容疑者は三人
【TT】が俺のストーカーだと知ってから一週間が経っていた。二月が終わりを告げようとしていた。冬の寒さが緩和され、道端では梅の香りが漂い始め、春の訪れを告げていた。
ちなみに【TT】のライブも後、一週間後である。本来ならバイトでライブに行くことなど不可能だが、その日は新年度の準備ということで塾が休みであった。
「着いた着いた」
俺はいつものように古本屋を巡りながら耳にはイヤホンを付けて、【TT】のプレイリストをリピート再生で流し続ける。気になっていた本の背を見つけて、本棚から取り出す。普通なら立ち読みをする客を追い出そうとする店員も、俺は立ち読みをした本を絶対に買う人間なので、黙認されている。
そんな風にお金を使ってるから、懐事情で常に悩まなければならないんだよな……
俺は思考に更けていた。もちろん、【TT】のことだ。
今のところ、容疑者は祭、カフカ、そして、新たに白崎さんだ。
この三人は『高校生』かつ『受験生』、そして、俺のスケジュールをある程度把握していて、それなりに親しい……と勝手に思い込んでいるかもしれない人物たちだ。
【TT】とは声のジャンルが違うが、全員良い声だ。歌声と話し声が違うことを考えると、声の要素は抜いても良いかもしれないが、一応入れておく。
それに、思い返してみると、三人とも午前中に何をしているのか分からなかったし、三人とも言動に気になるところがあった。ただ、それで【TT】だと断定するには至らなかった。
「ん?」
スマホに通知が届いたので本棚に本を戻して確認した。【TT】がポストしたらしい。
『また、本が増えてる~!も~!』『また、コンビニ飯。言ってくれれば、私がご飯を作ったのになぁ』『顔出しNGなので、ライブでは仮面をして登場するよ!』
うん……通常運転だね。
【TT】には俺の部屋の様子がくっきりと写っていた。頼むから俺の部屋を公開するのはマジでやめてほしい。【TT】の信者たちから怨の気配を感じて心が寒くなる。
家主不在のアパートでまったり過ごしている【TT】は一体、どこで俺の部屋の鍵を手に入れたのだろうか。謎が深まるばかりである。
ちなみに、ライブに行けば、顔が見れるという期待があったのだが、打ち砕かれた。
すると、再び通知が届いた。祭からだった。
『先生。私、今、とっても幸せなんですよ!なぜでしょう?』
『どうでもええわ』
『お布団だいしゅき~』
俺の冷たい反応を無視して伝えてきた。それにしても随分、自堕落だな。
『あんま、昼まで寝るなよ?自堕落モードは一生続くからな?』
『ぶー!受験のストレスから解放されたのに、そんな酷いこと言わないでくださいよ~』
それを言われると確かに困る。祭はここまで頑張り続けていたのだから、何の憂いもなく寝られるというのは心が休まるのだろう。
『それもそうだな。ゆっくりお休み』
『先生の許可いただきました~!それじゃあ、私は寝落ちしま~す!』
そこから、何も連絡がこない。本当に寝たようで何よりだ。さて、俺も本の続きでも━━━
「って、誰だよ……」
再び、通知だ。今度はカフカから連絡が来ていた。
『やっほ~、センセイ。元気~?突然なんだけど、おススメの本ある?』
『え?カフカって本、読むの?』
『失礼だな~。これでも、私、文学少女だよ~?』
ギャルの見た目で何を言ってるんだよ……と言いたいところだが、『カフカ』という偽名を使っている以上、文学にはそれなりには精通しているということか。
ただ、おススメの本か。
こう聞かれると中々難しい。
俺の書いているネット小説を伝えればいいじゃんという意見もあるだろうが、知り合いには本になった時に読んでほしい。俺が文章を書いていることを知っている白崎さんにもそうやって説明している。
となると、最近、読んだ本にするか。
『【誰が勇者を殺したか】とかどう?ライトノベルだけど、面白さは俺が保証する』
『聞いたことあるね~』
変に凝って、純文学を勧めて滑るのは恥ずかしい。王道だが、味わい深い文章だと思う。新刊で買ったから、お金が持ってかれたが、それだけの価値はあったと思う。
『友達の本棚に置いてあったので、読んじゃおう。ありがとね~』
『どういたしまして』
例の友達の家にいるらしい。中々センスがいい友人がいるものだ。
さて、ようやく周囲の騒がしさが収まり、誰にも邪魔されることがなくなった。何度か中断されていたが、心の赴くままに読書に没頭できる環境が整った。
二時間ほどしただろうか。再び、通知が届いた。
「ですよね……」
なんとなく来る気がしていた。インスタの方に今度は白崎さんから連絡が来ていた。
『ねぇ、面白い動画を見つけたの』
そういってURLを送ってきた。
ペリカンがキリンを丸呑みしようとしている動画だった。
なんだこれ……?
ペリカンの体長でキリンを食うのは無理だろ……
『ペリカンって面白いのね。眼に見えたものは何であろうと飲み込もうとする習性があるらしいわ。仕事場で動画を見てたら、笑ってしまったわ』
『仕事したら?』
『職場で暇だから、動物の動画を見てるの。早く来て欲しいわ』
『なんだそれ……』
ただの営業の連絡だったらしい。元々、行く予定だったから、少しだけ前倒しになっただけだ。丁度、よさげな本も見つけたし、少し早いが行くか。
『すぐ行く』
『ええ、待ってるわ。ダーリン♡』
……たまにはふざけてみるか。
『俺もだよ。ハニー』
……返信がこねぇ。理不尽すぎる。
勇気を出したのに、大失敗した。
「黒歴史作っちゃったよ~……」
顔を覆って天を仰ぐ。なんか白崎さんに会うのが嫌になってきたな。やっぱり行くのをやめようとメッセージで送ろうと思った━━━
『来なかったら、どうなるか分かってるわよね?』
『はい……』
見抜かれていた……
いじられる覚悟とこれからは二度とふざけないという誓いを立てて、本屋を出た。
自転車がアスファルトを滑るように進み、【SIROSAKI】に向かっていく。
実は【TT】に会うのはそんなに難しいわけではない。俺のスケジュールを把握しているということを逆手にとって、普段外にいる時間に自宅待機してみればいい。そうなれば、直接【TT】と対峙できるはずだ。
ただ、冷静になって考えてみると、普通に怖くないか?
候補者の中に【TT】がいるのなら全然良い。いや、よくはないが俺も準備ができているので、まだ冷静に対処ができる自信がある。
ただ、問題は候補者としてあげた三人以外の全く知らない人間が【TT】だった場合だ。俺の推理がすべて外れていた場合に何が起こるか分からない。
だから、今週の三日間で三人の誰かが【TT】だと判明するならそれでよし。見つからなかったら、その時に考えようと思う。
幸い、三人と遊びにいくから、【TT】かどうかを判定することができるかもしれない。遊びには人の本性が現れるからな。
『重要なお願い』
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