のびしろ22 孤児院の子供達
剣術を習おうとしたら思わぬ伏兵に出くわしたノビシロ。
訓練用の剣を取りに行こうと言われて教会まで行くと、孤児院の子供達も剣の練習をしているところに遭遇した。
ヤー! や、ター! という声と共に、おそらく魔物の骨で出来た剣と剣の鍔迫り合いをしているところなんかを見ると、普段からこうやって子供同士で練習をしているみたいだ。
「剣の練習? 偉いね」
二人の少年にそう言ったら無言で数秒コチラを見ると、シカトされてどこかに行かれてしまった。
別に僕は普段彼らを殴ったりしているわけではないし、むしろおままごとに参加しておじいちゃんの役割を与えられたりもする。なのにこの扱いの悪さだ。
僕が寄付しているおかげで衣服もちゃんとした良いものを着られているんだぞ、と言ってやりたかったけど、僕はそこのところやっぱり言いたくないから、子供達には難しいかもしれないけれど、さり気なく感謝の気持ちをそれとなく滲み出してほしいところではあった。
「すまないね。今倉庫にあるのは一番古いコレだけみたいだ」
そういってリーンダート神父はボロの骨の剣を僕に手渡した。骨の中は空洞なのか、羽のように軽い。
「前に新しい練習用の剣を買ったんだけど、ソレは今子供達が使っていてね」
神父の目の先には子供達が剣を振り回している姿があった。神父の目は子供達を見ている時は一段と穏やかで、先ほどの剣を持った少年達が神父の方を向くと、彼は笑って手を振り返した。
そして少年達も神父に対しては笑って見せた。
しかし僕が隣にいることに気づくと途端に不機嫌になって何処かへ行ってしまった。
いいよ? 僕もお前たちのことあんまり好きじゃないし。
だってシカトされたり陰口言われたりまたシカトされたりするんだろ。そんなの僕は耐えられないね。
「ノビシロさん、おままごとしましょ」
声をかけてきたのは、天使…じゃなくてこの孤児院の女児だった。
ありがとう、敬意をもって僕をノビシロさんと呼んでくれるのは君とリーンダート神父だけだ。他の奴らは仕事を与えてやっても給料を渡してやる時でさえ、ノビシロさんとは決して呼ばない。
「ごめんね、剣のお稽古があるから」
「ノビシロさんは、おじいちゃん役ね」
「聞いてくれるかな」
そう言うと女児にもシカトされた。テメエは与えられた役割をこなしていればいいと言われているような気分になった。
渋々僕は剣の稽古をする前に爺さん役に入り込むことにした。
そして隣で様子を伺っていたリーンダート神父はお父さん役に抜擢された。
…まさかここで主役に抜擢されない俳優の気持ちを味わえるとは思いもよらなかった。
そんな僕とリーンダート神父を7~8歳ぐらいの女児の集団がサバトを目論む魔女のように取り囲んだ。
そして女児の一人が穴を掘ってその場所を「鍋」と言った時異変は起きた。
全ての女児がそのただの『穴』を『鍋』と言い出したのだ。
僕は彼女達の正気を疑ったけど、それでふと前世であることを思い出した。
僕の前いた世界では建物を建てた時に、地鎮祭とかって儀式を行う。木の棒を四方に立てて縄を張り、囲いを作ってその中に神様がいると全員が認証することで始まる歴史ある建築儀式だ。
そして神様がいるという想定で、地鎮祭は続くのだけど、僕は彼女達の『鍋』に地鎮祭の神と同じ物を感じた。
それからしばらく、僕は彼女達が『鍋』と宣言した『穴』を見つめながら、ただ草や泥水が継ぎ足される過程に頷きながらやはりこれはただの穴だと思うしか僕には出来なかった。圧倒的な彼女達の想像力を前に僕は敗北したのだ。
そうして発想力のたくましい彼女達とおままごとをしていると、少女たちは各々将来なりたい姿をおままごとの中で披露をしてくれた。
コックさんやメイドさんなど、いい塩梅の夢を持っている子もいれば、綺麗なお姫様や賢いお母さんというやや実現の難しい夢を話す子もいた。皆リアリストなのかと思ったけど、ちゃんと叶わない夢も持っている子がいて僕は安心して返事をすることが出来た。
「いいね。みんなそれぞれ夢を持っていて」
「ノビシロさん、彼女達が夢を持つことが出来たのは君のおかげだよ。ぜひ、誇って欲しい」
リーンダート神父にそう言われて僕は少し罪悪感があった。別にステータスを上げるための行為であって、僕は子供が好きなワケではない。お爺さん役にさせられるし。
「ノビシロさんの夢はなぁに? 」
女児の一人がそんなことを聞いてきた。
僕はその質問に、言葉が詰まった。子供の質問なんだから適当に返しておけばいいだろうに、なぜだか妙に次の言葉が大切なように感じた。
だからほんの少しだけ考えて「皆の夢を守れる人になれたら嬉しいな」と返した。
本当はもう少し体が成長したら酒池肉林と博打をするのが夢だけど、少女に話しをするのは時期尚早だろう。
そして僕の適当に言った夢を聞いた女児の一人が僕に「じゃあ私の夢を叶えて」と言ってきた。だから「どんな夢? 」と聞いたら僕のお嫁さんだと可愛いことを言ってくれた。凛々しい顔つきのポニーテールが特徴的な女児だ。この歳になれば冗談も言うかと思って、適当に相槌をうった。
「嬉しいな、今何歳? 」
「十三歳です」
前世だと中一だろうか。それにしてはずいぶんもう大きいように感じる。
「あと十七年経って覚えてたらね」
その時になればおそらく記憶も風化して、変なお兄さんがいたという断片的な記憶だけが残るだろう。
「どんな人が好みですか? 」
少女に聞かれて僕は、好きな人が分かるお呪いに出てきたあの澄まし顔の女を思い出した。しかし彼女が聞きたいのは外見ではなく内面の部分だろう。だから僕は当たり障りのない意見を言ってみた。
「お行儀のいい子かな」
全男性これは間違いないだろう。歳をとればとるほど礼儀正しい子がどれほど尊いが分かってしまう。
「お行儀よくします…他には? 」
「家事全般やってくれる子かな」
ダメだ、願望が漏れてしまう。家にいるあの妖精のことを思い出さぬように僕は自分の思考のトルクを弱めた。
「頑張ります…他には? 」
「後はやっぱり一人で生きていける子だね」
「生きていきます! 他には!?」
他には…そう言われ続けると、自分の理想というのが一体どこにあるのかと考えさせられた。
「えーっと……お淑やかな子? 」
「お淑やか…神父! 」
少女は華奢な腕で神父の服を引っ張った。
「なんだい」
「お淑やかのなり方教えて下さい」
神父はしばらく考えて指をパチンと鳴らして答えた。
「今のままでも十分にお淑やかなだよ」と。リーンダート神父も大分面倒臭くなっているみたいだ。しかしそんな答えでも少女は熱心に聞いている。
「現状維持ですね。分かりました」
神父はその少女の姿に普段の説教もこれぐらい聞いてほしいと小さく呟いていた。
そして彼女はフンスとやる気を出したみたいだった。
正直ここまで自分の好みではなく、「こうなれば大体の男の人は君のことを好きになる」という話に過ぎなかった。しかし本当のことを言うのも憚られた。
僕の好みは、反抗的で挑発的な性格を持ちつつ、誰にでも癒しを与える一面を持った人だ。
そしてその人は貪欲で食欲旺盛、面倒ごとを嫌い、そして気難しい。
なにより椎茸を肉と間違えるような馬鹿舌で、その癖に気取ったところもある。
子猫のようにじゃれついてきては、疲れるとすぐにやめてしまう…そんな人が僕は好きである。
だから僕は少女にそんな女性になって欲しいとは思わかった。
「じゃあ私達皆覚えてますから! 」
少女に言われて僕は頭にクエスチョンマークが浮かび上がった。私達? とは一体どういう意味だ。
「覚えているってなにを? 」
「皆をお嫁さんにしてくれるって話です」
少女の後ろには少女よりも幼い子達が群れとなって後ろに引っ付いていた。数だけでも、7~8人はいる。なんでこんな面倒なことになったのかと思いつつ、神父に面倒を丸投げした。
「セラルミナ教会としてはどうなんですか。神父」
「一夫多妻は認められていないから当然ダメですねぇ」
そういってリーンダート神父は指で×を作った。
そうだよね、宗教でダメなら流石にダメだ。僕もセラルミナ教会とは懇意にしているし、荒事は避けたい。
「だそうだから。ごめんね」
そう言うと、少女たちの目には情熱の炎が燃え上がったように見えた。そしてリーダー格の少女とは別の少女が声を上げた。
「今こそ宗教改革よ! 」
そしてリーダー格の少女もそれに頷き声を上げた。
「宗教改革だ! 」
女児たちは団結して、どうやら宗教の在り方根底から変えるつもりのようだった。しかしそれを見ていて明らかに不機嫌になったリーンダート神父はいつもより強めに彼女達を叱った。
「おーこらこら何を言っているんですか君たち。私は許しませんよ」
「でも神父様が常にセラヌス神とルミナス神の言葉を真に理解しているか、常に考え続けなさいって言いました! 」
「ソレはそれ、コレはコレだよ。皆さんよいですか、異端者になってはいけませんよ」
声音は優しいけど、怒っているということがしっかりと伝わってくる。
「ノビシロさんはとても忙しい人だから、貴方達が大人になる頃にはもう会うことは出来なくなっているかも知れません。ですが皆さん、沢山勉強をして敬虔な信徒を目指せば、大人になってからもノビシロさんには会えるかも知れませんよ」
リーンダート神父はよく分からないことを言っているけど、子供たちはその話にフムフムと頷きながら「勉強頑張る! 」と、言っている。
彼らにだけ分かるやり取りのようだったので、僕はその場で何となく中立の立場で確信には触れないよう立ち回った。
たぶん数年もすれば皆僕より賢くなっているだろうから、その時は彼らに勉強を教えて貰う日が来るかも知れないと思いつつ、僕は彼女達と距離を取って教会の誰もいないところに移動した。
やっとノビシロは剣術を習うようだ。