のびしろ6 きずなおった
横たわるシジュウに声をかけるノビシロ。
苦しそうに話すシジュウに何とかしなければならないと、彼は町へと飛び出した。
治すものはあるのか、シジュウは助かるのか。
根城にしている地下水路に戻ると、右の手で冷たい壁面を触りながら暗い水路の中を真っすぐ歩くとシジュウの住む横穴を見つけることが出来る。
視覚ではどうにもならない暗い横道をずっと進んでいくとぼろの天幕が見えて、灯りが漏れていた。ここまでくると自分達の四肢がようやくどの辺にあるのかが分かるようになる。
「ふぅ……帰って来るのも一苦労だ」
「アタシまだココの臭いが慣れないわ……二日目だし仕方ないのかしら」
「鼻で息をしようとすると馬鹿を見るよ」
僕はそう言って口で呼吸するように指を指した。
中にはシジュウがいるようだけど、中から彼が何をしているのかを見ることは出来ない。
僕は「大将やってる? 」と言って居酒屋の暖簾をくぐるように、天幕の布をめくって中に入ると、横になっているシジュウと目があった。
シジュウは腹部を押さえていて、押さえている布は赤く染まっていた。
「なにがあった? 」
駆け寄った僕の心配をよそにシジュウはヘラヘラと笑う。
「なぁに心配するこたぁねぇよ。ちょっと仕事でヘマしちまったんだ」
仕事というのは今朝方仕事屋から入手した大の仕事のことだろう。僕の仕事は酒場の手伝いだったけど、大の仕事が一体何をさせられるのか気になった。
「どんな仕事をしたら腹から血が出るようなことがあるんだ」
シジュウの押さえている傷口の状態から見ても、膿んでいるようには見えず適切な処理がされているように思えた。しかし軟膏などで傷を塞いでいないため、このままでは傷口が乾燥して雑菌が入ってしまうのは目に見えている。
「ヘヘッ……魔物狩りさ。帝都周辺は特に砂漠化が進んでるせいか魔物が多いだろ。俺みたいな身寄りのねえナザリス族に回ってくる仕事なんざぁこんなもんだ……」
狩猟の仕事ということだろうか。見たところシジュウは武器を持っていない、素手で魔物とやらと格闘したということだろうか。無茶なことをさせる仕事があったものだ。
「安静にしてろ。なにか薬になるようなモノを買って来る」
「いや、大丈夫だ。その気持ちだけでよ……お前さんやっぱり変な野郎だぜ、ハハハ……」
シジュウはそういって、腹部を押さえていない手で目元を隠した。
「じゃあ薬がいらないなら、なにか食べるものを買ってくる」
「ヘヘッ……じゃあよ、肉買ってきてくれ。金、やるからよ」
シジュウは一度僕を見てから懐の銀貨をバラバラと落とした。その一枚一枚に血痕が散っている。コレはシジュウが命を賭けて稼いだ金だ。一枚も無駄には出来ない。
「……分かった。探してくる」
僕はフォーリンと地下水路の扉を飛び出して町の中を走った。そして肉と水は買えたもののお目当てのモノが見つからなかった。
「フォーリン、アルコールがどこにも売ってない……」
薬屋らしき場所に足を運んでも消毒用のアルコールは売られていなかった。
「禁酒法でアルコールの販売はたとえ医療目的でもダメなの」
クソみたいな法律のせいで友人の傷が悪化するのだと思うと怒りが湧いてきたけど、ソレはそれとして傷の治療に必要な道具を探した。
結果的に代わりに手に入ったのは魔女とかいう怪しい人間が作った軟膏のみで、他にも薬屋は様々な薬を紹介したけど、自分の知らない薬ばかりだった。
(コレはシジュウのお金だ、無駄には出来ない)
僕は買うのを躊躇った、そして軟膏だけを服のポケットに入れて走って帰ったのだった。
天幕に戻ると、依然としてシジュウは体を横に寝転がっており、唯一違うとすれば傷が原因で顔には粒の汗を掻いていたということだった。
僕には水で傷口を洗った後に軟膏を使って蓋をするぐらいしか出来なかったけど、シジュウは「それで充分だ」と言って、肉を無理やり食べると寝てしまった。
明日になってから冷たくなってないといいなと思いながら僕は買ってきた残りの肉を食べて、水を口に含んだ。
下水道の臭いも相まって味わって食べるものではなかった。そして同時に一抹の不安が過る。
……異世界の水って飲んでも腹壊さないのかな。
しかし、喉の渇きには避けられずゴクリと喉を鳴らして飲むしかなかった。どちらもとも生きて明日を迎えられればいいと思いながら、僕は倒れるように眠りについた。
そしてそんな翌朝、昨晩の心配が嘘のように回復したシジュウは起きてパンをかじっていた。
「大丈夫? 」
体を起こして聞くと、シジュウは一瞬何をいわれているのか分からないという風に首を傾げたが、ポンと手を叩いて元気そうに返事をした。
「あ? おぉ! 大丈夫だ! みろよこの腹! 」
シジュウの筋肉質な黒い毛を掻き分けて腹を見る。剛毛過ぎてよく見えなかったけど、確かに傷が塞がっているように見えた。
そんな馬鹿な。
「ナザリス族は傷の治りが早えのよ」
シジュウは僕にパンを渡しながらそう言った。
「なわけあるかーい……」
それを齧りながらそう呟いた。
クソ硬くて不味いパンを何とか口の中で溶かしながら食べる。しかし、シジュウの傷の治りにビックリし過ぎて味がよく分からなかった。
「いやいや、マジだって。……そういや今日はどうするよ? 」
昨日噛まれたばかりだというのに、もう動きたいらしい。
「傷が開いたりしない? 」
「大丈夫だってホラァ! 」
シジュウは狭い天幕の中で側転をしたり、飛び跳ねたり逆立ちしたりして、体が問題ないことを僕に知らせた。
「まぁ……確かに? 」
「そんでさ、力が強くなったお陰で前よりもっと稼げるようになったし、金の余裕があるわけよ。だから今日はお前さんに町の案内をしてやるよ。な!? これよくねぇか? 」
「助けるけど……」
僕の心配をよそに外に出る準備を始めるシジュウに、生物の神秘を感じているとフォールが僕の肩を叩いた。彼女もどうやら起きたらしい。
「朝のステータス確認をしましょ」
仕事熱心な彼女に水の入った革袋を渡す。
「恒例にしていくの? 」
「えぇ」
フォーリンはフワフワと飛び上がると、大きな欠伸をした。そして彼女はステータスの紙をボワンと出した。
【野比 白】
≪武力≫:1
≪見識≫:3
≪優しさ≫:1
≪ビジョン≫:1
≪カリスマ≫:9
「あら? なんでかしら、こんなにカリスマがあがってる……」
彼女はなにかを調べるように、さらに魔法を使うと別の紙が出てきた。その紙に書かれていたのは、見識とカリスマがどのような過程を経て上がったかを記すものだった。
「えーと……、見識は買い物をしたり仕事をしたりして挙がったみたいね。まぁ、コレは驚かないわ。初めは簡単にステータスが上がるもの。二十を超えた辺りから段々伸びなくなっていくものだけど……。このカリスマの上昇はなんでかしら」
ジーと、レシートのように長い紙をフォーリンは見て行くと納得したのか、僕にもその紙を見せてくれた。
「コレは……? 」
「あなたのカリスマ値を上げた経験値の打ち分けが書かれているの。思いもしない行動であなたのカリスマが増したみたいね」
酒場での仕事+100、新たな出会い+500、教会への献金+13000、子供達と触れ合う+200、と大きく書かれており、そのほかにも新しいものを飲み食いしたりなどすると点数が貰えるらしかった。
ココだけ見るとやっぱりこの世界はゲームのようだ。違うとすれば、そのステータスを上げる前にプレイヤーが餓死で死ぬかも知れないという点か。
「カリスマって……結局増えたところでどうするの」
数値を上げたところで、何も恩恵がないなら単なる自己満足の世界だ。そんなものを上げるぐらいなら僕は別のことをする。
「そうね、簡単に言うと初めから彼方に対して好印象を持つ人が増えたりするかしら。他にも交渉事が有利に働いたり、無料でなにかを貰えたりだとか。あ、あとカリスマの足りない人じゃないと話をしたがらないお高く留まった女の人とかもいるかしら」
最後らへんは私見が入っていそうだったけど大丈夫だろうか。
「ちなみ9だとどのくらい? 」
「比較対象ってこと? うーん、20が平均だから……テントウ虫くらいかしら? 」
「テントウ虫……」
聞いた僕も悪かったけど、人と比べることすらおこがましいとはおもわなかった。まぁでも、上げることを意識していれば今後有利な場面が増えるということらしい。
そして上げる方法も確立されている。武力やビジョンというのはまだ上がっていないのは何となく分かるけど、その内そのステータスを伸ばせば得られる恩恵というのもあるのだろう。
「どうかした? あーまさか、面倒くさいなんて思ってないでしょうね? 」
「そんなことは……」
「本当にー? 」
フォーリンとそんな話をしていると、ステータスの紙は時間と共に塵となって消えた。
「おぉーい、準備できたかー? 」
シジュウが外へ出たそうにウズウズしている。あれじゃあ散歩を待つ犬のようだ。
「今行く」
下水道から出ると、町の市とは違う方向へシジュウは歩きだした。
アッという間に回復したシジュウ。ナザリス族は傷に強い種族といっても限度があるぞ。
彼の身に一体何があったというんだ。
…そんな傷から回復したシジュウがどこかにノビシロを連れて行きたいという。
きっと彼が誘う場所だ。ろくな場所ではないのだろう。