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7 王子様の剣舞

「姫様! ダメです! お逃げください!」


 私に気付いた旅装束の男の内、一人が頭巾を脱ぎながら叫びました。もしかしたら、彼らがパトリシア様の用意したランズデール公爵家の私兵の方々でしょうか。


「に、逃げるといっても……」


 馬首を巡らせて林の中を戻るのか、旅装束の男たちを味方と信じて彼らの方へ向かうのか。このような場面に慣れていない私は、手綱を握ったまま頭が真っ白になってしまいました。


「エリス姫! 危ない!」


 と、黒装束の男の一人が、私に気付いて斬りかかってきました。

 後ろからアルト殿下の声が聞こえましたが、驚いた私は目をつむり、思わず手綱を力いっぱい引いてしまいます。それがいったい、どのような結果になるのか。

 ヒヒィンッといなないた馬は、私の手綱に従って前足を大きく上げ、馬体を大きく竿立たせたのです。

 これが狙ったものなら、私も手綱を握って鐙に踏ん張ったことでしょう。しかし、そのような急場の馬術に慣れていない私は、あっさりと落馬してしまいました。身体が一瞬、ふわりと浮かんで、イヤな浮遊感に身体が満たされます。


「きゃああっ!」


 思わず声を上げてしまいましたが、掴まるものが何もない空中では叫ぶことしか出来ません。

 このままでは地面に叩きつけられると思った私の身体を、冷たい感覚が走ります。

 しかし、何かに空中でぶつかられた私は、真横に飛ばされました。そして、ぶつかってきた何かを抱き枕のようにして、柔らかい草むらへと転がり落ちました。おかげで身体を強く打たなかったようです。

 それでも、腕の何か所がかすり傷で血がにじんでいます。


「いったぁ……。……! 殿下! アルト殿下!」


 私を落馬のピンチから救い出したのはアルト殿下でした。私よりも小柄な身体をクッションにして、衝撃を和らげてくれたようです。


「……姫が思ったよりも軽くて良かった」


 こんな時まで紳士的なことを口にした殿下は、次の瞬間、剣を抜き放って振り上げました。私の目の前を、銀色の光が頭上に向かって跳ね上がります。

 キイィンッという金属質な音が頭の上から降ってきました。見上げれば、殿下は私たちを狙って振り下ろされた剣を、ご自分の剣で押さえています。

 しかし、黒装束の男は、体重を乗せて剣に力を込めてきました。小柄で非力そうに見える殿下では、すぐに押し切られてしまいそうです。


「姫! 下がって!」

「は、はいいっ!」


 私は慌てて、這いつくばるようにして黒装束の剣から逃れました。

 そして振り返ると、殿下は手首を返して黒装束の腹を切り裂いていました。


「ぐあ……」


 一瞬前までピンチに見えた殿下は、まるで手品のように暴漢を倒したのです。黒装束の腹から真っ赤な血が勢いよく噴き出していますが、妙に現実感がありません。

 危なげなく立ち上がったアルト殿下は、旅装束の男たちに向かって叫びました。


「ランズデール公爵家の者たちだな! お前たちはエリス姫を守れ!」

「殿下! し、しかし我らは……」

「ヤツらの狙いは恐らく私だ! お前たちの本分は、ルミエール王家の護衛だろう! 茶番は終わりだ!」


 アルト殿下の言うことは正論ですが、我が国で国賓が害されるのも問題です。それでも、多勢に無勢の状況ではランズデール公爵家の私兵たちに選択肢は無いように思えます。

 彼らは剣を黒装束の男たちに向けて牽制しつつ、私を守る位置に駆け寄りました。

 ここでようやく、私にも状況が見えてきました。

 黒装束の男たちは残り四人。

 ランズデール公爵家の私兵は三人。

 アルト殿下を含めれば、数は互角です。もちろん、私は戦力になどなりません。このままの状況で時間を稼げば、お義兄様が護衛騎士を引き連れてやってくるでしょう。

 お義兄様と示し合わせているわけではありませんが、元々の茶番はニール義兄様を騙すためのものです。なので、イライザ義姉様が良いタイミングで私たちのことを伝える手筈となっています。私とアルト殿下が二人きりで遠乗りしているなどと言われたら、お義兄様は間違いなく過剰な戦力でやってくるに違いありません。


「殿下、もうすぐ義兄が……」

「姫はここでお待ち下さい。其方らは姫を守れ!」

「え、ちょ……、アルト殿下?!」


 なのに、茶番のシナリオを知っているはずのアルト殿下は、黒装束の男たちに向かって飛び出しました。

 一対四。圧倒的に不利な状況です。


「ダメです! お一人では……、え、お強い?」


 驚いたことに、アルト殿下は複数の敵を相手にして、一歩も引かない戦いぶりです。右へ左へ立ち回り、囲まれることなく剣を振るっています。いえ、例え囲まれても、後ろに目が付いているのではないかという様子で敵の剣を(かわ)しています。

 無双、という言葉があります。

 前世でよく見たマンガやアニメでも、一人で敵の集団を圧倒する戦いぶりを指す言葉です。

 ですが、大抵それは、必殺技や強い魔法でドカンと薙ぎ払うようなものでした。爽快感を得られる演出としてよく見たものです。

 アルト殿下は違います。

 必殺技も魔法も無く、ただ剣の技と身体さばきで敵の集団を圧倒しているのです。

 今、一人の腕を切り落としました。勢いよく血が噴き出していますが、アルト殿下は返り血も浴びていません。

 ……私、意外と冷静ですね。殿下が強いと分かったからでしょうか。それとも、マンガやラノベの知識に当てはめて、現実逃避のような感覚でいるからでしょうか。

 ですがおかげで、伏兵の存在に思い至りました。こういう時、物語では木の上から弓で狙われたりするものですが……。


「……いました! 本当にいます!」

「姫様?」

「左手、木の上! 弓兵が殿下を狙っています! ここは一人で構いません。二人行って、殿下の援護を!」

「……! し、承知しました!」

「残った一人は私と周囲の警戒を。伏兵が一人とは限りません」

「かしこまりました! 姫様は湖側へ」


 ランズデール家の方々は、いきなり指示を出し始めた私に驚いた顔を向けていましたが、その指示が妥当なものと思ってもらえたようです。一瞬だけ躊躇して、二人の私兵が弓兵のいる林の中へ向かって行きました。弓兵を排除すれば、そのままアルト殿下に加勢していたいただけるでしょう。

 隠れ場所がバレた敵の弓兵は、矢を放つと樹上から姿を消しました。矢は適当に放ったのでしょう。アルト殿下を外れて湖へと消えました。後は、弓兵を追うランズデール家の方々に任せます。

 アルト殿下は、一瞬だけ頭上を越える矢に視線を向けましたが、すぐに元の剣戟に戻っています。

 その姿は、まるで決められた振り付けのある舞のようでした。殺意を持って振り下ろされる剣を(かわ)し、血飛沫を躱し、しかし殿下自身は傷一つ負わない。

 なんという綺麗な舞でしょうか。舞踏……いえ、舞闘とでもいうような戦いぶりです。

 そんな場合ではないと分かっていても、私は殿下の剣舞に見惚れてしまいます。

 命の危険があると分かっていても、いつまでも見ていたいと思ってしまいます。

 心が沸き立ち、胸の奥が熱い。


「綺麗……」

「……エリスっ!……」


 と、遠くから私を呼ぶ声が聞こえました。夢の中で誰かに呼ばれたような感覚に、私は周囲を見回します。

 陽を照り返して美しい湖。

 爽やかな風の流れる林。

 黒装束の男たちに襲われる隣国の王子さま……。


「はっ……! お義兄様! ニール義兄様!」


 林の中からの小径から、馬に乗った集団が恐ろしい勢いで飛び出してきました。先頭は、この茶番の観客であるお義兄様です。背後には、予定通り護衛騎士の集団が付いてきています。


「エリス! これは、どういう状況だ?!」


 馬上から、お義兄様が険しい声で尋ねました。当然の疑問ですね。お義兄様は何もご存じないですし、私も黒装束の集団が何者か分からないのです。

 なので、私は肝心なことだけを言いました。


「アルト殿下が私を守ってくださっています! あの方を助けて!」

「……! 分かった! エリスの守りに三人つけ! 残りはあの黒装束の討伐! アルト殿下は下がって!」


 状況が一瞬で変わりました。

 背後をチラリと見て状況を理解したアルト殿下は、剣を横薙ぎに大振りしながら下がります。

 それだけで、黒装束の男たちは地面に縫い付けられたように動きを止めました。

 その隙に、護衛騎士の集団が殿下と賊の間に入ります。

 私はホッと息を吐きました。もう大丈夫でしょう。私はアルト殿下に声をかけました。


「殿下! アルト殿下! ご無事ですか?!」


 剣を一振りして血を払った殿下は、剣を鞘に納めながら、私の元に戻ってきてくださいました。


「姫もお怪我はありませんか? ……と言いたいところですが、申し訳ありません。上手く着地出来なかったようです」


 そう言って、殿下はポケットからハンカチを取り出すと、私の腕の擦り傷に巻きつけました。


「ありがとうございます。私よりも、殿下にお怪我が無くて良かった」


 今だけは、お義兄様の過剰な愛情に感謝ですね。本心からそう思います。今日に限って、私のお見合い相手に寛容を示していたら、どうなっていたことでしょう。


「エリス! アルト殿下も、大事ないか?」


 黒装束の男たちを追う指揮を執っていたお義兄様が、馬に乗ったままでやってきました。賊を追うのは、護衛騎士たちに任せたようです。


「おかげさまで、私もエリス姫も無事です。知らされるよりも速く義妹の危機に駆けつけるとは。先ほどのお話通り、エリス姫を大事にされているのですね」

「あ……ああ、まあ、当然だな」


 お義兄様はバツの悪そうな顔で目を逸らしましたが、それは当然と言えるでしょう。おそらくはさっきまで、お義兄様の激情が向かっていた先はアルト殿下だったのでしょうから。

 と、黒装束の男たちがいた方で爆発が起きました。塊のような煙がもうもうと広がっています。


「な、なんだ?!」

「逃げる為に、煙幕弾でも使ったのでしょうか……」

「煙幕弾など、エリス姫はよくご存じですね。戦場でも使われるのは稀だという話ですが」

「え? ええと……昔読んだ本に書いてありましたので……」


 ウソではありません。前世で読んだラノベに書いてあったのです。


「……ニール殿下、賊を追うのはお任せします。エリス姫は私が安全な場所にお連れしますので、ご安心を」

「な、なに?!」


 アルト殿下はキッパリと宣言すると、私の手を取りました。


「待て、ならば私も共に行く」

「あら、お義兄様。指揮官が現場を離れてもよろしいのですか?」


 その瞬間、またも爆発音が聞こえました。薄くなりかけた煙が、さらに濃さを増しています。


「王女である私と、国賓たるオルシア王国の王子を狙うような賊ですよ? 逃すわけにはいかないでしょう?」

「ぬぐっ……!」

「大丈夫ですよ、お義兄様。アルト殿下はとてもお強いのです。何かあっても私を守ってくださいます。ですよね、殿下?」

「もちろんです、姫。お任せください」

「く……、二人とも、後で話がある!」


 そう言って、お義兄様は馬首を巡らせると騒ぎの中心へと戻っていかれました。お義兄様は乗馬もお上手ですね。


「では、まいりましょうか、姫」

「はい」

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