6 遠乗りの目的は茶番
「まさか、女性から遠乗りへ誘われるとは思いませんでした」
「申し訳ございません。義兄のせいで、余計なことに巻き込んでしまって……」
木漏れ日が差し込み、林の中を抜ける風がとても心地良い中、私とアルト殿下は馬を並べて湖に向かう小径を進んでいます。
目を横に向ければ、茶色髪の可愛らしい少年が私に向かって微笑みかけています。これが本当に普通の遠乗りであれば、ロマンティックな気分になれたのでしょうけれど。
殿下には、今回の話を通してあります。この茶番に快くお付き合いいただけるようで安心しました。
「余計な手間などと……。私も父からあなたとの縁談と聞いて、面白いと思ったものですから」
「面白い、ですか?」
「ええ。ルミエール王国の箱入り姫がどのような方なのか興味がありましたし、箱に入れている方ともお話がしたいとも思っていたのですから」
「それはまた……、頭の痛くなったことでしょう?」
殿下はおそらく、狩りの間にお義兄様から私のことをお聞きしたのでしょう。
「いえいえ、痛いなんてとんでもない。あなたがいかに魅力的な女性で、自分は義兄として義妹の幸せを願っているか、滔々と語っていただけましたよ。どこの馬の骨とも知らない輩に、義妹を嫁がせるつもりはないと」
私は、顔から火が出る思いがしました。
お義兄様は今回のサプライズお見合いのことをご存じないようですし、殿下も王族とはいえ成人したばかりで年下の方です。私とアルト王子との縁談が進んでいるなどと思いもよらなかったのでしょう。
どのように話をされたか想像に難くありませんが、あまり想像したくはありませんね。
それにしても、王族とはいえ十五の少年とは思えない対応です。かなり無茶な話をしていると思うのですが、色々と察したように理解を示してもらえました。
「殿下はその……、おかしいとは思われませんでしたか?」
「おかしいとは?」
「私たちの縁談自体は普通の事だと思います。王族ですから、家同士の都合によって決められた婚姻に思うところはありません。ですが、このようなお芝居は、普通に考えたら不要なものでしょう?」
「そうですね……、私はこれも、昨日の調印式と同じものだと思っています」
「同じ?」
「ええ。大袈裟な事務手続きです」
私は思わず、アルト殿下の顔をマジマジと見つめてしまいました。幼い顔立ちの中に、何もかも分かったような瞳が輝いています。
私も父や義兄の仕事ぶりを見ていますから、政治というものが大変な仕事だということは分かっています。日本のOLとして社会人経験もありますが、それと比べても生半可な仕事ではありません。
それを、齢十五の少年が達観したように語るのです。私のように、中身が違うのではないかと疑ってしまいます。
「本当に……、殿下は見た目通りのお歳とは思えませんね」
私は、素直な感想を漏らしただけでした。
ですが、それに対してアルト殿下の反応は予想外のものでした。
殿下は、とても嬉しそうなお顔をされたのです。まるで、ようやく正解を得た生徒を見る教師のような表情です。
「エリス姫。そのように考えるのは、何か理由があってのことですか?」
「え、理由、ですか? いえ、ふと思っただけなのですけれど」
「そうですか。私もあなたに対して、ふと思ったことがあります。私たちは、もしかしたら似た者同士かもしれませんね」
「それはどういう……」
と、その時、湖の方から何やら騒がしい物音と声が聞こえてきました。同時に、金属同士がぶつかり合う音も。
一瞬、何の騒ぎかと思いましたが、すでに茶番が始まっているようです。
……いえ、おかしいですね。私も殿下もまだ湖に出ていないのに、いったい誰が誰を襲っているのでしょう?
「何か段取りが狂ったのでしょうか? 見てまいりますわ」
「お待ちください、エリス姫!」
「え?」
しかし、私の手綱さばきを受けた馬は素直に歩を進め、林を抜けて湖の畔へと出ました。
「これは……なに?」
開けたところで私が目にしたのは、黒装束の一団と旅装束の男たちが剣を交えている場面でした。どちらも頭巾で顔を覆っており、怪しい事この上ない姿をしています。
そんな怪しい男たちが、怒号と剣を交えて戦っています。
そこで、私はようやく理解しました。
どうやらこれは、茶番などではないようです。
もちろん、騎士団の演習場でよく見た訓練などでもありません。
驚いた事に、本当の斬り合いが行なわれていたのです。