4 義姉の陰謀
その後、調印式は問題なく終了しました。
これが初めての公務という割にアルト殿下は堂々としており、立派に特使の務めを果たしておられました。
小柄な、可愛らしいとも言える見た目とは裏腹に、醸し出す雰囲気はまさに王族としての威厳があります。
そのせいか、ついつい目で殿下を追ってしまいます。
「見た目と違って、随分と落ち着いた王子様ね」
「お義姉さま」
調印式のあとは、両国の親交を深めると言う名目で懇親会が開かれています。大袈裟な事務作業とでもいうべき条約の延長でしたし、どちらの国も国王ではなく王子が名代で調印したため、気負わない立食形式のパーティーです。
お義兄様のせいでパートナーに恵まれていない私は壁の花になっていたのですが、そんな私にイライザ義姉様が話しかけてきました。お義姉様も今はお一人ですが、海を挟んだ向こう側の大陸にあるパテル王国の王子と婚姻の話が進められているとか。
「調印式でもお父様と話すときでも、見た目通りの歳ではないように見えるわね」
「本当にそうかもしれませんね」
何しろ、私という前例があります。私だけが前世の記憶を持っているとは限りませんし、転生者だったとしても同じ世界ではないかもしれません。
もっとも、そんな事を考えるのは、私が前世で腐っていたせいなのですが。
「あら、アルト王子のこと、何か知っているの?」
「いえ、特に何も。お会いしたのは今日が初めてですし」
「そうなの? それにしては、随分と熱い視線を注いでいたみたいだけど」
「……ええ? 私が、ですか?」
「そうよ。あなたが誰と話をしても、それが途切れるたびに彼を目線で探してたわね」
どうやら私は、無意識に隣国の王子を目で追っていたようです。恥ずかしくて、自分の顔から火が吹き出る思いがします。ですが、王族たる者、それを顔に出すことはありません。その代わり、体温がぐっと上がったような気がします。
そう、アルト殿下は、確かに気になる男の子なのです。
「……お義姉様はイジワルです。ずっと私を見てらしたのですか?」
「兄様みたいに病的ではないけど、私もあなたの幸せは応援したいと思っているわ」
「だったら、今朝は何であんなことを……」
「兄様と結婚したらってこと? 実の妹が言うのもなんだけど、結婚相手としては申し分ないと思ったからよ。政治的にも、個人的にもね。お母様とメルセデス様は仲が良かったし、兄様の愛情も一人の女性に向けられるものだとしたら……ええと、ちょっと過剰だけど……、その……ごめんなさい、やっぱり無しにして」
「ぷっ……。お義姉様はいったい、どなたのお味方なのですか?」
「もちろん、あなたの味方よ。私たちにとって婚姻は政治だけど、色恋を持ち込んでいけないわけでもないものね。お母様と同意見よ」
「そうですね」
「そこで、あの可愛らしい特使様よ。どう?」
「ど、どうと言われても……」
私は思わず視線を泳がせてしまいました。泳いだ視線のその先に、アルト殿下とお義兄様がおられます。
「ふふっ、それで十分よ。私たちに任せなさい」
「そ、それではお願い……、私……『たち』?」
そう言って、お義姉様はパーティー会場の人混みの中に戻っていかれました。アルト殿下とお義兄様の方へ向かわれています。
そのままアルト殿下と何かお話しされるのかと思いましたが、お義姉様はお義兄様の側で佇んでおられたパトリシア様にお声をかけられました。そして、パトリシア様と二言三言、言葉を交わされてから、お二人はどこかへ消えてしまわれたのです。
「お義姉様?」
任せろとは、一体どのような事をお考えなのでしょうか。
イライザ義姉様は意地悪な方ではありませんが、悪戯好きな方ではあります。
それに、パトリシア様が一瞬だけ見せた表情も気になります。これまで見た事のない、とてもいい笑顔を私に向けられたのです。
私は思わず社交的な笑顔を返しましたが、普段が普段だけに、逆に不安な気持ちになってしまいます。
私は、普通の恋や結婚がしたいだけなのですが。
もっとも、王族の結婚が普通かどうかと問われれば、返答には困りますね。