1 目覚めは義兄の声
ルミエール王国は大陸の中でも過ごしやすい気候で知られる国です。前世で言えば、鎌倉あたりに近いでしょうか。広さは神奈川県の何倍も広いのですが、海にも山にも程近く、食の楽しみに事欠きません。
この国の第二王女エリスとして、私は城の自室から見える領地を誇らしく思います。これも郷土愛と言うのですかね。幼い頃に前世の事を思い出しても、この国に対する愛着に翳りは見られませんでした。
城下に広がる街並。その向こうに見える無数の船と港町。そして、朝日を反射してキラキラと輝く海。
太陽の昇った早朝、バルコニーから見える領地と海の景色が、私は大好きです。
しかし、私も十八歳です。そろそろ嫁ぎ先が決まらなければなりません。いずれ、この城を出る日が来るでしょう。
王族ならば歳が一桁の時から異性をあてがわれ、十五歳で成人する頃には候補が絞られているものです。前世の知識でも大体そのようなものでしたし、周囲がレールを敷いてくれるのなら楽なものだと思っていました。
何しろ私、彼氏いない歴イコール年齢の残念な女でしたから。前世と今世を合わせると、なんと四十年も独り身!
死因は覚えていませんけれど、今際の際に思ったのが「愛されたい」という事でした。まあ前世では、そういう受け身な姿勢が原因だったのではと思うのです。
しかし、今世では側室の娘であり第二王女という立場から、受け身上等。成人前から両手を開いてウェルカムな気分だったのです。
なのに、これまで浮いた話はまるでありませんでした。
理由は分かっています。
成人となって三年が過ぎても、結婚へ至るレールが見えないのは、三歳年上の義兄の存在が原因でした。
「姫様、ニール殿下がお見えになりましたけど……」
バルコニーで朝の景色を楽しんでいる私に、部屋付きの侍女が遠慮がちに話しかけてきました。毎朝のこととは言え、申し訳なさそうに取り次ぐ侍女に、ごめんなさいという気持ちでいっぱいになります。
しかし、夜着のままで義兄の前に出るわけにもいきません。
義兄を部屋の前で待たせたまま、私は他の侍女を招いて朝食用の簡易礼服に着替えました。
このルミエール王国では、王族や貴族は場面に応じて着るものが異なります。必然的に着替えの回数は増えるのですが、複数の侍女によって整えられる身支度は、瞬きの間に終わるような速さです。まるでF1レースのピットインのようだと、幼心に思ったものです。
「エリスぅ、まだかーい」
扉の向こうから義兄の焦れたような声が聞こえてきますが、私はそれを無視して鏡に映る自分を眺めやります。
白い肌。輝くような緩いウェーブがかった金髪。エメラルドグリーンの瞳。物語に出てくるような、金髪碧眼の美少女が私を見つめています。平凡な日本人であった前世の面影はまるで無いのに、これが自分の顔だと違和感はありません。
大きく深呼吸して、私は侍女に合図を送りました。
扉が開き、義兄が入ってきます。
「おはよう、エリス。今日も綺麗だね! きっと明日も明後日も綺麗なんだろう!」
「おはようございます、お義兄さま。そろそろ義妹離れされてはいかがですか?」
「朝からつれないなー。でも、そんなエリスも可愛いよっ! さあ、一緒に朝食をいただこう!」
ルミエール王国の第一王子。正妃の長子で、先日、立太子の儀を無事終えられた、名実ともに次期国王たる人。
ニール・アドル・ルミエール。
私の腹違いの兄。
そして、私に深い愛情を注いでくれている人。
でも、こんな愛は望んでいなかったんですけど!