のびしろ5 2回目の【のびしろ】
自分に与えられたチートスキル【のびしろ】を使うため、のびしろとフォーリンは路地裏に入った。
路地裏には寝転がるホームレスが沢山いる。その内の一人にノビシロは声をかけるのだった…。
イイね欲しいです…。
「ねぇねぇ! いくら入ってたの? 」
「……少し店から歩いた後でね」
フォーリン以上にいくら貰えるのか気になっていたのは僕のほうだ。腹も減った、喉も乾いた。この懐の包みで今日の食事をどうするか決めるのだ。ワクワクしないはずがない。
そうして少し歩いた後、路地裏に出る前に僕は包みの中を開けて中身を確認した。中に入っていたのは銅貨八枚だった。
仕事屋に渡した分を引くと銅貨七枚、それが今日の収入だった。
「フォーリン、コレだとどんな物が食べれるかな」
「そうね、節約すれば晩御飯と明日の朝ご飯ぐらいならギリギリってところじゃない? 」
そう聞いて僕は、ガックリ肩を落とした。ま、まぁ小の仕事だ。期待はしていなかった。違法な酒場で捕まる可能性すらあったのに働いて銅貨八枚とは……。
「ねぇ、もうご飯を食べに行くの? 」
「どうしようか。シジュウが帰ってくるのを待ってから一緒に食べに行くのもいいよね」
毎日三食当然のように食べていた身だった僕が昨日から飲まず食わずの身だ。なにかしら腹に入れたい気分ではあった。
「そうじゃなくて。忘れたの? 【のびしろ】を使うって話。スキルの理解を深めるには使うしかないのよ? まさか忘れてないわよね? 」
当然忘れていた。僕の頭の中は今ご飯のことしか考えていない。
「……もちろん。勇者様を導く使命のことは忘れてないよ」
ソレは必要な嘘だった。なにせ僕は銅貨七枚でやり繰りするという少々厳しいという現実と今戦っているんだ。五十年後の未来のためにスキルを磨くというのは今の僕には少々難しい話ではなかろうか。
「気は進まないけど…、ちょっとそこらへんのホームレスに使ってみよう」
路地裏で暮らしているホームレスに向かって僕はモーションを取った。両手を握り前に突き出す。そして【のびしろ】を使う。
シジュウほど光はしていなかったものの、少し光っていたものを使うと男はなにかを思い出したかのように立ちあがった。
「ちょっと、そこのお爺さん」
「……はぁ?」
下着もつけていない、黄色い外套に体を包んだ奇抜な恰好の老人に僕は声をかけた。老人はいきなり声を掛けられたことに警戒して、僕が誰かを疑う。
だけどそんなことはどうでもいい。彼にどんな変化があったのかデータが欲しかった。
「いま、なにか思い出したみたいだけど。どんなことを思い出したの? 」
「関係ねぇだろっ! 」
男は弱い力で僕を押すと、後ろを向いて立ち去ろうとした。だから僕は正直に言って、どうしてもあなたのデータが欲しいと懇願するつもりで聞いた。
「僕がそれを思い出させてあげたとしたら? 」
「はぁ?」
「僕はあなたの眠っている力を開花させる力があるんだよ。さぁ、どんな力が目覚めたのか僕に教えてくれない? 」
怪しいことをいう頭のおかしい男だと彼は思ったかもしれない。
しかし彼は僕を見る目を変えた。まるで神でも見ているかのように僕に向かって一礼をしたのだ。
気持ち悪い光景だけど、そんなことをする暇があるなら一体あなたにはどんな効果があったのか、それを教えて欲しかった。
「……ヘヘッ、酔狂な御方がいたもんだ。よろしい、少し待っていなさい」
男は路地裏の壁面を蜘蛛のように登り始めて、おそらく知り合いではないであろう人間の部屋の窓から体を侵入させると、しばらくさせて様々なモノを持ってまた窓から出てきた。
体中に安物に見えるアクセサリーや燭台などが挟まれている。全部あの部屋から盗んできたものだろう。男はそのうち、脇に挟んでいた男性用の服を僕に渡した。
「ヘヘッ、ワッシにどんな力が開花したかだって? この力さ。あなた様に力を与えて貰ってすぐにワシは過去に犯した様々な過ちを思い出した。その手際、パターン、などなどだ。おかげで今は清々しい気分ですよ。アンタのことは一生忘れねぇ。なにか困ったことがあれば相談してくだせぇ。なんでも盗んで見せますんで」
そう言って老人は去って行った。僕はただ受け取った服を見て、やっちまったという気持ちしかわかなかった。そして当然、そのことをフォーリンも問い詰めた。
「えっ、ちょ、ちょっとノビシロ!? やっちゃったわね、あなた。【のびしろ】が良いところを伸ばす、だなんて私一言も言ってないんだからね!? 」
フォーリンはアワアワとした様子で、泥棒をした男が消えていく背中を目で追っていた。しかし彼女があたふたするほど状況は悪くない。
「うん。心配しないで。こうなることはだいたい分かってたから」
「どういうこと? 」
彼が罪を犯す可能性があることを、僕は何となく知っていたのだ。
「この【のびしろ】ってスキルさ。まだ二回しか使ってないんだけど何となく分かるんだ。きっと人が最も伸び悩んでいる部分に、閃きを与える力なんだ。さっきの盗みを働いた老人も昔から窃盗についてずっと色々試行錯誤した人間なんだと思う」
「なによ、ソレ!? 人間のクズじゃない! 」
「あぁ。ソレは間違いない。だけど何となくこれでどういう人間に【のびしろ】を使うべきか分かった気がするんだ。あの部屋の住人には悪いけどね」
そう言っていると、老人が盗みを働いた家の電気がついた。手に持った服を返しに行くとかえって主犯と間違われかねない。
「さぁ、撤退だ」
僕は歩いてその場を去ることにした。そしてその足で同時に質屋にも出向いた。
質屋の場所は町の人間に聞けばすぐに分かった。
フォーリンは僕を止めたけど、結局彼女は僕についてきた。
「銀貨十三枚までなら貸せます」
「じゃあ、それで結構だ。ありがとう」
きっとかなりぼったくられただろうけど、僕は質屋で服を銀貨十三枚で売った。仕事終わりに手に入れた銅貨七枚と比べると重みが違った。
「フォーリン」
「なによ」
「このお金は寄付しようと思うんだ。貧しい人のために」
「そんなことをしたって窃盗幇助の刑は軽くならないわよ」
「分かってる。だから僕の気分の問題なんだ」
食事代なら銅貨七枚がある。もうほとんど夜に近づいていたけれど、僕はこの町に点在する教会の一つに出向くことにした。
「セラルミナ教会へようこそ。今日はどうされました? 」
教会に出向くと、修道女が僕たちを招き入れた。教会に併設されているらしい孤児院からは子供達の声が聞こえてくる。
「寄付をしに来たんです」
僕は事情を説明せず、とりあえずそう言った。かなり怪しいかも知れない。そう思ったけど、彼女は寄付を快く受け取ってくれた。
「コチラの袋にお入れ下さい」
修道女が袋を広げると、僕は十三枚の銀貨を全てジャラジャラと教会に寄付した。修道女はソレにビックリしたのか袋の中を覗き込んで確認した。
「神の祝福がありますように」
修道女は僕にそう言った。だけど敬う必要なんかないだろう。神はこんな人間をあなた達の世界によこすような存在だ。
「ありがとう。どうかそのお金で、子供達が少しでも救われますように」
そういって教会を出ようとすると修道女に腕を掴まれ止められた。
流石に金の出所を疑われるかと思い気や、
「ちょ、ちょっとお待ちください。神父を呼んでまいりますので」
と言って袋を持って裏手へと引っ込んでいった。
彼女達がもし僕を都合のいいカモだと思っているのならその予想は外れることになる。
献金出来るのは今日だけだし、余裕もないから今後献金する予定もない。
しかし神父はやってきた。ずいぶんとやせ細った体だ。セラルミナ教会とか言ったかな? 随分貧乏らしい。
「この度はあなたの寛大さに感謝いたします。私はこの教会の神父、リーンダートと申します。ぜひ、子供達の笑顔を見て行って下さい」
「野比 白です。えぇ、お願いします」
リーンダートさんに促されて孤児院まで行くと、大人たちに言うように教育されているのか子供達はしっかりと笑顔でお礼を言って見せた。
「「せーのっ、ありがとうございます!」」
しかし僕はそれを聞いても子供達からは誠意というのがこれっぽっちも感じられなかった。ただ言われたからする、そんなお礼だと思った。
むしろ夕飯前になんだよ、コイツらは。という意味さえこもっていそうな雰囲気だった。それが僕にとっては少し嬉しかった。たとえ異世界であっても子供というのはかくあるべきだろう。
良くして貰った相手に誠意をもってお礼を言う、そんな当たり前のことが出来るということは凄いことなのだ。
酒場で出来過ぎたあの子を見ていると、僕は子供という存在に危うく庇護欲が湧いてきて、好きなりかけるところだった。
孤児院の彼らのおかげで僕は相変わらず子供を嫌いでいられそうである。
「沢山の『ありがとう』を、どうもありがとう。フォーリン、寄付してよかったね」
「……えぇ。そうね」
フォーリンは気まずいのか、僕の言葉に遅れて返事をした。
そうして神父に玄関先まで見送られて僕たちは教会を後にした。そして帰路の途中ですでに無償に笑えてきていた。銀貨十三枚を使って、作り笑顔を向けられただけという事実に。
「ハハハッ……」
とんだ無駄遣いだ。
賽銭箱や噴水に硬貨を投げ入れる行為の次に無意味に感じた。
「アンタそんなに嬉しかったの? 」
「え? 」
「だって今のノビシロ、凄く嬉しそうだから。子供好きなのね」
そう言ってフォーリンは僕と一緒に笑って帰った。
「……そうだね。最高の気分だよ」
くだらないことにお金を使ったと、笑いながら夕日を背にシジュウの元へと帰る二人。
家に帰ると、体の節々を怪我したシジュウが横になっているのを見つけ二人は駆け寄った。
仕事で受けた負傷らしく、その代わりにとシジュウは銀貨を二十枚も入った包みを地面に置く。
一体なんの仕事をしてきたのかと聞くと彼は笑って言った。
「魔物狩りさ……ナザリスの仕事なんざ、こんなもんしかねぇ……」
魔物狩り。この世界の新たな一面が見えてくる…。