のびしろ3 ステータスはオール1
ステータスの紙を渡されると、あまりの低さに驚くノビシロ。
どうやら生活していけばそのステータスは伸ばせるようだが、仕事もしなければならない身。
合間を縫ってステータスを伸ばす行動をノビシロは取れるのだろうか。
「いい拠点じゃない! ここならしばらく活動拠点に出来そうね! 」
フォーリンはフォーリンで遠慮がない。
「さぁ、じゃあ早速シジュウが【のびしろ】で手に入れた新しい力を確認しましょ! 」
フォーリンはそう言って念仏のようなモノを唱えると、紙をポンと生み出した。紙には名前と、数値が記入されてある。
【シジュウ】
≪武力≫:32
≪見識≫:10
≪優しさ≫:20
≪ビジョン≫:8
≪カリスマ≫:18
「中々いいステータスじゃない、シジュウ! 武力がこれだけ高ければほとんどの相手には一方的に勝てるはずよ! 」
「ほう。32ってのはつまり結構いい線いってるってことで良いんだな? 」
シジュウが紙をみて聞くと、フォーリンは小さな手を叩いて褒めた。僕もそれを見ると、よく分からない項目ばかりだった。武力や見識とかはまだ分かる。大方、力の強さや物事の判断能力の高さのことを言っているんだろう。
ビジョンとカリスマってなんだ。先見の明とかその人から溢れる魅力的なことだろうか。
パラメーターというぐらいだから上げることが出来るのだろうけど、どうやって上げることが出来るのか想像すら出来ない。
「この数値は全て100が限界値なの。30を超えるとなると、専門的な仕事についている人が多いわ。武力の30は経験のあるプロの軍人ぐらいの強さよ。ノビシロの力とはいえまさかここまで伸びるなんて。嬉しい誤算だわ」
「へへっ、あんま言ってることはよく分かんねぇけど、なんだか悪い気はしねえな! 」
フォーリンがシジュウを褒めているところを見ると、自分のステータスも気になるところだ。フォーリンに言ってまたステータスとやらが書かれた紙を生み出して貰う。
【野比 白】
≪武力≫:1
≪見識≫:1
≪優しさ≫:1
≪ビジョン≫:1
≪カリスマ≫:1
「……なんでこんなに低いの? 」
少し悲しくなり、紙から顔を上げて僕はフォーリンを見た。
するとフォーリンはシジュウに聞かれたくないのか、耳元で小さい声で教えてくれた。
「えーと……、あなたのステータスはちょっと特殊なの。本来であれば赤子の頃からステータスは上がって行くものなんだけど、今さっき生まれたばかりでしょ? だから赤子と同じなの」
転生者といわれたぐらいだからこの世界ですでに生きた足跡があるのかと思ったら、僕はあの噴水前で生まれたらしい。人の子ではないということだ。
「……バグじゃん」
見識が1なのは甘んじて受け入れよう。僕は何も知らない。だけど、優しさ1にカリスマ1って。神の見立てでは僕は残忍で魅力に欠けるってことか?
口ぶりからしてこれから生活していけば上がるもののようだし、50年もあればそれなりに見れるパラメーターに成長するのかも知れないけど、コレはあんまりじゃないだろうか。
「一応あなたがこれからステータスを磨きたいと思うなら私も手伝うわ。でも忘れないで。アナタにはチートスキル【のびしろ】があるの。それを上手く生かしてこの窮地を乗り越えましょ」
ゲームでチートなんて使わないからチートスキルと言われても上手く使う方法が分からなかった。
お偉いさんが死刑と言えば殺されてしまうような町で、【のびしろ】を使って悪目立ちをしたら、運が悪ければ殺されるのではなかろうか。
僕はボロボロの布の上に寝転がって天井を見上げながら考える。
当面の生活費は銀貨で賄えるようだけど、50年も待っていたらその間に餓死してしまうだろう。なにかこのスキルを生かした目立たないなにかはないものか……。
色々な仕事の案を考えているウチに自然と瞼が重たくなり、深い眠りへと落ちていった。
翌朝。
何度か目を覚ましたけど、無事朝を迎えられたみたいだ。
シジュウはボロボロの櫛を使って毛繕いしている。【のびしろ】のせいか、初めに見た時よりもずいぶん毛量が増えた気がする。長毛で漆黒の被毛は闇に溶け込めば見分けることは困難だろう。
そんなシジュウは僕が起きたのを察知したのか、天幕の上に吊るしてあるランタンの灯りをつけて声をかけてきた。
「おーい寝坊助。とっとと起きろよ」
ナザリス族は寝たふりを敏感に察知する種族らしい。僕は体を起こすと、体を捻って少し柔軟をすると、立ち上がった。
「俺は仕事を探しに行くけど、ノビシロはどうする? 」
「僕もついて行こうかな」
「よっしゃ。じゃあいっちょ頑張りますか」
あぐらをかいていたシジュウは、膝をパンと叩いて立ち上がった。
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下水道から出ると、サンサンと輝く朝日が眩しく僕たちを出迎えた。コハギアの町は城下町ということもあり、朝から人の交通量も多いらしく活気で満ち溢れている。
ただそれを教授出来るものの中に獣人族の姿はなく、大部分が人間族だ。そして他にもかなりの種類の別種族がいるようだったけど、まだ彼らがどんな種族なのか僕は知らなかった。
「仕事の斡旋をしてくる仕事屋がいるんだ。ソイツに会いに行く」
シジュウはそう言って日の差し込まない路地裏の方へと歩いていく。朝の路地裏は静かで、青い世界が広がっており、レンガの道にゴザを敷いて雑魚寝するホームレスの数も随分と少なかった。
「おっ、いたいた」
シジュウが声をかけたのはビーニーを被った、毛皮の服を着た男だった。壁に持たれてタバコをふかしている。手には今日の朝刊らしきものが握られていて、男が情報を生業にしているものだと一目でわかる風体をしていた。
「よぉオッサン! 」
「今日はいくら出せる」
男は加えタバコの息をハフハフと口から漏らしながら聞く。朝の乾いた路地裏で吸うタバコは格別なのか、情報屋の男は少し機嫌が良さそうだった。
「俺はいつもの大よ。ノビシロは……どうすんだ? 」
「どうって? 」
僕がシジュウに聞くと、間に入って情報屋のオッサンが変わりに説明をしてくれた。
「大変だが沢山稼げる仕事、普通に稼げる仕事、少額だが安全に稼げる仕事。事前にコチラに提示した額で斡旋してやる。さぁ選べ。トゥーサンの変わり者」
そう言うことならと、僕は小を頼んだ。
こういうのは小さい順から大きい順に順番にやっていくのが僕のやり方だ。そうやって全部体験してよかったモノを継続する。そう、まずは体験だ。
お互いに受ける仕事が決まれば仕事屋に出す料金が変わった。
大の仕事なら銀貨1枚、中なら銅貨5枚、小の仕事なら銅貨1枚とのことだ。
「じゃあシジュウ、お前にはこれだ。そしてトゥーサンの変わり者、お前はコレだ。トゥーサン向けの仕事だから多少割もいいはずだ」
男から小さな紙を受け取ると、ソレは仕事場を指す地図と仕事場の名前だった。そこで、情報屋の男の斡旋で仕事に来たと言えば仕事にありつけるらしい。
貨幣についてフォーリンに聞くと、コハギアでは1日当たり銀貨1枚で生活できるらしい。そしてこれは結構な物価高だから田舎はもっと安いとのことだ。
「さぁて。お仕事も大事だけど。自分の使命も忘れて没頭しちゃだめよ? あなたには勇者様を導く大切な使命があることを忘れないで。そのためには【のびしろ】をもっといろんな状況で使えるようにならなきゃダメよ。仕事の最中にでも考えてみて」
フォーリンは難しいことを言うと思いつつ、情報屋に提示された地図を頼りに現場に向かう。
すると表にはレストランが、裏には人一人が通ることの出来る小さな階段があった。仕事場に行くにはそれを下りる必要があるようだ。
「朝だからかな……ちょっと冷えるな」
階段を一段降りるごとに、体が冷えてくる感覚がする。
でもこれは初仕事への緊張感とか、初対面の人間と話す緊張感とかではなさそうだ。
「人避けの呪いがされているみたい」
フォーリンが地面を見ながら言うには、そんな不思議パワーがこの階段にはあるらしい。
「呪い? 」
「そうよ。魔法より簡単に使えて、この世界じゃ広く普及してるんだから」
そんな話を聞きながら、冷たさ感じる階段を一段ずつグルグルと降りていくと、レストランの丁度真下には別の店があった。
その黒い扉を開けると、そこは天井から人の歩く足音が聞こえてくるほど静かな店だった。
「ごめんください」
フロアに入ると朝は閉店しているのか静まりかえっている。仕事場はおそらくここで間違いないだろうと辺りを見ていると、子供が一人奥からコチラに走って来るのが見えた。
「あの、お客さんですか? 」
中世的で短い髪の人間族の少女が、俯きながら僕の前に立って聞いてきた。
このお店の娘だろうか。まだ、7~8歳ぐらいに見える。
「えっと、今日ココに仕事をしに来たんだけど。お母さんかお父さんいる? 」
「あぁ! ちょっと待ってて! お母さーん!」
少女は、バタバタと店の奥へと入っていくと長身で細身の長命族の女性を連れて戻ってきた。女性は少しやつれていて、睡眠不足なのかクマもある。
「あの、きょう情報屋に紹介してもらった……」
「あら長命族? お会い出来て嬉しいわ。早速で悪いけどお店の奥に来てちょうだい」
店の厨房に通されると、汚れた食器が山積みになっている。
それと見間違うはずがない、酒のジョッキが置いてある。
「夜に出た食器の清掃を頼むわ。全部終わったら、この子に言ってちょうだい。アタシはそれまで寝てるから。詳しいこともその子に聞いてちょうだいな」
そうして任された山積みの食器を前に、僕は腕をまくった。
「ねえねえ」
先ほどの少女が声をかけてきた。
「あぁ、さっきはありがとう。おかげで仕事が始められそうだ」
「ううん。えっと、なんて呼んだらいい? 」
「僕の名前は野比 白って言うんだよ。僕の頭の横で飛んでいるのは妖精のフォーリン。好きに呼んでね」
フォーリンは少女の周りを周って一礼した。
「よろしくね」
そういうと少女は喜んで、フォーリンと握手を交わした。
「じゃ、じゃあノビシロさんとフォーリン! 私ポエって言うの。よろしくね」
ほぉー。君もかね。君も僕のことをノビシロというのか。いい加減ノビさんとかシロさんとか言ってくれる人が一人でもいやしないものか。
「あぁ、よろしく。ちょっと聞きたいんだけど、この布のスポンジで洗うんでよかったかな」
「うん。その肌色のやつ! それでね、石鹸つけるんだよ! 」
「そうなんだ、ポエは賢いね」
ニコニコと笑うポエの興味は、自然と僕の周りを飛んでいるフォーリンへと向かっていった。
「私フォーリンとお話ししてみたい! 」
小さい子はみんな妖精が好きなのだろう。
「いいわよ~。カウンターでお話しましょ」
「やったー! 」
素晴らしい現場監督にも見守られながら、僕は山積みになった食器を片付けた。
レストランの下に人避けの呪いがされてあった謎の黒い扉のお店。
そこの食器を片付ける仕事を請け負ったノビシロは、お酒を飲むためのジョッキが置かれていることに気づく。
コハギアの町は確か『禁酒法』が制定されていたはず。
ノビシロは働きつつ、この町の闇に触れていく……。