を形作っています。私が年齢に似合わない言動をするのも、その為でしょうね。幼い頃は、周囲の反応がよく分からなかったのですが、今ではそれをあまり表に出さない方が良いことも理解しています。もしかしたら、あなたも同じだったのではないですか?」

「ああ、ええと……」


 私は答えるのを躊躇いました。私の場合は夢どころか、完全に前世の記憶として認識しています。ですが、同じ転生者であっても、元居た世界は別の日本のようなのです。それを上手く説明する自信がありません。

 なので、私は曖昧に答えるにとどめました。いずれ、全てお話しするかもしれませんが、今はここまでですね。


「私も……、ときどき不思議な夢を見ます……。でも、殿下ほどハッキリではありませんけど」

「やはり! 私たちは上手くやっていけると思うのですけど、姫はどう思いますか?」

「その為には、義兄を説得しなければ」

「それは、私の仕事ですね。ニール殿下から、あのセリフも聞いてみたいですし」

「あのセリフ?」


   *


「それでは、エリスとアルト王子の婚姻を正式に進める。これはオルシア国王も承知している。異論は無いな?」

「あります! アルト殿下はまだ十五! エリスより三つも歳下で、成人したばかりなのですよ!」

「でも、私を守ってくださいましたよ?」

「うぐぅ……」


 波乱の懇親会が終わった後、王宮にある接待用の貴賓室で、国王であるお父様は私たちの婚姻について重々しく宣言されました。

 それに対して、お義兄様はいつものように軽々しく反対されています。

 貴賓室のテーブルについているのは、上座にお父様とお母様の国王夫妻。私の正面にニール義兄様とイライザ義姉様。私の隣にアルト殿下がおられます。


「守る者の為に率先して危険な場に飛び込むのは、上に立つものとして立派な素質だと思います。それに昨日からお話しした印象としては、年齢から来る幼さなど感じられません」

「いい加減、諦めたらどうなんです、ニール兄様。アルト殿下でダメなら、一体どんな方がエリスの旦那様になるの? お兄様が問題にしているのは、年齢だけなのではなくて?」

「しかし、イライザ! しかしなぁ……」


 お義兄様は何とか反論を試みようとされていますが、言葉が出てこないようです。

 どうやら、お義姉様の作戦が完全に功を奏した様子ですね。トラブルがあったものの、終わり良ければ総て良し、というものです。


「それでは、正式な発表は先のこととして、ニール殿下に一つだけお願いがあるのですが」

「な、何かな?」


 アルト殿下の申し入れに対して、お義兄様は警戒したように問いかけます。


義兄上(あにうえ)と呼ばせてください」

「……! 君に義兄(あに)と呼ばれる筋合いは無い!」


 そのセリフを聞いた瞬間、私とアルト殿下は弾けたように笑いだしました。


「ぷ……くく……あははははっ!」

「あははははっ!」


 貴賓室にいる皆さんの視線が疑問符だらけになっていますが、私たちは笑いを堪える事が出来ません。

 この笑いの意味が分かるのは、この部屋の中では私たちだけでしょう。昨日お会いしたばかりのアルト殿下ですが、今はもう、昔から分かり合った仲のように感じられます。

 厳密には違いますが、同じ日本から来た者として、また同じ秘密を共有する者として、アルト殿下とは不思議な親密感に満たされています。


「ごめんなさい、お義兄様。私、この方となら上手くやっていけると思います」

「これからもよろしくお願いします、義兄上」

「ぐぬぬ……、納得いかーん!」


   了

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