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遊園地

「なぜ、休日に生徒と遊園地に来ているんだ……」


俺は半ば茫然とした気持ちで呟く。


「そりゃあ、先生が誘ってくれたからじゃないですか~」


俺がげんなりしている中、祭はニコニコと俺を見ていた。祭の声はどこか無邪気で朗らか。普段通りの甘ったるい話し方だが、今日はいつもより声にハリがあった。


「今から帰ってもいい……?」


「いいですよ。背中を見せたら刺しますけど」


「さぁ行くぞ、祭。何から乗る?」


「分かればいいですよ。分かれば」


遊園地で殺人事件を起こすわけにはいかないからな……


俺の軽い冗談に割と少しだけ声を低くして、殺害予告をされては俺も逆らうことができない。背中に嫌な汗の感触を感じながら、俺はなけなしの虚勢を張ることにした。


「それより、先生、私の恰好どうですか?」


そう言うと、祭はくるりと一回転。春の日差しを受けながら、全身を隠さずに披露した。


清潔感漂う真っ白なニットセーターと、淡いピンクのワイドパンツ。春の訪れを感じさせるような、柔らかな色合いとシルエットが印象的だった。


さらに、今日の祭は一段と整えられていた。


普段の淡い化粧よりも、意識的に頬や目元に彩りを加えていた。受験のストレスで傷んだ髪も今ではつやつやと蘇っていた。


可愛いだけではなく、大人っぽさと美しさを手に入れた祭は自然と周囲の視線を集めていた。


「似合ってるんじゃないか。まぁ、客観的に見たら」


俺はためらいがちな口調で正直に評価する。


だが━━━


「先生。私は主観が知りたいんですよ」


俺の心情を察している祭は俺を逃がさない。俺は思わず、ため息をついた。


「世界で一番可愛いよ(棒」


「えへへ~嬉しいなぁ~。『お前は世界で一番可愛い奥さん』だなんて、先生ったら~。褒め過ぎですよ~」


「言ってない言ってない言ってない」


祭は俺の言葉を無視して、くねくねと身体を揺らしていた。


まぁ……喜んでるならいいか。


「それより、チケット出すぞ」


「ほいほ~い。あ、でも、本当にチケット代払ってもらっていいんですか……?」


「祝うって言ったのに、祭に払わせるなんてダサいことはしないよ」


季節は温かくなるのに、財布は寒くなる。ただ、お祝いと言った以上、祭に金を出させるのは違う。俺の面倒くさい性質が顔を出した。


「ダーリン……」


「誰がダーリンだ」


まだ、園内に入っていないのに、既に塾で1コマ消費したような疲労感が俺を襲っていた。


煌々として広々なエントランスを抜けると、中央には身体を震わせるほどの絶叫マシンが鎮座していて、奥には俺たちを見下ろすように観覧車があった。


園内には家族連れや、友人同士が笑いながら絶叫マシンに臨んでいた。カップルたちはお互いの手を握り締めて、日常を忘れて二人だけの世界に浸っているようだった。


「うわ~、遊園地なんて久しぶりです!」


「俺もだ。平日だっていうのに、よくこんなに人がいるな……」


逆に休日だったら、どれだけの人数がここに集まるのだろうと想像すると恐ろしくなる。


「先生、アレ!行きますよ!」


「落ち着け……」


祭と一番最初に向かったのは色とりどりのライトに照らされた古風なコーヒーカップだった。


「あはははは!」


「手加減しろ!?」


祭がコーヒーカップをぐるぐると全力で回す。平衡感覚がおかしくなり祭に忠告したのだが、


「もっとやれってフリですね!はいどーん!」


「そういう意味じゃねぇよ!」


さらに回転速度が上がり、死ぬかと思った。


コーヒーカップから降りると、俺はぐわんぐわんと脳が揺れているようで気持ち悪かった。


俺をこんな目に合わせた犯人はというと━━━


「気持ち悪……」


「自業自得だ」


祭はやがて限界を感じ取り、ふらふらと揺れていた。全力を出した結果、自分でその反動を味わっているのだから、ぜひ次に活かすために反省してほしい。


すると、


「っと、大丈夫か?」


祭が身体のバランスを崩して、倒れそうになったので咄嗟に肩を支えた。


「あ、えと。はい、大丈夫です」


一瞬、きょとんしたが、すぐに俺から視線を逸らした。耳も赤くなってるし、少し休憩でもしようと提案しようと思っていると、祭が何かを見つけて眼をキラキラとさせていた。


「先生!アレ!」


「ん?」


園内に展示されているオリジナルキャラクターの着ぐるみがそこにいた。祭は俺の袖を引っ張ってきた。


「可愛い!写真、撮りましょ!」


祭の声はまるで幼い子供のように純粋で楽し気な響きを帯びていた。そんな祭を見ていると俺はほっこりした。


「OK。行っておいで」


スマホのカメラ機能を起動する。


「な~に言ってるんですか。先生も一緒に撮るんですよ!」


「は?」


「あ、すいませ~ん!カメラ、お願いしてもいいですか?」


全く知らない人に物怖じせずに祭はスマホを渡した。


着ぐるみを中心に俺と祭が両隣を陣取る。


終始何をしているんだろうという気持ちでいっぱいだった。


すると、スマホに通知が届く。【TT】(ラブ)がポストでもしたのかと思ったのだが、祭からだった。


「おいおい…」


画面に映っていたのは着ぐるみと、満面の笑みを浮かべる祭。そして、対照的に困惑に満ちた俺の表情だった。写真の自分を見るのは久しぶりだったので、不思議な違和感と照れくささがあった。


「先生、照れすぎですよ」


さっそく祭がいじってきた。


「うるせぇな……こういうことは経験したことがないんだよ……」


「それじゃあ私が初めてなんですね!」


「声抑えようか……」


変なことを言って周囲に誤解から誤解を招くわけにはいかないからな。


「それじゃあ、次はアレいきましょう!」


「アレって……」


大空を舞うアレ。園内でひと際そびえ立つ巨大なジェットコースターが指差した。


「まずは軽めのやつに乗らない?」


空から鋭い悲鳴が聞こえてきた。


正直なところ、いきなり命知らずな絶叫マシンに挑むのではなく、まずはこの遊園地の空気に身体を慣らし、心をほぐしてから挑戦すべきだと思っていた。絶叫マシンと言えども、控えめなものから行かないかと提案したつもりだったが、祭は口元を抑えて笑っていた。


「先生、ビビってるんですか~?」


「は?」


「いえいえ。普段は仏頂面で生徒に恐れられている先生が、まさか、ジェットコースターごときにビビってる。なんてことはありませんよね~?」


「……ビビってないが?」


俺の馬鹿野郎!?


変なところで俺のプライドが邪魔をした。


「そうですかそうですか。それで、先生?何に乗りたいんですか?」


意地悪く祭がニコニコと微笑む。怖がっていないと言った手前、もう引くことが出来ない。


「……あの一番怖そうなジェットコースターに乗りたいぞ~」


「よく言えました~☆」


パチパチと拍手をして俺を煽ってくるが、乗ってしまった以上俺の敗北だった。


━━━でも、やっぱり怖い!?


急激に上昇する車両は重力を忘れてしまったかのように俺たちを空高く持ち上げた。空中を肌で感じられるようになると、胸の奥に恐怖を呼びさましていた。


「うわ~、この高揚感半端じゃないですね~!」


いや、怖えよ!


隣に座る祭はこの瞬間を楽しんでいた。


「先生、怖いなら手を繋いであげましょうか~?」


いつものようにどこか挑戦的な表情を浮かべた祭は俺を煽ってきた。今日はいつもよりも祭にずっといじられっぱなしだったので、俺の中で反抗心が芽生えた来た。


「ああ、マジで怖いから頼むわ」


「え?」


祭が差し出してきた手を握る。じんわりとした温もりが伝わってきて、頬に熱がたまるのを感じたが、面に出ないように祭を見た。


「え?うそ……」


祭からは想定外だったのか、これはつけ入る隙だ。


「なんだよ、祭。実は怖かったのか?だったら、俺の手を握っておけよ」


こうやって言えば、『は、はあ!?先生の癖に生意気です!』とか言ってトマトのように顔を赤くしながら、反論してくるだろう。俺はそれを見て、そうかそうかと満足げに頷く予定だった……のだが、一向に反論が来ない。


「祭?」


「不意打ちは反則です……」


「え?」


想定外過ぎる返答に俺も固まる。祭にどういうことだと聞こうと思った時、激しい振動と共に、目の前の景色が一気に流れ去り、耳をつんざく風の音が響いた。


空中遊戯が終わると、ゆっくりと地上に降り立ったが楽しかった。絶叫マシンの良さを理解できた気がする。


テンションが高くなっている俺とは対照的に祭は一言も話さず、ずっと俺の手を握っていた。


「大丈夫か?」


「え?あ、ごめんなさい」


祭はボーっとしていたのか俺から慌てて手を離そうとした。


世話が焼けるな……


俺は祭の手をもう一度強引に握った。


「先生……?」


「怖かったなら、素直に言え……」


「え」


「ジェットコースターが怖かったんだろ?変なところで強がるのはお前の悪い癖だ。そろそろ直した方がいい」


他人を騙すのは百歩譲って良い。迷惑をこうむるのは相手だからな。だけど、自分についた嘘はすべて自分に返ってくる。


祭にはずっと言い続けていたつもりなんだがな……


まぁそういうことを教えるのが先生()の役目だからな。恥を忍んでこういうことをするのも仕方がないのだ。


「……わ、私と手が握りたかったんですね!ツンデらせて、ごめんなさい!」


「よし。もう手を離していいよな?」


「そんな水臭いことを言わないでくださいよ~、ダーリン」


「誰がダーリンだ」


って、力強すぎだろ!?


拘束から抜け出せないどころかどんどん絡まってくる。ついには全身で密着してきた。


「心配かけてごめんなさい!どんどん行きましょうか!」


祭が俺を離す気はないらしい。無理をしているのは事実だが、楽しみが今は勝っているのだろう。それなら、俺はついていくだけだった。



「今日はとっても楽しかったです!」


「そうか……」


俺たちの最寄り駅に着くと、祭は笑顔で俺に言って来た。あの日、祭の誘いに乗って、気付けば閉園まで遊びまわることになった。俺の身体は重く、疲労を蓄えていた。


「先生はどうでした?楽しかったですか?」


「俺も、まぁ」


「楽しかったって言えよ☆」


「うぜぇ……」


ツッコむ元気がないほど俺の身体は疲れているのに、祭は終始笑顔のままだった。


疲れを知らないのか、こいつ……?


俺はというと、お布団が恋しくて仕方がなかった。


「それじゃあ、帰りは気を付けろよ」


ホームを出ると、俺は東口に向かう。祭は確か西口から来たからここでさよならだ。俺は祭に背を向けて歩き出そうとした。


「先生!」


「ん?」


祭に呼び止められて、俺は振り返る。不安気な瞳でこちらを見つめていた。祭の表情にはいつもの強がりの影はなく、どこか儚げで、心の奥底に隠された不安が覗いていた。


「今日の私はどうでしたか……?」


祭は静かで切実な声で俺に尋ね、俺の返答を待っていた。だから、俺は真剣で嘘偽りのない回答を出した。


「生意気で阿呆で面倒で騒がしい━━━俺にとっては可愛い生徒だよ」


「━━━そうですか」


その言葉とともに、祭の瞳に一瞬曇りがよぎった。どこか寂し気に頷くと、


「それじゃあ、先生、さようなら」


「ああ」


祭はひとたびその言葉を残すと、周囲のざわめきの中へと、溶け込むように歩み去っていった。祭が見えなくなったのを確認すると、俺も駐輪場に向かって行った。




━━━これでいいんだろ?なぁ【TT】(ラブ)

『重要なお願い』

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