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ノビシロファミリーと禁酒法の町  作者: 鳳凰取 真
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のびしろ9 急がば回れよりも、思い立ったが吉日をポリシーに生きていきたい

家を買う、というのは決して簡単なことではない。

熟慮の末に、後悔などしないと誓ってようやく買うものだろう。

偶然お金が集まったから買うというような、そういうモノじゃない。

だけど三人は買うみたいだ。どんな家を買うんだろう?



「そっか。分かったよ。それなら家を借りよう」


僕がそう言うと二人はホッとしたようで、気持ちが変わらないウチに家を買いに行こうと言われて、僕たち三人は分けられた銀貨を持って不動産屋へ向かった。


その道中で、僕はシジュウも一緒に生活する二階建てなんていいんじゃないかって提案を彼にしてみると、彼は賛成してくれた。


けれどフォーリンは反対した。


「なぁんで俺が一緒に住んだらダメなんだ? 羽っ子」


「えっ、普通に汗臭くなりそうだから」


「なぁんだと!? 」


僕は何も言わなかったのにフォーリンが真実をシジュウに告げてしまった。確かにシジュウは人の生活圏で生活してこなかった獣の臭いがする。下水道の臭いが体に沁みついていて不幸のマリアージュを起こしているのは間違いない。


だけどいいヤツなのは間違いないんだ。ただ洗っていない犬の臭いがするだけで。


「なによ。アタシたちの家に入るなら当然家賃も払いなさいよね! それが嫌なら毎日汗を流すこと! 」


「ナザリス族で毎日風呂に入るような奴はいねえよ! 毛の艶がなくなるわ!」


二人の会話からどうやらこの世界には風呂の文化があるらしいことが分かった。ブラックマーケットを行き交う人々の体臭からしてこの国にそういった文化がなくても別に気にはしなかったけど、体を清潔にするという文化はあるようだ。安心した。


「風呂付きは高いんじゃないかな」


そんな話をしながら低所得者御用達とシジュウが教えてくれた不動産屋まで着いた。ぼろい木の看板には読めない文字でおそらく不動産屋と書かれている。中からは光が零れていることからも中には人がいることは間違いない。


「すいませーん、あいてますかー」


戸を叩いてしばらく待つと、葉巻を口に加えたアルコール中毒のオヤジが顔をだした。この店には禁酒法の通知は来ていないらしい。


不動産屋のオヤジは僕たちの恰好を見てから一瞬の間の後、「どんな家をお求めだい」と聞いた。


あなたが僕たちを見てどう思ったかはあえて聞かないことにする。


「二階建てで、風呂付きの粗末な家をください」


皆の意見を取り入れて僕は愛想よくオヤジにそう伝えた。


だけどオヤジは顔をしかめて僕の顔をしばらくマジマジと見た。なにか気に障るようなことを言っただろうか。それとも条件に合う家がないのだろうか。


「きっとお風呂付きの家なんて全部豪華なのよ」


フォーリンが僕に教えてくれた。なるほど、風呂に水をためる技術すらもこの世界では最先端ということか。


「いや、たぶん違うだろ……? 」


シジュウはそういったけど、僕はほかに思い当たるフシがなかった。


それからしばらく不動産屋は棚の書類から僕たちが住むに相応しい家を探してくれた。


変な話で、まだこちらは有り金などについての情報は伝えていないのに彼の動きはスムーズだった。


大方既に売りたい家というヤツが決まっているんだろう、だから探しているフリをして最後には僕たちが頷くような売り文句を考えているんだ。


「どうです、僕たちの予算で買えそうな家はあるでしょうか」


暗に早くコチラに予算について聞いてほしいと伝えてみる。しかし、彼は「いい物件が見つかったよ」と言った。一体誰にとっていい物件なのやら分かったものではない。


仕方なく三人で天井の灯りに影を落として広げられた紙を見ると、ソレはまさに僕たちの要望通りの物件で、二階建てどころか地下もあるらしかった。


そしてもちろん風呂トイレは別で、馬を入れて置ける小屋も併設されているという至れり尽くせり具合だ。


当然二人の反応も良かった、しかし二人は首を振った。


「どうして? 」


「銀貨100枚程度じゃ住めないわよこの家。その三倍は必要なんじゃない? 」


「あぁ。しかもこの家がある場所も結構ヤバいぜ。この城下町の中心地からちょっと外れた場所だ。土地代も馬鹿になんねえぞ……?」


二人の様子からしてかなり上等な家を紹介されたらしく、僕は予算について不動産屋に話すことにした。


「銀貨百枚が予算なんですけど、これで何とかなりますか」


それを店主に聞くと一言、

「アンタら迷信は信じるほうかい」と、意味深な言葉を返された。


「いや? それが家となにか関係が? 」


「だったらアンタら運が良いよ。丁度買い手のない物件があるんだ。見に行こう。きっと気に入る」


そう言われては行くしかないということで、頬っぺたの赤い不動産屋は馬小屋から馬と荷車を引っ張ってくると、僕たちをその後ろに乗せて馬車を走らせた。


夜の暗い道で馬を走らせるとは大した度胸だ。僕は無神論者だけど、この道中だけはこの世界の創造主に祈ることにした。


あぁ神よ、このアル中オヤジが安全運転できますように、と。


そうしてその祈りが通じたのか、僕たちは暗い夜道の中少ない街灯の灯りを頼りに、コハギアの町でもかなり清潔感のある場所までやってきた。


「さぁついたぞ、ココが『ネウロン通り』だ」


ネウロン通りを出歩く人々は、下水道の近くに住む人々とはずいぶん身なりが違った。


それもそのはず、フォーリンに聞くとここは商業区と呼ばれる商人や職人などが住む区域ということだった。ここでは彼らのことを中流階級(ミドル)というらしい。


ちなみに僕たちの住んでいる下水道の付近は労働者階級(ロウアー)の多く住む地区ということらしい。


そしてフォーリンに、お城の近くには上流階級(アッパー)が住んでるのかと冗談で聞いてみたらとうぜんと言わんばかりに頷かれた。


「そんでここがアンタらの新しい家だ。さぁ入ってみな」


横というより縦に長い二階建ての家は、蔓が伸びていて草花が咲いている。窓ガラスは割れていて、外壁には何やら血しぶきらしきものがとんでいた。


良く言えば冒険心をくすぐられる場所であり、悪く言えば人の住む場所とは思えなかった。


「おいおい……」


シジュウの少し後悔の混じった声が後ろから聞こえてくる。間取りはよかったんだ、多少こんな予感はしていた。


でも僕だって初めからお化け屋敷が相手と分かっていれば掃除機を用意したんだ。もちろん、緑の帽子もかぶって。


「お邪魔しまーす……」


夜に内見にくるような物件でないことは間違いなかった。アル中から短い蝋燭が中に入ったランタンを受け取ると、僕たち三人は中へと入った。


「ねぇ……私が連れてきておいてなんなんだけどまた明日にしない? 」


フォーリンが初めにそう言ってくれたのが幸いだった。


僕やシジュウは君より前にそれをいうことが男として出来なかったんだ。君のおかげで僕たちもこの探検ともいえる内見を一度止めることが出来る。


「うん。一旦今日は止めておこうか」


僕はそう言って引き返そうとしたけど、僕の背中をドンと毛深い手が押す。


「いやもうちょっと見ていかね? 」


ひび割れたオレンジ色のタイルを砕きながらシジュウはニヤリと笑いながらそう言った。彼の目はランタンの光とは別にランランと光っているように見えた。


そうして先頭を歩いていた僕からランタンを取ると、シジュウは中にずんずんと歩いて行った。怖いもの知らずなのか? そう思って彼を見ているとハッと気づいた。


コイツは下水道の中でも普通に生活していた男だ。もしかするとコイツ、夜目が利くから全然怖くないんじゃないかと。


「もしかして見えるのか? 」


先を歩くシジュウに聞くと、彼は振り返って闇の中から目を光らせるだけでなにも言わなかった。おそらくだけどコイツは僕を怖がらせて遊んでいる。そういうヤツだ。


「二階はシジュウの部屋にしようと思ってる。先に見てきたらどう? 」


そういうと、シジュウは僕にランタンを返すとチャーと走って階段を駆け上っていった。ランタンも取り返せたところで、フォーリンが気にしていた風呂を見に行くことにした。


「お風呂見に行こうか」


「アッ……」


後ろについてきていた不動産屋が声を漏らした。


「なにかお風呂場に? 」


「い、いや……」


不動産屋の狼狽えようが気になるところだったけど、僕たち二人はさっそくお風呂場を見に行くことにした。


引き戸を開けて洗面台からお風呂場に入ると、シャワーもお風呂も両方あった。お風呂のほうは防水カーテンらしきものもあって随分前の家主が綺麗好きだったことが窺えた。


ちょっと気になった点でいえば、浴槽の排水溝に何かの肉片と人毛に時間がたって黒くなった血液がベッタリついていたことぐらいだ。


「ヒィッ……! ……きゅぅ~」


明らかに犯行の現場を前にしてフォーリンが気絶して僕の手のひらの上に乗っかった。僕は彼女をポケットに入れると、不動産屋にとりあえずコレは何かを聞いた。


「ここでとあるお方が自殺されたんです」


不動産屋は丁寧にバカでも分かるように簡潔に教えてくれた。だけどたまに回りくどい言い方が恋しくなることだってある。こういう時だ。


「えーと、死体は処理されているようだけど、他の後始末はしないまま放置していたってこと? 」


「やぁ、なにせ家主がいなくなったものですからな。とうぜん清掃代を払う人もいません。それでこれをみた他の入居希望者は淡くって逃げちまうのさ。だけど……どうやらあんた根性ありそうだ」


不動産屋はGoサインを出したけど、僕はNoサインを出した。


「ココで死んだ人が何やってたかご存じです? 」


「町の荒くれ者ですよ。確か名前はモロトフとかって言う小人族(プミリー)の」


また新しい種族の名前か……全部まとめて人間って呼びたい気分だ。


それにモロトフだって? 


異世界だから由来なんかは違うとは思うけど、なんて名前だ。これまで家が無事だったのが奇跡だな。


「治安維持だぁなんて言って近所の店からみかじめ料なんての取ってた野郎です。それが他の組織の連中に知られたんですかねぇ、呪い掛けられて自殺に追い込まれたんですよ」


「呪い……」


この世界どうやら呪いというのが一般的にあるみたいだ。


呪いで人を殺せるなら物的証拠も残り難いだろうし、色々助かるんだろう。やられる側はたまったものじゃないだろうけど。


「相棒! 二階血まみれだ! 人間族(ヒューマリス)が何人も死んでるぜこりゃ! ヒャッハー!」


「なんでそんなウキウキなんだよ」


人間族嫌いのシジュウは、興奮した様子で一階に降りてきた。


「これだけ人が死んでんだ。絶対この家安くなるだろ? だったら俺達でも買えるかも知んねぇじゃんか! 」


コイツの倫理観や道徳観とは一度向き合う必要がありそうだと僕はおもった。そして値段について聞くと、シジュウの言った通りほとんど僕らの言い値で契約していいということだった。


「だったらタダでくれよ! タダで! 」


「そんなワケに行かないだろ」


「家の料金ならタダでもいい。土地代さえ払えるならな」


男はそう言って僕たちに土地代として銀貨百枚を提示した。立地としては申し分ない、大きな通りから少し外れた場所に合って近くには店が多い。家の掃除さえ頑張れば恵まれた環境になりそうだ。


「なぁ、相棒! ここにしようぜ」


おいおいシジュウさんよ、確かに僕たちにとってここは千載一遇のチャンスなのかも知れない。だけど一人は気絶していて意見が聞けない状況なんだぜ。


そんな中で二人の意見でモノを決めるなんてことは流石に…


「よしここにしよう。もし呪われたらすぐ僕に言ってくれ。教会の人間とは仲が良い」


こうして、僕たちは即金でこの家を購入し、今晩は下水道に帰ることにした。即断即決こそ男の生きる道だ。


フォーリンがもし死体の入っていたお風呂に入るのが嫌だと言ったら、その時は風呂桶でも買ってそこに浸けておけば元気になるだろう。


こうして僕たちは帰りにブラックマーケットで酒を三人分買って不動産屋のオヤジと三人で酒を酌み交わした後、下水道へと帰った。


フォーリンは気絶したまま眠ってしまったようで、返ったあとも寝息を立てて起きる様子がなかった。


三人はある意味凄い家を買った。

次の話は家の紹介で終わりそうだ。

夜の時と昼の時じゃあ部屋の印象だって随分変わって見えるだろうから。


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