のびしろ8 あなたののびしろ、目覚めさせます。
シジュウの提案により、【のびしろ】を使った商売を気まぐれで始めることにした三人。
初めは自分達を怪しむ人間ばかりで大した儲けも出ないだろうと思っていると…
「丁度人通りも多くなってきたし、やってみようぜ! 」
シジュウはワクワクしている様子で占い屋の準備をし始めた。
占い屋といっても、力を与えるだけの場所だ。人生相談には乗らない。
シジュウは単純に人々が新しい力を手に入れてハッピーになって欲しいぐらいに考えているのだろうけど、実際にどんな力が手に入るのかは本人次第な所があって安定した答えがあるわけじゃなかった。
泥棒の力に目覚めた男もいた。もしかすると、自分の望まぬ力を手に入れる人もいるかも知れない。だから慎重に力を使う人間を選びたかった。それについてシジュウと少し話をしてみるとしよう。
「シジュウ! 」
「どうした?」
看板におそらく『うらない』と汚く書かれたその看板の前で、シジュウは立ち止まって僕の話を聞いてくれた。
「かくかくしかじかでね? だからあんまり沢山の人にこの力を渡すというのが……」
「なるほどな……でもよぉ、それってお前が悪いのか? 」
シジュウは全ての話を聞いたうえでその質問を僕に投げかけた。
「え? 」
責任の所在が力を使う僕にないと彼は言っているのだろうか。
「いや、だってよ。困ってるヤツを助ける力だろ? それで悪いことしようなんて考えるヤツがいるならよぉ、それってお前の力が原因じゃなくてそれを使ったヤツが悪くね? 」
シジュウの話を聞いて、僕は彼の用意した木箱に座って少し考えた。
僕の力は簡単にその人に力を与える。そこに誰かの基準はなく、その効果が及ぶ範囲もまた未知数だ。
「それじゃあ僕は無責任と言われても仕方がないね」
「かもしれねえ―――だけど、それで助かるヤツだって沢山いるはずだ。俺がそうだった。俺は、お前に助けられたんだ」
彼は感情豊かに僕を説得しようとしたけど、完全に同意することは出来なかった。
人間とは愚かでどうしようもない生き物だ。種族が違ったところでその共通項は消えない……やっぱり大きな責任を他者に押し付けるのは止めておこう。
僕はそう思ってシジュウの作った簡易的な占い屋から去ろうとしたら、フォーリンが僕の耳元で囁いた。
「折衷案はどう? 私が責任能力のありそうな人を見つけるわ。その人にだけ能力を授けるの」
フォーリンまで一体なんなんだ?
力の訓練にしたってこんな目立つ形でやる必要はないだろうに。
「どうやってその判断をするんだい」
責任能力がありますなんて言う人間、僕は絶対に信用しないけど。
「神様のステータスがあるじゃない。そのステータスで平均的な見識と優しさがある人に限定して渡せばいいんじゃない? 」
見識のない子供や、そいつは非情だと神様が判断した人間には渡さないということか。
確かにそれだと全責任は神様になる。ソレはかなり面白い取り組みかもしれない。もしも神様の物差しを使って人を測って、悪人が生まれたらソレは神様の責任だ。
つまり僕は悪くない。
……それなら能力を渡してもいいか。
「よし、それでいこう」
コレが信仰の力なのか、『神様が全部悪い』そう考えた途端に思考がクリアになるのを感じた。
「おぉ!!」
シジュウの嬉しそうな声はこれで何度目か分からないけど、今回は一際大きかった。
「値段はいくらにすっかな」
「値段? 」
シジュウの提案に僕は驚く。無償でやるんじゃないのか?
「とうぜん、お金は必要よね。初めのうちは銅貨五枚でいいんじゃない? それに分配も考えないとね。流石に力を使う私とノビシロが多いのは当然よね? 」
フォーリンが肩の上でそういった。
「提案したのは俺だぜ? そぉーだな、ノビシロが4で俺と羽っ子が3でどうだ」
「アタシとノビシロが4でアンタが2よ。当たり前でしょ」
いつの間にかシジュウとフォーリンが分け前で言い合いになっている。
は? もしかしてこいつらお金を稼ぐためにこの力を使うつもりか? だから折衷案まで出して僕を引き留めたのか? ……こいつら。
「この力で得たお金は全て寄付や人々のために使うよ」
僕は初めに二人に言っておいた。
大金を持つとそれだけ責任と危険がすり寄って来る。それを二人は知らないのだ。
「お前マジで言ってんのか? 」
シジュウはバカを見る目で僕を見た。忘れるなよ、僕だって同じ目で君を見ているってことをな。
「えっと、シジュウ? 一応こういう力を神様から与えられるような人だから……」
「……別にいいし。君たちがしないなら僕のお金はそうするだけだ」
「よっしゃ! じゃあいっちょ呼び込み始めますかぁ! 」
「「おぉー! 」」
シジュウの号令で始まった占い屋は初めの数人から初めてすぐに、人だかりができるようになった。
どうやら力を目覚めさせた客の中にストリートアートの力に目覚めた青年がいたようで、その青年が占い屋をやっている後ろの壁に、僕を宣伝する大きな絵を描いたのだ。
「す、すげえ! 僕にこんな絵の才能があったなんて!? どんどん絵のインスピレーションが湧いてくる! この素晴らしさを皆に表現しなくちゃ! 」
「ちょ、ちょっと君、宣伝してくれるのは嬉しいけどほどほどにお願いしますよ」
そして瞬く間にその壁の絵に見惚れた人々が、次は自分もとやってくるようになり人が人を呼んでついにはブラックマーケットでもっとも人の集まる場所へと変わっていった。
「ありがとう神様! 」
ストリートアートに目覚めた青年が大きな筆を振りながら僕に向かって叫ぶ。
なんてことを言うんだ。
「神様はちょっとまずいな……」
セラルミナ教会の人間が多神教を赦してくれる教会なら問題ないけど、一神教だったら僕はたぶんこの青年のせいで教会の人間に殺されても文句は言えない。
異世界で他の人々の宗教観が分からない状態で神様呼ばわりなんて心臓に悪すぎる。
「ちょ、ちょっとそろそろ止めておこうか! 」
僕はステータスの魔法を使って人々を見ているフォーリンに言った。これ以上お客を増やすと辞め時を見失う気がしたのだ。
料金を入れるために用意した袋にはもう銅貨が五十枚以上あるように見える。
「……」
しかし彼女はあろうことか僕の言葉を無視して、次の客のステータスを見始めた。この金に汚い妖精め。後で説教だ。
「シジュウ! 」
僕を中心に扇状に広がる人だかりの中からシジュウの名前を呼ぶ。すると、その中を掻き分けて黒い毛並みが顔を出した。人々が列も守らず我先にと店に押し寄せるので、自然と二人の会話も大きくなる。
「大繁盛だな! 相棒! 」
「そろそろ終わりにしよう! もう十分だろう! 沢山儲けた! 」
僕の声にブラックマーケットの人々はまだ続けろと言ったけど、シジュウならばきっと分かってくれるはずそう思って声をかけた。
しかし…
「あぁー……と、もう少しだ! 頑張れ! 」
シジュウはそういって、群がる人の群れの中へと消えていった。
僕は信用していた仲間に二人とも裏切られたのだった。
そうして……夜になった。
僕は今日だけで相当数の人々に力を与えたことになる。途中フォーリンが銅貨五枚から銀貨五枚に料金を換えたのに人々の波が収まることはなかった。
「完全に辞め時を見失ってた……」
能力を使うことに疲れを感じることはないけど、僕は客の対応で精神も肉体もボロボロにされていた。
一番つらかったのは、相手にステータスのことは告げずにただ、「あなたに目覚める力はないようです」って言うしかなかった時だ。
それに対しての客の対応は様々で、僕を殴ろうとする人や泣く人、それを傍から笑う人などが混ぜこぜになってそこにはいた。
「やりきったわね……」
フォーリンはこの店の説明からステータスを表示して、能力を与えるかどうかの判断を僕に耳打ちするのが仕事だったせいか喉がガラガラになっていた。
「終わったな」
そう言ったシジュウの顔はとてもはれ上がっていた。どうやら能力を与えなかった客の相手をしていたら殴られたらしい。それも一人や二人ではなかったようで、パンパンに腫れている。
「帰ろう……」
周りを警戒しながら、銀貨と銅貨の詰まった袋を抱えて僕たちは遠回りして下水道へ帰った。
「誰にも後はつけられてない、かな」
「あぁ大丈夫なはずだ……随分警戒したからな」
「額が額よ、仕方がないわ」
天幕の中に三人とも入ると、硬貨だけで三キロはありそうな袋を置いて全員が横になった。お金を数える前に、我が家に帰って疲れが溢れたのだ。
しかしこのまま眠るわけにもいかず、全員が体を起こして銀貨と銅貨を黙々と数え始める。
数え間違いはないか、くすねるような馬鹿がいないか、お互いがお互いを監視しながら着々と銀貨を数えていくとその合計が出た。
「銀貨287枚と銅貨102枚……」
なんで一人の客から銅貨の時も銀貨の時も五枚ずつ集めているのにこんな値になるんだ。
そんなことをいう気力すら、僕にはもう残されていなかった。
「えーとじゃあ、分配ね」
僕とフォーリンが銀貨115枚と銅貨41枚。そしてシジュウが銀貨57枚と銅貨20枚という内訳になった。
「俺ぁよぉ……ちょっと小銭稼ぎするぐらいの気持ちでやったんだぜ……」
シジュウがそう呟いた。僕たち全員同じ気持ちだということを忘れないでほしい。
「人を選んでこの額よ? ……無作為に選んでいたらどうなっていたか」
なぜかフォーリンも小声になってそう言う。
「この額だと分けて寄付しないと疑われそうだな…」
僕がそういうと、二人ともが僕の肩を掴んだ。そして二人とも信じられないモノを見るような顔をして考え直さないかと言った。
「相棒…頼む、何か別の方法を考えよう。銀貨百枚を寄付は頭おかしいって」
「そうよ。コレはなにもやましいお金じゃないわ。あなたが正当に受け取るべきお金なのよ? 全部寄付なんて馬鹿のすることよ」
シジュウの説得の仕方は少し心に響いた。
だけどフォーリン、君はダメだ。普通に最後僕のことを馬鹿って言ったし。絶対何かしらの方法で泣かせる。今はまだ思いつかないけど。
「僕はそもそも寄付するつもりで稼いだんだ。今更考えを変えるつもりはないよ」
家だってちょっと臭うけどココがあるし、普通に働いていれば食事にも困らない。
老人になるのも僕の種族はまだ随分先らしいし。今は五十年後に向けて自分の能力を伸ばすことさえ考えていればそれでいい。
そしてそれをすることにお金は必要ない。だから金を必要としている人に寄付がしたかった。
僕は間違っているのだろうか、その考えを二人に話した。
「じゃ、じゃあこうしましょ! あなたはこのお金で家を買います。それでそこで、ご飯でも作って人々に振る舞えばいいのよ。ねっ!? シジュウ」
フォーリンの言葉に耳を貸す気にはならなかったけど、彼女はいつも妙に僕が頷きたくなるような提案をしてくる。
これを僕の扱いが上手い、とでもいうのだろうか。だとしたら少しムカつく話だ。
「お、おぉ! 羽っ子の言う通りだぜ。金よりメシの方が助かるって! 」
シジュウもフォーリンの意見に賛成のようで、膝を叩いて笑顔で頷いている。
炊き出しか……、確かにそれなら優しさのパラメータがあがるような気がする。炊き出しなら長期的に優しさのパラメータを獲得するのにも十分な働きをしてくれそうだ。
僕の中でも意見がまとまったような気がした。
予期せぬ大金を手に入れてしまい、浮かれる三人。
ノビシロは自分の取り分でコハギアの町での新たな活動拠点となる家を手に入れることにした。