のびしろ7 ブラックマーケットの噂
シジュウに連れられブラックマーケットへとやってきたノビシロ。
三人は危険の香りが漂う市場を楽しむが…。
「こっちに何があるんだ? 」
「まぁまぁ、ついてからのお楽しみってやつよ」
シジュウの歩く方向から何やら市場とは違った賑やかな人々の声が聞こえてくる。そこを歩いていくと、目に入ったのは怪しげな生き物の内臓や皮、盗品と思わしき品々の数々だった。そして僕は歩いているとさらにとんでもないモノが売られていることに気づく。
この臭い通りの中でも嗅ぎ間違えるはずがない、コレは…!
「驚いたか? ココは城下町で唯一酒が飲める場所なのさ。この場所を俺達は親しみを込めてブラックマーケットと呼ぶ」
シジュウはココに連れて来たかったと言って、僕の案内を始めた。
こうして道を歩いていると、アルコールを売る人々とそれを黙認する警備兵によって存在する不思議な空間がそこにはあった。
「ブラックマーケット……」
様々な身分の者たちが入り乱れるそこは、もっとも平等でもっとも偏見のない場所と言えるかもしれなかった。ただ、彼らの顔に笑顔や活力といったものはない。もっとマイナスのエネルギーでこの市場は動いているような雰囲気だった。
「ノビシロ、こっち来てみろ。よさげなモノ売ってるぞ」
シジュウが僕の腕を人混みの中から引っ張った。なにか美味しい食べ物でも見つけたのだろうか。彼につられてその店主の前に立つと並べられていたのは、大小様々なアクセサリーが並ぶ店だった。
「アクセサリーにご興味が? 」
オシャレわんこだったのかという疑問は、すぐにシジュウ本人によって否定されることになる。
「いやそうじゃねえ、コイツは宝根っつって魔物狩りなんかに使われる兵器さ。身につければ宝根にちなんだ特殊な能力が使えるようになる。こんな場所に売られてんだ、どうせ盗品だろうけどな。そうだろ、オヤジ」
シジュウが挑発するように店主に聞くと、人間族の店主の機嫌は露骨に悪くなった。
「ハァ? 獣人族の分際で知ったような口きくなや。ココにある以上コレは商品でワシのもんや、冷やかしならどっかいけ! 」
店主はそう言って手でシジュウを追い払おうとした。そんな店主を適当にいなしてシジュウのヤツは店の商品を見ている。
「使えそうな宝根は……コレとコレか……。おいオヤジ、こいつら幾らだよ」
シジュウは宝根を売る店で、赤い石がはめ込まれたブレスレット型の宝根と緑の石がはめ込まれたナイフ型の宝根を指さして聞いた。
「あぁ!? ッチ……、小火竜輪と探索刃か、両方仕入れたての品やけぇお前みたいなんが買える値段ちゃうわボケ」
「幾らかって聞いてんだ。獣人族馬鹿にするぐらいなら多少学はあんだろうな」
「んだとテメェ、両方銀貨五十だ。払えねえだろ」
店主は値段を聞いて引き下がると思ったのか、僕たちにそう言った。しかしシジュウはその値段を聞いても、知らん顔で続ける。
「高すぎるだろ、舐めてんのか。銀貨三十にまけろ」
「だから言ったろうが!? お前ら貧乏人にぁ払えんって!? 」
「いいから。三十でよこせ」
「無理にきまっとりゃがぁ!? 馬鹿かぁ!? 」
「じゃあ、三十五だ。これ以上なら通報する。こちらの長命族のお方は名のあるお方でな。貴様の首なんぞすぐに飛ぶぞ」
シジュウは僕を指さしてそう言った。一応シジュウも僕も平均的なカリスマはなく、僕に至ってはテントウ虫と比較されるレベルの魅力しか持ち合わせていない。だから当然…
「ばぁろう! なぁにが名のあるお方だぁ! 出直してきやがれ! 」
店主に怒鳴られて、僕たちは店の前から撤退したのだった。そしてブラックマーケットから一本外れたところで、シジュウが大きなため息をついた。
「はぁ~やっぱ無理だったか。お前いれば何とかなるかもって思ったんだけどなァ」
宝根というのが欲しかったらしく、シジュウは頑張って値切りをしようとしたようだがどうやら失敗したらしい。フォーリンはカリスマの値が足りてないのよ、とか、恥ずかしいとか、ブツブツ呟いている。
少し雰囲気が暗くなってきたから、一発場を明るくする一言を言うべきだろう。
「次は服を整えて行ってみよう」
「いやそう言う問題か? 」
シジュウに冷静に突っ込まれた。どうやらカリスマが足りないらしい。
「朝ご飯にしないか」
「たしかに。なんか腹減った……メシ、アリだな。メシ屋探そうぜ」
そうしてブラックマーケットで食事のとれる場所を探していると、ブラックマーケットの中では珍しい屋台を見つけた。
「あれは? 」
屋台からは湯気も出ていてなんだか美味しそうな雰囲気がしている。
「闇雑炊屋か……何が入ってるか分かんねえぞ? 」
シジュウの言葉は気になったけど、僕とシジュウは闇雑炊を二つ屋台で買って食べることにした。
木箱を椅子にして食べるスタイルらしく、椅子の席を買うことも出来たけど僕たちは少しでも値段を押さえたかったため木箱の席に座ることになった。
「フォーリン、はい、あーん」
受け取った木製の器に浮かぶ謎のキノコや肉を掬ってフォーリンに向ける。
「ちょ、ちょっと!? 私を毒見役にしないでくれる!? 」
フォーリンはそういって僕の頭の上に避難した。
小さい体だからすぐに効果が表れると思ったのに残念だ。
「優しさ1らしいし、これぐらい許されるかと……」
「神様が決めたステータスを言い訳にするなんてとんでもない人ね。あなたが勇者様を導く立派な指導者になるまでの過程は、ぜーんぶ私が記録しているんだからね!? ……もし、私に酷いことしたらあなた、後世に悪名を轟かせることになるわよ」
こうして歴史は歴史家によって紡がれるわけか……。
「フォーリンに優しくしたら僕は、イイ人だったって書いてくれるのかい」
「あら? 結構気にするタイプ? …まぁでもそこは交渉次第よね」
仕方がないからシジュウが先に食べるのを待っていると、シジュウは僕の視線に気づいたのか、「冷めちまうぞ? 」と一言だけいって手本のようにスプーンを口に入れた。
どんな味がするのだろうと思いながら僕も闇雑炊を口に入れると、コレが結構食べる人間を試すような味だった。
ベースとなっているのは鶏肉のようで、後から謎のバナナ味とキノコ特有の臭みが襲い掛かってくる。
「アタリだな」
シジュウが食べながらそう呟く。アタリだったらしい。
確かに昨日食べたパンや肉に比べて人が作った感じのする温かみがある分、コレはアタリなのかもしれない。
そしてフォーリンも僕たちが食べていて大丈夫だと思ったのか、僕にスプーンをよこすようにいった。
「次あったらフォーリンが味見役ね」
「考えておくわ。―――モグモグ……ウッ……」
フォーリンは闇雑炊を一口食べて、僕にスプーンを返した。どうやらお口に合わなかったらしい。
その後も食べ続けていると、屋台で闇雑炊を買った他の客二人の会話が偶然聞こえてきた。
「なんか最近皇帝の妃になった人がいるでしょう? あの人実は魔物が人の姿になってるんですって。国仕えの男が死刑になる前にそう叫んでたらしいわよ」
「怖いわねぇ……皇帝が何も言わないからって禁酒令も出しっぱなしでしょ? どうなんのかねぇ、この国は……」
魔物が人の姿になる……?魔物とは一体なんなのだろう。その後も客の会話を盗み聞きしながら闇雑炊を平らげた。
シジュウとブラックマーケットを歩きながら、さっきの客が話していたことについて聞くとシジュウも初耳だという。デマだということも十分あるし、ゴシップ覚えておくぐらいでよさそうだ。
「そういやよぉ、お前のノビシロで金稼ぎ出来んじゃね? あなたの秘めた力を伸ばします! みたいによぉ!」
「出来ると思うけど……」
「丁度人通りも多くなってきたし、やってみようぜ! 」
魔物の姿であるという王妃の話を頭の片隅に置いたノビシロは、シジュウの提案により【のびしろ】をつかった商売をしないかと持ち掛けられる。
ただ当の本人はあまり乗り気ではないようだ…。